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 『人魚の祠』 青空文庫

 処で、一銭たりとも茶代を置いてなんぞ、憩《やす》む余裕の無かつた私ですが、……然《さ》うやつて売薬の行商に歩行《ある》きます時分は、世に無い両親へせめてもの供養のため、と思つて、殊勝らしく聞えて如何ですけれども、道中、宮、社、祠のある処へは、屹《きつ》と持合せた薬の中の、何種《なにしゆ》のか、一包づゝを備へました。――詣づる人があつて神仏から授かつたものと思へば、屹と病気が治りませう。私も幸福なんです。
 丁度私の居た汀に、朽木のやうに成つて、沼に沈んで、裂目に燕子花《かきつばた》の影が《さ》し、破れた底を中空の雲の往来《ゆきき》する小舟の形が見えました。

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