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 『高野聖』 泉鏡花を読む

 其時分はまだ一個の荘、家も小二十軒あつたのが、娘が来て一日二日、ついほだされて逗留した五日目から大雨が降出した。瀧を覆すやうで小歇もなく家に居ながら皆蓑笠で凌いだ位、茅葺の繕ひをすることは扨置いて、表の戸もあけられず、内から内、隣同士、おう/\と声をかけ合つて纔に未だ人種の世に尽きぬのを知るばかり、八日を八百年と雨の中に篭ると九日目の真夜中から大風が吹出して其風の勢こゝが峠といふ処で忽ち泥海。
 此の洪で生残つたのは、不思議にも娘と小児と其に其時村から供をした此の親仁ばかり。
 同一水で医者の内も死絶えた、さればかやうな美女が片田舎に生れたのも国が世がはり、代がはりの前兆であらうと、土地のものは言ひ伝へた。

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