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 『貝の穴に河童の居る事』 青空文庫

「日の今日、午頃《ひるごろ》、久しぶりのお天気に、おらら沼から出たでしゅ。崖を下りて、あの浜の竃巌《かまどいわ》へ。――神職様《かんぬしさま》、小鮒《こぶな》、鰌《どじょう》に腹がくちい、貝も小蟹《こがに》も欲しゅう思わんでございましゅから、い浪の打ちかえす磯端《いそばた》を、八葉《よう》の蓮華《れんげ》に気取り、背後《うしろ》の屏風巌《びょうぶいわ》を、舟後光《ふなごこう》に真似て、円座して……翁様《おきなさま》、御存じでございましょ。あれは――近郷での、かくれ里。めった、人の目につかんでしゅから、山根の潮の差引きに、隠れたり、出たりして、凸凹《でこぼこ》凸凹凸凹と、累《かさな》って敷く礁《いわ》を削り廻しに、漁師が、天然の生簀《いけす》、生船《いけぶね》がまえにして、魚《さかな》を貯えて置くでしゅが、鯛《たい》も鰈《かれい》も、梅雨じけで見えんでしゅ。……掬《すく》い残りの小《ちゃっ》こい鰯子《いわしこ》が、チ、チ、チ、(笑う。)……青い鰭《ひれ》の行列で、巌竃《いわかまど》の簀《す》の中を、きらきらきらきら、日南《ひなた》ぼっこ。ニコニコとそれを見い、見い、身のぬらめきに、手唾《てつばき》して、……漁師が網を繕《つぐの》うでしゅ……あの真似をして遊んでいたでしゅ。――処へ、土地ところには聞馴《ききな》れぬ、すずしい澄んだ女子《おなご》の声が、男に交って、崖上の岨道《そばみち》から、巌角《いわかど》を、踏んず、縋《すが》りつ、桂井《かつらい》とかいてあるでしゅ、印半纏《しるしばんてん》。」

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