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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径


 泰助は昼来て要害を見知りたれば、其足にて直ぐと城家の裏手に行き、垣の破目《やれめ》を潜りて庭に入りぬ。
 目も及ばざる広庭の荒たき儘に荒果てて、老松古杉《こさん》蔭暗く、花無き草ども生茂りて踏むべき路も分難し、崩れたる築山あり。水の涸れたる泉水あり。倒れ懸けたる祠には狐や宿を藉りぬらむ、耳許近き木の枝にのりすれ/\梟の鳴き連るゝ声いと凄まじ、木の葉を渡る風はあれど、塵を清むる箒《はゝき》無ければ、蜘蛛の巣計《ばか》り時を得顔に、霞を織る様哀なり。妖物屋敷《ばけものやしき》と言合へるも、道理《ことわり》なりと泰助が、腕拱《こまぬ》きて彳みたる、頭上の松の茂《しげり》を潜りて天より颯と射下す物あり、足許にはたと落ちぬ、何やらんと拾ひ見るに、白き衣切《きぬぎれ》やうのものに、礫《いしこ》を一つ包みてありけり。押開きて月に翳せば、鮮々《なま/\》しき血汐にて左《さ》の文字を認《したゝ》めたり。

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