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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 暗闇を歩むに馴れたれば、爪先探りに跫音をたてず。やがて壇階子《だんばしご》を探り当て、「此で、まづ、仕事に一足踏懸けた。と耳を澄まして窺へど、人の気附たる様子も無ければ、心安しと二階に上りて、壁を洩れ来る月影に四辺《あたり》を屹と見渡せば、長き廊下の両側に比々《ひゝ》として部屋並べり。大方は雨漏に朽ち腐れて、柱ばかり参差《しんし》と立ち、畳は破れ天井裂け、戸障子も無き部屋どもの、昔はさこそと偲ばるゝが一い二ウ三いと数ふるに勝《た》へず。遙か彼方に戸を閉じたる一室《ひとま》ありて、燈火《ともしび》の灯影幽かに見ゆるにぞ、要こそあれと近附きて、ひたと耳をあてて聞くに、人のあるべき気勢《けはひ》もなければ、潜《ひそ》かに戸を推して入込みたる、此室《こゝ》ぞ彼《か》の人形を置ける室なる。
 垂れ下したる日蔽《ひおほひ》は、これ究竟《くつきやう》の隠所《かくれどころ》と、泰助は雨戸と其幕の間に、電《いなづま》の如く身を隠しつ。と見れば正面の板床に、世に希有《めづら》しき人形あり。人形の前に坐りたる、十七八の人ありけり。

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