『泉鏡花を読む』サイト内検索

 
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文庫本収録作品 ( bunko.html )
〔改行〕日本橋  岩波文庫 1953.12.5  〔改行〕日本橋 解説(佐藤春夫)

雑記帖 ( cahier.html )
・ ご存じのように新派のお芝居『日本橋』は鏡花が自分自身で戯曲に書き改めたものです。かれこれ12年ほど前に『婦系図』や『歌行燈』などとともにその『日本橋』がテレビで放送されたことがあります。葛木を片岡孝夫が、お孝を玉三郎が演じていました。ビデオにとって繰返し見たので「一石橋に桃が流れる、どんぶりこ、河童やいたづらをおしでないよ」とか「春でおぼろで御縁日」なんてのは今でもすらすらと出て来ます。

・ しかし『日本橋』のビデオはほどなくして消してしまいました。赤熊と関係していたことでお孝をなじる片岡孝夫を見たくなかったからだったと思います。このシーンは小説にはありません。やけに大甘な姉さんコンプレックスも堪え難かった。小説だとそのへんは抑制が効いてて、さほど気にはならないのですが。ということで『日本橋』は小説の方が私は好きなのです。

・ 現在大阪公演中の花組芝居の『日本橋』は鏡花の小説からホンを起こしたオリジナルなものだそうですが、鏡花のせりふを活かすべくきちんと配慮されているとのこと。こうでなくっちゃいけませんね。

雑記帖 ( cahier2000.html )
・ 『天守物語』の舞台を観るのはこれが初めてだった。というか、そもそもヴィジュアル化したものは鈴木清順作品や一部の新派(婦系図、日本橋、歌行燈)を除いて意識的に避けて通ってきたわけだが、こうして鏡花のページを作っている関係で、たくさんの方から鏡花のお芝居の話を聞くようになり、おかげで今日はよい経験をすることができた。役得とはこういうものだと思う。あいにく最後の最後が録画できてなかったけれど、桃六が下界にさし向ける筈の哄笑は無音のまま私の中で渦巻いています。

『泉鏡花集成』 ( chikuma.html )
・12〔改行〕 婦系図前編 婦系図後編 日本橋 [解説]種村季弘「ハイカラなピカレスク小説」

鏡花作品紹介 ( cont.html )
日本橋〔改行〕〔改行〕 大正 3年 9月『日本橋』(千章館)初出〔改行〕〔改行〕 葛木晋三は雛祭りの翌日の夜、一石橋から栄螺と蛤を放す。その振る舞いを怪しむ巡査の尋問にあうところ、現れた芸者お孝がその場をとりなす。雛に供えたものを放生することは葛木の姉の志であった。姉は、親を早く失った貧しさからひとの妾となって葛木が医学士となるのを援助、今はしかし弟を避けて失踪している。姉を求める葛木は姉そっくりの芸者清葉に思いをよせるが、旦那のいる清葉は色々な義理があるため葛木の恋を退ける。お孝はこれまで清葉が拒んだ男なら、まさに清葉が拒んだという理由からすべて自分のものにしてきた。葛木に横恋慕をしたお孝は、ために赤熊という男を捨て、葛木もまた清葉に心を移す。上着の熊の皮に沸く蛆を食うような男である赤熊から清葉と切れてくれと懇願されると、葛木は失踪した姉を探すために僧形となり、姉の思い出のある京人形を携えて旅に出る。葛木に去られたのち気がふれるお孝。時うつり、たまたま葛木が日本橋に舞戻ってきた日に、清葉の芸者置屋が出火。その騒ぎの中、赤熊はお孝を殺そうとするが、誤ってお孝の妹分の千世を切りつける。お孝はその刀で赤熊の口と咽喉を抉って殺し、自ら毒を仰ぎ清葉に葛木のことを託して死ぬ。清葉は焼失した自分の置屋をお孝の置屋のあとに移して再興、葛木は留学してドイツに赴く。

