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 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 いよいよとなると、なお聞きたい、それさえ聞いたら、亡くなった母親の顔も見えよう、とあせり出して、山寺にありました、母の墓を揺ぶって、記《しるし》の松に耳をあてて聞きました、松風の声ばかり。
 その山寺の森をくぐって、里に落ちます清の、麓に玉散《たまち》る石を噛んで、この歯音せよ、この舌歌え、と念じても、戦くばかりで声が出ない。
 うわの空でいた所為か、一日《あるひ》、山路で怪我をして、足を挫いて寝ることになりました。雑とこれがために、半月悩んで、漸々《ようよう》杖を突いて散歩が出来るようになりますと、籠を出た鳥のように、町を、山の方へ、ひょいひょいと杖で飛んで、いや不恰好な蛙です――両側は家続きで、丁ど大崩壊《おおくずれ》の、あの街道を見るように、なぞえに前途《ゆくて》へ高くなる――突当りが撞木形になって、其処がまた通街《とおり》なんです。私が貴僧《あなた》、自分の町をやがてその九分ぐらいな処まで参った時に、向うの縦通りを、向って左の方から来て、此方へ曲りそうにしたが、白地の浴衣を着て其処に立った私の姿を見ると、フト立停った美人があります。

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