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 『国貞えがく』 青空文庫

 「どうぞこちらへ。」と、大きな声を出して、満面の笑顔を見せた平吉は、茶の室《ま》を越した見通しの奥へ、台所から駈込んで、幅の広い前垂で、濡れた手をぐいと拭きつつ、
 「ずっと、ずっとずっとこちらへ。」ともう真中へ座蒲団を持出して、床の間の方へ直しながら、一ツくるりと立身《たちみ》で廻る。
 「構っちゃ可厭《いや》だよ。」と衝と茶の間を抜ける時、襖二間《けん》の上を渡って、二階の階子段《はしごだん》が緩く架る、拭込んだ大戸棚》の前で、入ちがいになって、女房は店の方へ、ばたばたと後退《あとずさ》りに退《すさ》った。

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