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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 高田は得三を見て声をかけ、「城様《さん》、今晩は。得三は出迎へて、「これは高田様《さん》でございますか。まあ、此方へ。と二階なる密室に導きて主客三人《みたり》の座は定まりぬ。高田は笑ましげに巻莨を吹して、「早速ながら、何は、令嬢は息災かね。「えゝ、お藤の事でございますか、「左様さ、私の情婦《いゝひと》、はゝゝゝはゝ。と溶解《とろ》けむばかりの顔色《かほつき》を、銀平は覗きて追従笑ひ、「ひゝゝゝ。得三は苦笑ひして、「藤は変つた事はございません。御約束通り、今夜貴下に差進《さしあ》げるが。……実は下枝ね。「はゝあ。「彼《あれ》が飛んだことになりました。「ふむ、死にましたらう。だから言はないことか、あんなに惨《むご》いことをなさるなと。到々責殺したね。非道《ひどい》ことをしなすつた。「否、死んだのならまだしも可いが、何《どう》してか逃げました。「なに!遁げたえ?「其で今捜しに出ようといふところですて。「むゝ、其は飛だ事だ。猶予をしちや不可《いけ》ません。彼嬢《あのこ》が饒舌《しやべる》と一切の事が発覚《ばれ》つちまふ。宜しい銀平にお任せなさい。喃《なう》、銀平や、お前はさういふことに馴れて居るから、取急いで探してお進《あ》げ申しな。と命《いひつ》くれば得三も、探偵に窺はるゝことを知りたれば、家を出でんは気懸りなりしに、これ幸と銀平に、「ぢや御苦労だが、願ひます。私どもは後に些と用事があるから、といへば、原来《もとより》同穴《ひとつあな》の狢にて、総てのことを知るものなれば、銀平は頷きて、「へい宜しうございます。下枝様《さん》が如彼《あゝ》いふ扮装《みなり》のまゝ飛出したのなら、今頃は鎌倉中の評判になつてるに違ひありません。何をいはうと狂気《きちがひ》にして引張つて参ります。血だらけのあの姿ぢや誰だつて狂気といふことを疑ひません。旦那、左様なら、此から直ぐに。と立上るを得三は少時《しばし》と押止め、「例のな、承知でもあらうが、三日月探偵が此地《こつち》へ来て居るから、油断のないやうに。と念を入るれば、「其は重々容易ならぬことだ。銀平しつかりやつてくんな。と高田も言《ことば》を添へにける。銀平とんと胸を叩きて、「御配慮《おきづかひ》なされますな。と気軽に飛出し、表門の前を足早に行懸れば、前途《むかう》より年少《としわか》き好男子の此方に来懸るにはたと行逢ひけり。擦違うて両人斉しく振返り、月明に顔を見合ひしが、見も知らぬ男なれば、銀平は其儘歩を移しぬ。これぞ倉瀬泰助が、悪僕八蔵を打倒して、今しも此処に来れるなりき。

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