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 『龍潭譚』 青空文庫

 眼のふち清々《すがすが》しく、涼しき薫つよく薫ると心着く、身は柔かき蒲団の上に臥したり。やや枕をもたげて見る、竹縁《ちくえん》の障子あけ放して、庭つづきに向ひなる山懐《やまふところ》に、緑の草の、ぬれ色青く生茂りつ。その半腹にかかりある厳角《いわかど》の苔のなめらかなるに、一挺はだか蝋に灯ともしたる灯影《ほかげ》すずしく、筧の水むくむくと湧きて玉ちるあたりに盥を据ゑて、うつくしく髪結うたる女《ひと》の、身に一糸もかけで、むかうざまにひたりてゐたり。
 筧《かけい》のはそのたらひに落ちて、溢《あふ》れにあふれて、地の窪《くぼ》みに流るる音しつ。
 蝋の灯は吹くとなき山おろしにあかくなり、くらうなりて、ちらちらと眼に映ずる雪なす膚《はだえ》白かりき。

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