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『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径
障子も普通《なみ》よりは幅が広く、見上げるような天井に、血の足痕もさて着いてはおらぬが、雨垂《あまだれ》が伝ったら墨汁《インキ》が降りそうな古びよう。巨寺《おおでら》の壁に見るような、雨漏《あまもり》の痕の画像《えすがた》は、煤色の壁に風に吹きさらされた、袖のひだが、浮出た如く、浸附《しみつ》いて、どうやら饅頭の形した笠を被っているらしい。顔ぞと見る目鼻はないが、その笠は鴨居の上になって、空から畳を瞰下ろすような。惟うに漏る雨の余り侘しさに、笠欲ししと念じた、壁の心が露れたものであろう――抜群にこの魍魎が偉大《おおき》いから、それがこの広座敷の主人《あるじ》のようで、月影がぱらぱらと鱗の如く樹《こ》の間を落ちた、広縁の敷居際に相対した旅僧の姿などは、硝子障子に嵌込んだ、歌留多の絵かと疑わるる。
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