鏡花作品紹介 ( content.html )
日本橋〔改行〕〔改行〕 大正 3年 9月『日本橋』(千章館)初出〔改行〕〔改行〕 雛祭りの翌日の夜、葛木晋三は一石橋から栄螺と蛤を放す。その振る舞いを怪しむ巡査の尋問にあうところ、現れた芸者お孝がその場をとりなす。雛に供えたものを放生することは葛木の姉の志であった。姉は、親を早く失った貧しさからひとの妾となって葛木が医学士となるのを援助、今はしかし弟を避けて失踪している。姉を求める葛木は姉そっくりの芸者清葉に思いをよせるが、旦那のいる清葉は色々な義理があるため葛木の恋を退ける。お孝はこれまで清葉が拒んだ男なら、まさに清葉が拒んだという理由からすべて自分のものにしてきた。葛木に横恋慕をしたお孝は、ために赤熊という男を捨て、葛木もまたお孝に心を移す。上着の熊の皮に沸く蛆を食うような男である赤熊からお孝と切れてくれと懇願されると、葛木は失踪した姉を探すために僧形となり、姉の思い出のある京人形を携えて旅に出る。葛木に去られたのち気がふれるお孝。時うつり、たまたま葛木が日本橋に舞戻ってきた日に、清葉の芸者置屋が出火。その騒ぎの中、赤熊はお孝を殺そうとするが、誤ってお孝の妹分の千世を切りつける。お孝はその刀で赤熊の口と咽喉を抉って殺し、自ら硝酸(毒)を仰いだあと、清葉に葛木のことを託して死ぬ。この急展開は能などの序破急の終わり方を思わせる。清葉は焼失した自分の置屋をお孝の置屋のあとに移して再興、葛木は留学してドイツに赴く。清葉の家には美人芸者十三人。

泉鏡花『日本橋』- 姉の身代わり人形 ( doll.html )
泉鏡花『日本橋』- 姉の身代わり人形



・ 泉鏡花は『草迷宮』や『高野聖』のような異界小説の他に、芸者の世界を舞台にした『婦系図』のような小説も書いていて、むしろ鏡花といえば一般に後者を思い浮かべるひとも多いかもしれません。はたしてこちらの傾向の小説は現在どれくらい読まれているのでしょうか。鏡花にいくら根強い人気があるといっても、いわゆる花柳界小説までが読まれているのかどうかよく分りません。まあどちらかというと異界小説の方が好まれているのではないかと思いますが、あまりそれらを区別する必要はないし、同じ泉鏡花が書いた作品なのだから、同じ読み方で読めばよいと思っています。『日本橋』は大正3年、鏡花40歳の時の作品で、その花柳界を舞台にしています。

日本橋 あらすじ 大正 3年 9月『日本橋』(千章館)初出 葛木晋三は雛祭りの翌日の夜、一石橋から栄螺と蛤を放す。その振る舞いを怪しむ巡査の尋問にあうところ、現れた芸者お孝がその場をとりなす。雛に供えたものを放生することは葛木の姉の志であった。 姉は、親を早く失った貧しさからひとの妾となって葛木が医学士となるのを援助、今はしかし弟を避けて失踪している。 姉を求める葛木は姉そっくりの芸者清葉に思いをよせるが、旦那のいる清葉は色々な義理があるため葛木の恋を退ける。 お孝はこれまで清葉が拒んだ男なら、まさに清葉が拒んだという理由からすべて自分のものにしてきた。葛木に横恋慕をしたお孝は、ために赤熊という男を捨て、葛木もまたお孝に心を移す。 熊皮の上着の毛の中に沸く蛆を食うような男である赤熊からお孝と切れてくれと懇願されると、葛木は失踪した姉を探すために僧形となり、姉の思い出のある京人形を携えて旅に出る。葛木に去られたのち気がふれるお孝。 時うつり、たまたま葛木が日本橋に舞戻ってきた日に、清葉の芸者置屋が出火。その騒ぎの中、赤熊はお孝を殺そうとするが、誤ってお孝の妹分の千世を切りつける。お孝はその刀で赤熊の口と咽喉をえぐって殺し、自ら毒を仰いで清葉に葛木のことを託して死ぬ。 清葉は焼失した自分の置屋をお孝の置屋のあとに移して再興、葛木は留学してドイツに赴く。

・ 義理や世間のしがらみの中で誠実に生きる清葉という芸者と、清葉にライバル意識を燃やす奔放な芸者お孝。そして旦那のいる清葉への思いを断ち切ってお孝の横恋慕に心を移す葛木晉三という医学士。その葛木という男が現れたためにお孝に捨てられる通称「赤熊」なる怪人物。これらの人物が織りなす四角関係のはてに、気のふれたお孝が赤熊の口に刀を突き差してこれを殺し、自らも毒を飲んで死ぬ……。完膚なきまでに単純化すればこのようになるかもしれない『日本橋』という小説には、しかしもうひとり重要な人物がいます。それは葛木の姉であり、失踪中の、つまり現在は不在の登場人物であるわけです。

