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 『龍潭譚』 青空文庫

 日は午《ご》なり。あらら木のたらたら坂に樹の蔭もなし。寺の門、植木屋の庭、花屋の店など、坂下を挟《さしはさ》みて町の入口にはあたれど、のぼるに従ひて、ただ畑《はた》ばかりとなれり。番小屋めきたるもの小だかき処に見ゆ。谷には菜の花残りたり。路《みち》の右左、躑躅の花の紅なるが、見渡す方、見返る方、いまを盛なりき。ありくにつれて汗少しいでぬ。
 空よく晴れて一点の雲もなく、風あたたかに野面を吹けり。
 一人にては行くことなかれと、優しき姉上のいひたりしを、肯かで、しのびて来つ。おもしろきながめかな。山の上の方より一束の薪《たきぎ》をかつぎたる漢《おのこ》おり来れり。眉太く、眼の細きが、向《むこう》ざまに顱巻《はちまき》したる、額のあたり汗になりて、のしのしと近づきつつ、細き道をかたよけてわれを通せしが、ふりかへり、

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