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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 之を投げたるは、下枝か、藤か。目も当てられぬことどもかな。いで我来れり、泰助あり、今夜の中に地獄より救ひ取りて、明日は此世に出し参らせむ。そも何処より擲《なげう》ちたらむと高楼《たかどの》を打仰げど、其かと見ゆる影も無く、森々と松吹く風も、助けを呼びて悲しげなり。屹と心を取直し、丈に伸びたる夏草を露けき袖に押分け/\尚奥深く踏入りて忍び込むべき処もやと、彼方《あなた》此方を経歴《へめぐ》るに、驚くばかり広大なる建物の内に、住む人少なければ、燈の影も外《おもて》へ洩れず。破廂《やれびさし》より照射入《さしい》る月は、崩れし壁の骨を照して、家内寂寞として墓に似たり。稍ありて泰助は、表門の方に出で、玄関に立向ひ、戸を推して試むれば、固く内より鎖《とざ》して開かず。勝手口と覚しき処に行きて、もしやと引けども同じく開かず。如何せむと思ひしが、不図錠前に眼を着くれば、こは外より鎖せしなり。試みに袂を探りて、悪僕より奪ひ置きたる鍵を嵌むれば、きしと合ひたる天の賜物、「占めた。」と捻ぢれば開くにぞ、得たりと内へ忍び入りぬ。

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