・ そう、たしかに不在なのですが、姉によく似た京人形というのが、姉の身代わりの役で出て来ます。人形とはそもそも誰かの身代わりをするものでしたね。そして『日本橋』とはいわば「人形」をめぐる小説であるのです。白状すれば、いかにこの小説に人形さながらの「身代わり」のテーマが氾濫しているか、この一文が言わんとするのはほぼそのことに尽きます。東京の日本橋がその領域内に人形町という土地を持つことを微かに意識しつつ、以下に、この身代わりのテーマの氾濫ぶりをいくつか紹介してみましょう。

・○たまたま葛木が日本橋に舞戻ってきた日に、清葉が店を張る「瀧の家」という芸者置屋が火事になり、その騒ぎの中、赤熊はお孝を殺そうとします。しかしお孝の妹分の千世という抱妓(かかえ)が、お孝と同じ着物を着ていたために人違いで切りつけられてしまいます。千世はお孝の身代わりになります。

・ 以上です。身代わりのテーマがいかに多く出てくるか、お分りいただけたと思います。『日本橋』の登場人物には、だから多かれ少なかれ人形臭さが付きまとうのですが、これは鏡花には人間が書けてないという、いかにもリアリズムの側から出そうな批判とは何の関係もありません。あえて極論を言わせていただくならば、自分たちは人間を描けていると思っているらしい自然主義に抗して、人間を書くふりをしながら、こっそり人形を書いて見せる鏡花の黒いユーモアなのであり、過剰な人形のテーマが氾濫しているという事態がここにあるばかりなのです。

・ お孝と葛木というペアはまさに理想的な結合であるかに見えます。しかし、お孝と切れてくれという赤熊の頼みを、葛木はなぜか訊き容れて旅立ってしまいます。べつにこのことは意外でもなんでもないわけで、彼の人形愛が姉の不在によって支えられている以上、そのエロスは浮遊し放浪することを余儀なくされます。いつまでもお孝のもとに留っていることは出来ないのです。お孝から姉の人形を受け取って姉探しの旅に出る葛木の姿はいかにも象徴的です。『日本橋』とはいわば姉と清葉とお孝が合体して作りなされる「人形」をめぐる小説であるわけで、男はついにその人形に操られる人形であるような存在でしかありません。

・ 「春で、朧で、御縁日。」雛祭の翌日の一石橋という重要なシーンを持つ『日本橋』には、「雛祭」という人形たちのお祭の夜の華やぎと妖しさがすみずみにまで染みわたっています。けれどもそこに、泉鏡花の不吉な悪意を汲み取ることもできるのではないでしょうか。

・ 『日本橋』は岩波文庫とちくま文庫で読むことができます。

日本橋』 青空文庫

泉鏡花を読む ( index.html )
・  泉鏡花『日本橋』- 姉の身代わり人形

 石原明奈 泉鏡花「日本橋」論:<姉>の変容(PDF)

鏡花リンク ( klinks.html )
日本橋・高野聖・草迷宮・歌行燈、他(阿笠湖南)

日本橋」(1956)(キネマ旬報DB)

日本橋』(1956年・大映京都)

鏡花抄 ( kyoukashow.html )
日本橋』(戯曲)〔改行〕〔改行〕 お孝 「時々夢の覚めますのが、今日は死際の脈が打つように激しく病がさしひきして、火の粉が花に、花が雪に、雪が火の粉に見えました。知ってて殺したんです。もうそれに、此の方の(葛木をじっと見入りつゝ)お顔を見ました上じゃ、何時までも正気です。」〔改行〕

