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 『夜行巡査』 青空文庫

「どうだお香、あの縁女《えんじょ》は美しいの、さすがは一生の大礼だ。あのまた白と紅との三枚襲で、と羞ずかしそうに坐った恰好というものは、ありゃ婦人《おんな》が二度とないお晴れだな。縁女もさ、美しいは美しいが、おまえにゃ九目《せいもく》だ。婿もりっぱな男だが、あの巡査にゃ一段劣る。もしこれがおまえと巡査とであってみろ。さぞ目の覚むることだろう。なあ、お香、いつぞや巡査がおまえをくれろと申し込んで来たときに、おれさえアイと合点すりゃ、あべこべに人をうらやましがらせてやられるところよ。しかもおまえが(生命《いのち》かけても)という男だもの、どんなにおめでたかったかもしれやアしない。しかしどうもそれ随意《まま》にならないのが浮き世ってな、よくしたものさ。おれという邪魔者がおって、小気味よく断わった。あいつもとんだ恥を掻いたな。はじめからできる相談か、できないことか、見当をつけて懸かればよいのに、何も、八田も目先の見えないやつだ。ばか巡査!」
「あれ伯父さん」
 と声ふるえて、後ろの巡査に聞こえやせんと、心を置きて振り返れる、眼に映ずるその人は、……夜目にもいかで見紛うべき。

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