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 『人魚の祠』 青空文庫

 何心なく、端を、キリ/\と、手許《てもと》へ、絞ると、蜘蛛の巣のかはりに幻の綾を織つて、脈々として、顔を撫でたのは、薔薇か菫かと思ふ、いや、それよりも、唯今思へば、先刻《さつき》の花の匂です、何とも言へない、甘い、媚《なまめ》いた薫《かをり》が、芬《ぷん》と薫つた。」
 ――学士は手巾《ハンケチ》で、口を蔽うて、一寸額を圧へた――
「――其処が閨で、洋式の寝台があります。二人寝の寛《ゆつた》りとした立派なもので、一面に、光を持つた、滑《なめ》らかに艶々した、絖《ぬめ》か、羽二重か、と思ふ淡い朱鷺色《ときいろ》なのを敷詰めた、聊か古びては見えました。が、それは空が曇つて居た所為でせう。同じ色の薄掻巻を掛けたのが、すんなりとした寝姿の、少し肉附《にくづき》を肥《よ》くして見せるくらゐ。膚を蔽うたとも見えないで、美《うつくし》い女の顔がはらはらと黒髪を、矢張り、同じ絹の枕にひつたりと着けて、此方《こちら》むきに少し仰向けに成つて寝て居ます。のですが、其が、黒目勝な双の瞳をぱつちりと開けて居る……此の目に、此処で殺されるのだらう、と余りの事に然《さ》う思ひましたから、此方《こつち》も熟《じつ》と凝視《みつめ》ました。

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