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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 得三は声鋭く、「お録、下枝を何処へ遁した。と睨附《ねめつ》くれば、老婆は驚きたる顔を上げ、「へい、下枝様《さん》が何《どう》かなさいましたか、「しらばくれるない。屹度汝《きさま》が遁したんだ。「否《いゝえ》、一向に存じません。「汝《うぬ》、言ッちまへ。「些《ちつと》も存じません。「ようし、白状しなけりや斯うするぞ。と懐中より装弾《たまごめ》したる短銃《ピストル》を取出し、「打殺《ぶちころ》すが可いか。とお録の心前《むなさき》に突附くれば、足下《あしもと》に踞りて、「何で其様《そん》な事をいたしませう。旦那様が東京へ行らつしやつてお留守の間も私はちやんと下枝様の番をしてをりました。縄は解いて遣りましたけれども。「それ見ろ。さういふ糞慈悲を垂れやあがる。我《おれ》が帰るまで応《うむ》といはなけりや、決して下して遣ることはならないと、あれほど言置いて行つたぢや無いか。「でもひい/\泣きまして耳の遠い私でも寝られませんし、其上主公《あなた》、二日もあゝして梁《うつばり》に釣上げて置いちやあ死んで了ふぢやございませんか。「えゝ!そんなことは何うでも可い。何処へ遁したか、其を言へッてんだ。「つい今の前《さき》も北の台へ見廻りに参りましたら、下枝様は平常《いつも》の通り、牢の内に僵《たふ》れて居ましたのに、俄に居無くなつたとおつしやるが、実《まこと》とは思はれません。と言解《いひとく》様の我を欺くとも思はれねば、得三は疑ひ惑ひ、さあらむには今しがた畦道を走りし婦人《をんな》こそ、篭を脱けたる小鳥ならめ、下枝一たび世に出なば悪事の露顕は瞬く間と、おのが罪に責められて、得三の気味の悪さ。惨《むご》たらしう殺したる、蛇《くちなは》の鎌首ばかり、飛失せたらむ心地しつ立つても居ても落着かねば、いざうれ後を追懸けて、草を分けて探し出し、引摺つて帰らむとお録に後を頼み置き、勝手口より出でむとして、押せども、引けども戸は開かず。「八蔵の馬鹿!外から鎖《じやう》を下して行く奴があるもんか。とむかばらたちの八ツ当り。

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