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 『春昼』 泉鏡花を読む

 三度目に、○、円いものを書いて、線の端がまとまる時、颯と地を払つて空へ抉るやうな風が吹くと、谷底の灯の影がすつきり冴えて、鮮かな薄紅梅。浜か、海の色か、と見る耳許へ、ちやら/\と鳴つたのは、投げ銭と木の葉の摺れ合ふ音で、くる/\と廻つた。
 気がつくと、四五人、山のやうに背後から押被さつて、何時の間にか他に見物が出来たて。
 爾時、御新姐の顔の色は、こぼれかゝつた艶やかなおくれ毛を透いて、一入美しくなつたと思ふと、あの其の口許で莞爾として、うしろざまにたよ/\と、男の足に背をもたせて、膝を枕にすると、黒髪が、ずる/\と仰向いて、真白な胸があらはれた。其の重みで男も倒れた、舞台がぐん/\ずり下つて、はツと思ふと旧の土。

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