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 『夜叉ヶ池』 青空文庫

学円 小刀《ナイフ》をこれへお遣わし……私《わし》が剥《む》きます。――お世話を掛けてはかえって気遣いな。どれどれ……旅の事欠け、不器用ながら、梨《なし》の皮ぐらいは、うまく剥きます。おおおお氷よりよく冷えた。玉を削るとはこの事じゃろう。
百合 旅を遊ばす御様子にお見受け申します……貴客《あなた》は、どれから、どれへお越しなさいますえ?
学円 さて名告《なの》りを揚げて、何の峠を越すと云うでもありません。御覧の通り、学校に勤めるもので、暑中休暇に見物学問という処を、遣《や》って歩行《ある》く……もっとも、帰途《かえりみち》です。――涼しくば木の芽峠、音に聞こえた中の河内《かわち》か、(廂《ひさし》はずれに山見る眉)峰の茶店《ちゃや》に茶汲女《ちゃくみおんな》が赤前垂《あかまえだれ》というのが事実なら、疱瘡《ほうそう》の神の建場《たてば》でも差支えん。湯の尾峠を越そうとも思います。――落着く前《さき》は京都ですわ。

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