泉鏡花自筆年譜 ( nenpu.html )
・ 大正三年九月、「日本橋」知友堀尾成章氏の千章館より。小村雪岱氏はじめて装画を試む。〔改行〕

おしらせ ( news.html )
 2001.11.2 〔改行〕〔改行〕●ずいぶんな放置プレイを続行中でありますが、おまたせしました、サイト内検索のリクエストによる鏡花作品ランキング、7月から10月までの集計の発表です。間が開いたので、今回は20位までカウントすることにしました。相変わらずお芝居系が強いですね。まあ、よくも悪くもこれがネットでの鏡花受容の現状ということなのでしょう。〔改行〕〔改行〕  1 海神別荘(63)〔改行〕  2 婦系図(41)〔改行〕  3 高野聖(40)〔改行〕  4 義血侠血(24)〔改行〕  5 天守物語(23)〔改行〕  6 夜叉ヶ池(22)〔改行〕  7 歌行燈(18)〔改行〕  8 龍潭譚(16)〔改行〕  8 外科室(16)〔改行〕 10 星あかり(11)〔改行〕 11 眉かくしの霊(10)〔改行〕 11 夜行巡査(10)〔改行〕 13 春昼( 9)〔改行〕 13 草迷宮( 9)〔改行〕 13 日本橋( 9)〔改行〕 16 照葉狂言( 8)〔改行〕 17 化鳥( 7)〔改行〕 17 山海評判記( 7)〔改行〕 19 三尺角( 5)〔改行〕 20 処方秘箋( 4)〔改行〕 20 註文帳( 4)〔改行〕 20 風流線( 4)

 2001.7.1 サイト内検索のリクエストによる鏡花作品ベストテンの第3弾、5月と6月分の集計です。同じデータが連続するものはひとつにカウントしています。今回はついに「高野聖」がトップに来ました。芝居公演が話題の2位3位4位をおさえて見事です。 ところで検索のさいには正確な言葉をインプットするようにしましょう。「三味線」とか「三角尺」とか言われても……困るとですよ(汗)。自信のないタイトルの場合は「三味」とか「尺」とかのように、短くても間違いではない言葉で検索した方が好結果が得られます。よろしく。  1 高野聖 (31)   2 婦系図 (24)   3 海神別荘 (22)   4 天守物語 (17)   4 外科室 (17)   6 龍潭譚 (15)   6 歌行燈 (15)   8 化鳥 (14)   9 春昼 (11)  10 義血侠血 (9) 10 夜行巡査 (9) -------------- 夜叉ヶ池 星あかり 日本橋 草迷宮 (8)

・ ついでに2001年前期分として2月から6月までの集計も載せておきます。  1 婦系図 (52)   2 高野聖 (47)   3 海神別荘 (39)   4 天守物語 (32)   5 化鳥 (27)   6 外科室 (25)   7 龍潭譚 (22)   8 歌行燈 (19)   9 義血侠血 (19)  10 夜叉ヶ池 (17)  10 春昼 (17)  10 草迷宮 (17)  13 日本橋 (15)  14 夜行巡査 (12)  15 星あかり (11)  16 眉かくしの霊 (8) 16 註文帳 (8) 18 山海評判記 (7) 19 桜心中 (6) 19 蛇くひ 両頭蛇 (6)

・ サイト内検索のリクエストによる鏡花作品ベストテンの第2弾です。今回は3月10日から4月末までの集計となります。前回(3月10日)同様、あきらかに重複していると思われるデータは適宜整理しました。今後は切りの良いところで2ヶ月に一回の発表とするつもりですので、当検索システムを本来の目的だけでなく人気投票としてもご利用いただければ幸いです。 1 婦系図 (15)  2 高野聖 (13)  3 海神別荘 (12)  4 化鳥 (10)  5 天守物語 (8) 6 龍潭譚 (6) 6 桜心中 (6) 6 義血侠血(滝白糸) (6) 9 草迷宮 (5) 9 外科室 (5) 9 夜叉ヶ池 (5) ------------ 春昼 日本橋 (4) 新派や花組の『婦系図』公演の話題もあって、お芝居派の優勢傾向は続いていますが、「高野聖」や「化鳥」の躍進が目を惹きます。季節柄といえる「桜心中」はどこかのグループで話題にでもなったのでしょうか。

