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 『高野聖』 泉鏡花を読む

(何のお前様、見たばかりぢや、訳はござりませぬ、水になつたのは向うの那の藪までで、後は矢張これと同一道筋で山までは荷車が竝んで通るでがす。藪のあるのは旧大きいお邸の医者様の跡でな、此処等はこれでも一ツの村でがした、十三年前の大水の時、から一面に野良になりましたよ、人死もいけえこと。御坊様歩行きながらお念仏でも唱へて遣つてくれさつしやい。)と問はぬことまで深切に話します。其で能く仔細が解つて確になりはなつたけれども、現に一人踏迷つた者がある。
(此方の道はこりや何処へ行くので、)といつて売薬の入つた左手の坂を尋ねて見た。
(はい、これは五十年ばかり前までは人が歩行いた旧道でがす。矢張信州へ出まする、先は一つで七里ばかり総体近うござりますが、いや今時往来の出来るのぢやあござりませぬ。去年も御坊様、親子連の順礼が間違へて入つたといふで、はれ大変な、乞食を見たやうな者ぢやというて、人命に代りはねえ、追かけて助けべえと、巡査様が三人、村の者が十二人、一組になつて之から押上つて、やつと連れて戻つた位でがす。御坊様も血気に逸つて近道をしてはなりましねえぞ、草臥れて野宿をしてからが此処を行かつしやるよりは増でござるに。はい、気を付けて行かつしやれ。)

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