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 『婦系図』 青空文庫

 東へ、西へ、と置場処の間数《けんすう》を示した標杙《くい》が仄白《ほのしろ》く立って、車は一台も無かった。真黒な溝の縁に、野を焚《や》いた跡の湿ったかと見える破風呂敷《やぶれぶろしき》を開いて、式《かた》のごとき小灯《こともし》が、夏になってもこればかりは虫も寄るまい、明《あかり》の果敢《はかな》さ。三束《みたば》五束《いつたば》附木《つけぎ》を並べたのを前に置いて、手を支いて、縺《もつ》れ髪の頸《うなじ》清らかに、襟脚白く、女房がお辞儀をした、仰向けになって、踏反《ふんぞ》って、泣寐入《なきねい》りに寐入ったらしい嬰児《あかんぼ》が懐に、膝に縋って六歳《むッつ》ばかりの男の子が、指を銜《くわ》えながら往来をきょろきょろと視《なが》める背後《うしろ》に、母親のその背《せな》に凭《もた》れかかって、四歳《よッつ》ぐらいなのがもう一人。
 一陣《ひとしきり》風が吹くと、姿も店も吹き消されそうで哀《あわれ》な光景《ありさま》。浮世の影絵が鬼の手の機関《からくり》で、月なき辻へるのである。

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