検索結果詳細


 『春昼』 泉鏡花を読む

 合天井なる、紅々白々牡丹の花、胡粉の俤消え残り、紅も散留つて、恰も刻んだものの如く、髣髴として夢に花園を仰ぐ思ひがある。
 それら、花にも台にも、丸柱は言ふまでもない。狐格子、唐戸、桁、梁、〓《みまは》すものの此処彼処、巡拝の札の貼りつけてないのは殆どない。
 彫金といふのがある、魚政といふのがある、屋根安、大工鉄、左官金。東京の浅草に、深川に。周防国、美濃、近江、加賀、能登、越前、肥後の熊本、阿波の徳島。津々浦々の渡鳥、稲負せ鳥、閑古鳥。姿は知らず名を留めた、一切の善男子善女人。木賃の夜寒の枕にも、雨の夜の苫船からも、夢は此の処に宿るであらう。巡礼たちが霊魂は時々此処に来て遊ばう。……をかし、一軒一枚の門札めくよ。

 87/628 88/628 89/628


  [Index]