検索結果詳細


 『高野聖』 泉鏡花を読む

 其といふのが、はじまりは彼の嬢様が、それ、馴染の病人には毎日顔を合せる所から愛想の一つも、あなたお手が痛みますかい、甚麼でございます、といつて手先へ柔かな掌が障ると第一番に次作兄いといふ若いのの(りやうまちす)が全快、お苦しさうなといつて腹をさすつて遣ると水あたりの差込の留まつたのがある、初手は若い男ばかりに利いたが、段々老人にも及ぼして、後には婦人の病人もこれで復る、復らぬまでも苦痛が薄らぐ、根太の膿を切つて出すさへ、錆びた小刀で引裂く医者殿が腕前ぢや、病人は七転八倒して悲鳴を上げるのが、娘が来て背中へぴつたりと胸をあてて肩を押へて居ると、我慢が出来るといつたやうなわけであつたさうな。
 一時彼の藪の前にある枇杷の古木へ熊蜂が来て可恐しい大きな巣をかけた。
 すると医者の内弟子で薬局、拭掃除もすれば総菜畠の芋も掘る、近い所へは車夫も勤めた、下男兼帯の熊蔵といふ、其頃二十四五歳、希塩散に単舎利別を混ぜたのを瓶に盗んで、内が吝嗇ぢやから見附かると叱られる、之を股引や袴と一所に戸棚の上に載せて置いて、隙さへあればちびり/\と飲んでた男が、庭掃除をするといつて、件の蜂の巣を見つけたつけ。

 587/622 588/622 589/622


  [Index]