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 『夜叉ヶ池』 青空文庫

学円 さて名告《なの》りを揚げて、何の峠を越すと云うでもありません。御覧の通り、学校に勤めるもので、暑中休暇に見物学問という処を、遣《や》って歩行《ある》く……もっとも、帰途《かえりみち》です。――涼しくば木の芽峠、音に聞こえた中の河内《かわち》か、(廂《ひさし》はずれに山見る眉)峰の茶店《ちゃや》に茶汲女《ちゃくみおんな》が赤前垂《あかまえだれ》というのが事実なら、疱瘡《ほうそう》の神の建場《たてば》でも差支えん。湯の尾峠を越そうとも思います。――落着く前《さき》は京都ですわ。
百合 お泊りは? 貴客《あなた》、今晩の。
学円 ああ、うっかり泊りなぞお聞きなさらぬが可《い》い。言尻《ことばじり》に着いて、宿の御無心申さんとも限らんぞ。はははは、いや、串戯《じょうだん》じゃ。御心配には及ばんが、何と、その湯の尾峠の茶汲女は、今でも赤前垂じゃろうかね。

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