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 『半島一奇抄』 青空文庫

 一体こうした僻地《へきち》で、これが源氏の畠《はたけ》でなければ、さしずめ平家の落人《おちゅうど》が隠れようという処なんで、毎度怪《あやし》い事を聞きます。この道が開けません、つい以前の事ですが。……お待ち下さい……この浦一円は鰯《いわし》の漁場で、秋十月の半ばからは袋網というのを曳《ひ》きます、大漁となると、大袈裟《おおげさ》ではありません、海岸三里四里の間、ずッと静浦《しずうら》の町中《まちなか》まで、浜一面に鰯を乾《ほ》します。畝《あぜ》も畑もあったものじゃありません、廂下《ひさしした》から土間の竈《かまど》まわりまで、鰯を詰込んで、どうかすると、この石柵の上まで敷詰める。――ところが、大漁といううちにも、その時は、また夥多《おびただし》く鰯があがりました。獅子浜在の、良介に次吉《じきち》という親子が、気を替えて、烏賊釣《いかつり》に沖へ出ました。暗夜《やみ》の晩で。――しかし一尾《ぴき》もかかりません。思切って船を漕戻《こぎもど》したのが子《ね》の刻過ぎで、浦近く、あれ、あれです、……あの島のこっちまで来ると、かえって朦朧《もうろう》と薄あかりに月がさします。びしゃりびしゃり、ばちゃばちゃと、舷《ふなべり》で黒いものが縺《もつ》れて泳ぐ。」

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