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 『歌行燈』 従吾所好

「お前さんぢやないけれど、深切な人があつた。漸と足腰が立つたと思ひねえ。上方筋は何でもない、間違つて謡を聞いても、お百姓が、(風呂が沸いた)で竹法螺吹くも同然だが、東へ上つて、箱根の山のどてつぱらへ手が掛ると、もう、な、江戸の鼓が響くから、何う我慢が成るものか! うつかり謡をうたひさうで危くつて成らないからね、今切は越せません。これから大泉原、員弁、阿下岐をかけて、大垣街道。岐阜へ出たら飛騨越で、北国筋へも廻らうか知ら、と富田近所を三日稼いで、桑名へ来たのが昨日だつた。
 其の今夜は何うだ。不思議な人を二人見て、遣切れなくなつて此家へ飛込んだ。が、流の笛が身体に刺る。平時よりは尚ほ激しい。其処へ又影を見た。しい影も見れば、可恐しい影も見た。此処で按摩が殺す気だらう。構ふもんか、勝手にしろ、似たものを引つけて、と然う覚悟して按摩さん、背中へ掴つて貰つたんだ。

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