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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 先刻《さき》に赤城得三が、人形室を出行きたる少時《しばらく》後に、不思議なることこそ起りたれ。風も無きに人形の被《かづき》揺めき落ちて、妖麗《あでやか》なる顔の洩れ出でぬ。瑠璃の如き眼も動くやうなりしが、怪しい哉影法師の如き美人静々と室《ま》の中《うち》に歩み出でたり。此幻影《まぼろし》喩へば月夜に水を這ふ煙に似て、手にも取られぬ風情なりき。
 折から畳障《ざは》りの荒らかなる、跫音彼方に起りぬれば、黒き髪とき顔はふつと消え失せ、人形は又旧《もと》の通り被《かづき》を被りぬ。
 途端にがたひしと戸を開けて、得三は血眼に、此室に駈け込み、「此の方は奈何《どう》だらう。あの様子では同じく翼《はね》が生えて飛出したかも知れぬ。さあ事だ、事だ、飛んだ事だ。もう一度見ねばならない。と小洋燈《こともし》の心を繰上げて、荒々しく人形の被《かづき》をめくり、熟《とく》と覗きて旧のやうに被を下し、「うむ、此の方は何も別條は無い。やれ此で少しは安堵《おちつい》た。其にしても下枝めは何して失せた知らん。婆々《ばゝあ》が裏切をしたのではあるまいか。むゝ、何しろ一番糺明《たゞし》て見ようと、掌を高く打鳴らせば、稍ありて得三の面前に平伏したるは、当家に飼殺しの飯炊にて、お録といへる老婆なり。

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