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 『木の子説法』 青空文庫

 つれは、毛利一樹《いちじゅ》、という画工《えかき》さんで、多分、挿画家《そうがか》協会会員の中に、芳名が列《つらな》っていようと思う。私は、当日、小作《しょうさく》の挿画《さしえ》のために、場所の実写を誂《あつら》えるのに同行して、麻布我善坊《あざぶがぜんぼう》から、狸穴《まみあな》辺――化けるのかと、すぐまたおなかまから苦情が出そうである。が、憚《はばか》りながらそうではない。我ながらちょっとしおらしいほどに思う。かつて少年の頃、師家の玄関番をしていた折から、しいその令夫人のおともをして、某子爵家の、前記のあたりの別荘に、栗を拾いに来た。拾う栗だから申すまでもなく毬《いが》のままのが多い。別荘番の貸してくれた鎌で、山がかりに出来た庭裏の、まあ、谷間で。御存じでもあろうが、あれは爪先《つまさき》で刺々《とげとげ》を軽く圧《おさ》えて、柄《え》を手許《てもと》へ引いて掻《か》く。……不器用でも、これは書生の方がうまかった。令夫人は、駒下駄《こまげた》で圧えても転げるから、褄《つま》をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺《ゆす》り、歯を剥《む》いて刎《は》ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬《ね》りものにしたような素足で、裳《もすそ》をしなやかに、毬栗《いがぐり》を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄もこぼれなかった。――この趣《おもむき》を写すのに、画工《えかき》さんに同行を願ったのである。これだと、どうも、そのまま浮世絵に任せたがよさそうに思われない事もない。が、そうすると、さもしいようだが、作者の方が飯にならぬ。そッとして置く。

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