検索結果詳細


 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 「夢とも、現とも、幻とも……目に見えるようで、口にはいえぬ――そして、優しい、懐しい、あわれな、情のある、愛の籠った、ふっくりした、しかも、清く、涼しく、悚然《ぞっ》とする、胸を掻〓《かきむし》るような、あの、恍惚《うっとり》となるような、まあ例えて言えば、芳しい清らかな乳を含みながら、生れない前《さき》に腹の中で、美しい母の胸を見るような心持の――唄なんですが、その文句を忘れたので、命にかけて、憧憬《あこが》れて、それを聞きたいと思いますんです。」
 この数分時の言《ことば》の中《うち》に、小次郎法師は、生れて以来、聞いただけの、風とと、鐘の音、楽、あらゆる人の声、虫の音、木の葉の囁きまで、稲妻の如く胸の裡に繰返し、なおかつ覚えただけの経文を、颯と金字紺泥に瞳に描いて試みたが、それかと思うのは更に分らぬ。

 904/1510 905/1510 906/1510


  [Index]