紋切型鏡花事典  


衣装  登場人物の衣装の緻密な描写は紅葉ゆずり。現代の読者にとって最大の難物。

入れ子  鏡花の基本的な語りの構造。語り手の語りの中の語り、の中の語りの……

  自分の干支の酉から数えて七番目、つまり真向かいの兎は鏡花の御守であった。

映る  映ること、映すことは鏡花的書法の真髄。衣裳と景色相互の反映など頻出。

  善人は美しく悪人は醜いという類型性。鏡花の人物に顔があればの話だが。

過剰  芸術の過剰により時代の文学から孤立した鏡花は、過剰さゆえに復活する。

金沢  出生の地。その風土を愛するいっぽうで、金沢人気質への強烈な嫌悪がある。

観念小説  「夜行巡査」「外科室」は観念小説と呼ばれ新進作家の地歩をかためる。21歳。

口語体  「化鳥」は鏡花初の口語体小説。23歳の作。

口臭  嫌悪すべき登場人物の特徴のひとつは口が臭いこと。

  主要な登場人物の死をもって大団円となる傾向がある。とにかくよく人が死ぬ。

自殺  20歳の頃、生活苦から自殺を思う。危機を察した紅葉より叱咤激励の手紙。

瞬間  過ぎし日の遭遇の一瞬を終世とする男と女。瞬きする間の世界を栖とする妖怪。

処女作  「冠弥左衛門」は不評による連載中止の動きを紅葉が取りなし完結。19歳。

すず  妻の名前は「すず」、幼くして死別した母の名前も「すず」である。

総ルビ  主従をどちらとも決めかねる、漢字とルビとの奇妙なズレ。

  実に多くの主人公が旅をする。旅先で遭遇する怪異の物語。

  蛭に血を吸われる僧、血で絵を画く画師。だが処女作で既に夥しい流血が……。

  清次。加賀の彫金師(工名、政光)。

名前  登場人物や屋敷・土地の名前は、時として作品を解く鍵となる。名詮自性。

  鏡花の作品の結びは急であることが多い。能の序破急のリズムとの類似性。

黴菌  必ずアルコールによって消毒されねばならない。度を越した黴菌恐怖症。

  雑司ケ谷墓地にある。戒名は幽幻院鏡花日彩居士、佐藤春夫撰す。

舶来  江戸趣味の人とされるが実は西洋かぶれ。舶来葉巻にウイスキー、ベルモット。

  亡き母の影は常につき纏う。水のイメージと結合して、鏡花に言葉を紡がせる。

  作品には火に関連するイメージが多く見られ、それに伴い赤い色が多用される。

飛躍  文脈は時に飛躍し、数行から数頁先で落着するまで読者は宙吊りにされる。

分身  自己像幻視。「星あかり」「眉かくしの霊」「春昼」などに見られる。

  激しい嫌悪恐怖の対象であるのに、あるいはその故に、作品によく描かれる。

摩耶夫人  釈迦の生母。鏡花は夫人像に母を重ね合わせていたという。

  神社の清めの水から出水・洪水まで、水のイメージはつねに見え隠れする。

文字  文字が書かれたものなら箸袋でも捨てられぬという、言霊信仰に近い奇癖。

紅葉賀  泉家家紋は笹龍胆だが源氏香の紅葉賀を常用した。師匠尾崎紅葉の名に通じる。

  人里はなれた山中には霊的な力を持つ美しい女が棲み、老人がそれにかしずく。

李賀  逗子の地に静養した際李賀を知り、終生愛読。李賀に「春昼」という詩がある。


 佐藤和雄(蟻) / 泉鏡花を読む