・ 皆さんがサイト内検索を使って鏡花のどんな作品を検索しているのか、ちょっと調べてみました。リクエスト・ベストテンみたいなものですね。  1 婦系図 (13)  2 天守物語 (7)   3 海神別荘 (5)   4 夜叉ヶ池 (4)   4 義血侠血 (4)   4 草迷宮 (4)   7 日本橋 (3)   7 高野聖 (3)   7 外科室 (3)   7 化鳥 (3)  (次点) 星あかり 春昼 歌行燈 (2)  2月のはじめから今日までの集計によると、こんな結果となりました。作品名の後の数字は検索回数です。ダブりのあるデータはノイズとみなして整理し、できるだけ有意な数字を取り出すよう努めたつもりです。結果はまあ、一目瞭然、お芝居派の圧勝ですな。テキスト派としては愕然としておりますです(笑)。

泉鏡花『日本橋』- 姉の身代わり人形 ( nihonbas.html )
泉鏡花『日本橋』- 姉の身代わり人形

日本橋 あらすじ

・ 雛祭りの翌日の夜、葛木晋三は一石橋から栄螺と蛤を放す。その振る舞いを怪しむ巡査の尋問にあうところ、現れた芸者お孝がその場をとりなす。雛に供えたものを放生することは葛木の姉の志であった。 姉は、親を早く失った貧しさからひとの妾となって葛木が医学士となるのを援助、今はしかし弟を避けて失踪している。 姉を求める葛木は姉そっくりの芸者清葉に思いをよせるが、旦那のいる清葉は色々な義理があるため葛木の恋を退ける。 お孝はこれまで清葉が拒んだ男なら、まさに清葉が拒んだという理由からすべて自分のものにしてきた。葛木に横恋慕をしたお孝は、ために赤熊という男を捨て、葛木もまたお孝に心を移す。 熊皮の上着の毛の中に沸く蛆を食うような男である赤熊からお孝と切れてくれと懇願されると、葛木は失踪した姉を探すために僧形となり、姉の思い出のある京人形を携えて旅に出る。葛木に去られたのち気がふれるお孝。 時うつり、たまたま葛木が日本橋に舞戻ってきた日に、清葉の芸者置屋が出火。その騒ぎの中、赤熊はお孝を殺そうとするが、誤ってお孝の妹分の千世を切りつける。お孝はその刀で赤熊の口と咽喉をえぐって殺し、自ら硝酸(毒)を仰いだあと、清葉に葛木のことを託して死ぬ。この急展開は能などの序破急の終わり方を思わせる。 清葉は焼失した自分の置屋をお孝の置屋のあとに移して再興、葛木は留学してドイツに赴く。清葉の家には美人芸者十三人

・・『日本橋』は花柳界小説のふりをした人形小説

・ 泉鏡花は『草迷宮』や『高野聖』のような異界小説の他に、芸者の世界を舞台にした『婦系図』のような小説も書いていて、むしろ鏡花といえば一般に後者を思い浮かべるひとも多いかもしれません。はたしてこちらの傾向の小説は現在どれくらい読まれているのでしょうか。鏡花にいくら根強い人気があるといっても、いわゆる花柳界小説までが読まれているのかどうかよく分りません。まあどちらかというと異界小説の方が好まれているのではないかと思いますが、あまりそれらを区別する必要はないし、同じ泉鏡花が書いた作品なのだから、同じ読み方で読めばよいと思っています。『日本橋』は大正3年、鏡花40歳の時の作品で、その花柳界を舞台にしています。

・ 義理や世間のしがらみの中で誠実に生きる清葉という芸者と、清葉にライバル意識を燃やす奔放な芸者お孝。そして旦那のいる清葉への思いを断ち切ってお孝の横恋慕に心を移す葛木晉三という医学士。その葛木という男が現れたためにお孝に捨てられる通称「赤熊」なる怪人物。これらの人物が織りなす四角関係のはてに、気のふれたお孝が赤熊の口に刀を突き差してこれを殺し、自らも硝酸(毒)を飲んで死ぬ……。完膚なきまでに単純化すればこのようになるかもしれない『日本橋』という小説には、しかしもうひとり重要な人物がいます。それは葛木の姉であり、失踪中の、つまり現在は不在の登場人物であるわけです。

・ そう、たしかに不在なのですが、姉によく似た京人形というのが、姉の身代わりの役で出て来ます。人形とはそもそも誰かの身代わりをするものでしたね。そして『日本橋』とはいわば「人形」をめぐる小説であるのです。白状すれば、いかにこの小説に人形さながらの「身代わり」のテーマが氾濫しているか、拙文が言わんとするのはほぼそのことに尽きます。東京の日本橋がその領域内に人形町という土地を持つことを微かに意識しつつ、この身代わりのテーマの氾濫ぶりをいくつか拾い集めてみると……。

