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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 此処を借りて、一室《ひとま》だけでも広過ぎるから、来てからまだ一度も次の室《ま》は覗いて見ない。こういう時開けては不可ません。廊下から、厠までは、宵から通った人もある。転倒している最中、どんな拍子で我知らず持って立って、落して来ないとも限らんから、念のため捜したものの、誰も開けない次の室《ま》へ行ってるようでは、何かが秘したんだろうから、よし有ったにした処で、先方《さき》にもしその気があれば、怪我もさせよう、傷もつけよう。さてない、となると、やっぱり気が済まんのは同一《おんなじ》道理。押入も覗け、棚も見ろ、天井も捜せ、根太板をはがせ、と成っては、何十人でかかった処で、とてもこの構えうち隅々まで隈なく見尽される訳のものではない。人足の通った、ありそうな処だけで切上げたが可いでしょう――
 それもそうか、いよいよ隠しに隠したものなら、山だか川だか、知れたものではない。
 まあ、人間業で叶わん事に、断念《あきら》めは着きましたが、危険《けんのん》な事には変りはないので。何時切尖《きっさき》が降って来ようも知れません。些とでも楯になるものをと、皆が同一心《おなじこころ》です。言合わせたように順々に……前《さき》へ御免を被りますつもりで、私が釣って置いた蚊帳へ、総勢六人で、小さくなって屈《かが》みました。

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