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 『半島一奇抄』 青空文庫

「上げるために助けたのだから、これに異議はありません。浜は、それ、その時大漁で、鰯の上を蹈《ふ》んで通る。……坊主が、これを皆食うか、と云った。坊主だけに鰯を食うかと聞くもいいが、ぬかし方が頭横柄《ずおうへい》で。……血の気の多い漁師です、癪《しゃく》に触ったから、当り前《めえ》よ、と若いのが言うと、(人間の食うほどは俺《おれ》も食う、)と言いますとな、両手で一掴《つか》みにしてべろべろと頬張りました。頬張るあとから、取っては食い、掴んでは食うほどに、あなた、だんだん腹這《はらば》いにぐにゃぐにゃと首を伸ばして、ずるずると鰯の山を吸込むと、五斛《こく》、十斛、瞬く間に、満ちみちた鰯が消えて、浜の小雨は貝殻をたたいて、暗い月が砂にったのです。(まだあるか、)と仰向《おあおむ》けに起きた、坊主の腹は、だぶだぶとふくれて、鰯のように青く光って、げいと、口から腥《なまぐさ》い息を吹いた。随分大胆なのが、親子とも気絶しました。鮟鱇《あんこう》坊主《ぼうず》と、……唯今でも、気味の悪い、幽霊の浜風にうわさをしますが、何の化ものとも分りません。―― 

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