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 『人魚の祠』 青空文庫

 一体あの辺には、自動車か何かで、美人が一日がけと云ふ遊山宿、乃至、温泉のやうなものでも有るのか、何《ど》うか、其の後まだ尋ねて見ません。其が有ればですが、それにした処で、近所の遊山宿へ来て居たのが、此の沼へ来て釣をしたのか、それとも、何の国、何の里、何の池で釣つたのが、一種の蜃気楼の如き作用で此処へ映つたのかも分りません。余り静《しづか》な、もの音のしない様子が、夢と云ふよりか其の海市《かいし》に似て居ました。
 沼の色は、やゝ蒼味を帯びた。
 けれども、其の茶店の婆さんは正《しやう》のものです。現に、私が通り掛《がか》りに沼の汀の祠をさして、(あれは何様の社でせう。)と尋ねた時に、(賽の神様だ。)と云つて教へたものです。今其の祠は沼に向つて草に憩つた背後《うしろ》に、なぞへに道芝の小高く成つた小さな森の前にある。鳥居が一基、其の傍に大《おほき》な棕櫚の樹が、五株《かぶ》まで、一列に並んで、蓬々《おどろ/\》とした形で居る。……さあ、此も邸あとと思はれる一條《ひとつ》で、其の小高いのは、大きな築山だつたかも知れません。

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