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 『化鳥』 青空文庫

また顔を出して窓から川を見た。さつきは雨脚が繁くつて、宛然《まるで》、薄墨で刷いたやう、堤防《どて》だの、石垣だの、蛇籠《じやかご》だの、中洲に草の生へた処だのが、点々《ぽつちり/\》、彼方此方《あちらこちら》に黒ずんで居て、それで湿《しめ》つぽくツて、暗かつたから見えなかつたが、少し晴れて来たからものゝ濡れたのが皆見える。
遠くの方に堤防《どて》の下の石垣の中ほどに、置物のやうになつて、畏《かしこま》つて、猿が居る。
この猿は、誰が持主といふのでもない、細引《ほそびき》の麻繩で棒杭《ばうくひ》に結《ゆわ》えつけてあるので、あの、占治茸《しめぢたけ》が、腰弁当の握飯《にぎりめし》を半分与つたり、坊ちやんだの、乳母《ばあや》だのが袂《たもと》の菓子を分けて与つたり、赤い着物を着て居る、みいちやんの紅雀だの、青い羽織《はおり》を着て居る吉公《きちこう》の目白だの、それからお邸《やしき》のかなりやの姫様《ひいさま》なんぞが、皆で、からかいに行つては、花を持たせる、手拭を被《かむ》せる、水鉄砲《みづてつぽう》を浴びせるといふ、好きな玩弄物《おもちや》にして、其代《そのかはり》何でもたべるものを分けてやるので、誰といつて、きまつて、世話をする、飼主《かひぬし》はないのだけれど、猿の餓ゑることはありはしなかつた。

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