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 『高野聖』 泉鏡花を読む

 路は此処で二條になつて、一條はこれから直に坂になつて上りも急なり、草も両方から生茂つたのが、路傍の其の角の処にある、其こそ四抱、さうさな、五抱もあらうといふ一本の檜の、背後へ蜿つて切出したやうな大巌が二ツ三ツ四ツと竝んで、上の方へ層なつて其の背後へ通じて居るが、私が見当をつけて、心組んだのは此方ではないので、矢張今まで歩いて来た其の幅の広いなだらかな方が正しく本道、あと二里足らず行けば山になつて、其からが峠になる筈。
 唯見ると、何うしたことかさ、今いふ其檜ぢやが、其処らに何もない路を横切つて見果のつかぬ田圃の中空へ虹のやうに突出て居る。見事な、根方の処の土が壊れて大鰻を捏ねたやうな根が幾筋ともなく露れた、其根から一筋のが颯と落ちて、地の上へ流れるのが、取つて進まうとする道の真中に流出してあたりは一面。

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