検索結果詳細


 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 得三は〓呀《あなや》と驚き、「彼《あれ》は慥《たしか》に下枝の姿だ……否《いや》、否《いや》、三年以来《このかた》、あの堅固な牢の内へぶちこんであるものを、まさか魔術を使ひはしめえし、戸外《おもて》へ脱けて出る道理が無い。こりや心の迷ひだ。脱《に》がしてはならぬ/\と思つてるからだ。此ばかりの事に神経を悩すとは、えゝ、意気地《いくぢ》の無い事だ。いかさまな、五十の坂へ踏懸けちやあ、ちと縒《より》が戻らうかい。だが油断はならない、早く行つて見て安心しよう。何、居るに違ひ無いが……まゝよ念の為だと、急がはしく、馳せ行きて北の台と名づけたる高楼《たかどの》の、怪しげなる戸口に到り、合鍵にて戸を開けば、雷《らい》の如き音ありて、鉄張《てつばり》の戸は左右に開きぬ。室内に篭りたる生暖《なまぬる》き風むんむと面を撲《う》ちて不快《こゝろわる》きこといはむ方無し。
 手燭に照して見廻はせば、地に帰しけむ天に朝《てう》しけむ、よもや/\と思ひたる下枝は消えてあらざりけり。得三は顛倒して眼になりぬ。


 69/219 70/219 71/219


  [Index]