・・たまたま葛木が日本橋に舞戻ってきた日に、清葉が店を張る「瀧の家」という芸者置屋が火事になり、その騒ぎの中、赤熊はお孝を殺そうとします。しかしお孝の妹分の千世という抱妓(かかえ)が、お孝と同じ着物を着ていたために人違いで切りつけられてしまいます。千世はお孝の身代わりになります。

・ 以上です。身代わりのテーマがいかに多く出てくるか、お分りいただけたと思います。『日本橋』の登場人物には、だから多かれ少なかれ人形臭さが付きまとうのですが、これは鏡花には人間が書けてないという、いかにもリアリズムの側から出そうな批判とは何の関係もありません。人間を書くふりをしながら、こっそり人形に置き換えて見せる鏡花の黒いユーモアなのであり、過剰な人形のテーマが氾濫しているという事態がここにあるばかりなのです。

・ お孝と葛木というペアはまさに理想的な結合であるかに見えます。しかし、お孝と切れてくれという赤熊の頼みを、葛木はなぜか訊き容れて旅立ってしまいます。べつにこのことは意外でもなんでもないわけで、彼の人形愛が姉の不在によって支えられている以上、そのエロスは浮遊し放浪することを余儀なくされます。いつまでもお孝のもとに留っていることは出来ないのです。お孝から姉の人形を受け取って姉探しの旅に出る葛木の姿はいかにも象徴的です。『日本橋』とはいわば姉と清葉とお孝が合体して作りなされる「人形」をめぐる小説であるわけで、男はついにその人形に操られる人形であるような存在でしかありません。

・ 「春で、朧で、御縁日。」雛祭の翌日の一石橋という重要なシーンを持つ『日本橋』には、「雛祭」という人形たちのお祭の夜の華やぎと妖しさがすみずみにまで染みわたっています。けれどもそこに、泉鏡花の不吉な悪意を汲み取ることもできるのではないでしょうか。

・ 『日本橋』は岩波文庫とちくま文庫で読むことができます。

日本橋』 青空文庫

過去のおしらせ ( old2.html )
・ 鏡花ものを好んで取り上げる花組芝居の『日本橋』の東京公演が5月にありました。6月は大坂公演だそうです。舞台の様子は私のLinks からリンクしている花組役者の桂憲一さんのページでも知ることができます。

過去のおしらせ ( old3.html )
・ 先週はとうとう作品紹介を休んでしまいました。今週は「日本橋」と「眉かくしの霊」を続けてアップしました。今後は「龍潭譚」や「草迷宮」「天守物語」などを予定しています。できるだけ私の勝手な解釈が紛れ込まないよう気をつけているつもりですが、またそのために芸のない作品梗概となっていたりするわけですが、ご不満な点や間違いなどありましたら、遠慮なくお伝えくださいますようお願いします。

過去のおしらせ ( old5.html )
・ 鏡花リンクにいくつか新しいページを追加しました。とくに阿笠湖南さんのページでは「日本橋」や「草迷宮」などの作品紹介をまとめて見ることができます。

過去のおしらせ ( old7.html )
・ 須永朝彦・坂東玉三郎両氏による『対談 玉三郎・舞台の夢』がネット公開されました。原著は1984年 7月新書館発行、現在は第1章と第2章が掲載されており、今後第5章まで順次公開予定となっています。第2章では「鏡花幻想」と題して「天守物語」や「日本橋」「山吹」から「恋女房」「稽古扇」まで、鏡花芝居が満遍なく語られていきます。「海神別荘」もちょっとだけ出てきます。

過去のおしらせ ( old8.html )
・ 遅ればせの新刊情報です。佐伯順子氏の『泉鏡花』(ちくま新書 \660)が 8月に出ました。『日本橋』『夜叉ヶ池』『草迷宮』といった作品を中心に、とくに舞台や映画を通して鏡花が今もひとびとを惹きつけてやまないその魅力と特質を解き明かします。「花組芝居」のネオ歌舞伎や波津彬子のマンガにも目配りがきいているのが特徴で、とりわけ現代の女性ファンには絶好の贈り物となるでしょう。

・ 大量の鏡花直筆原稿が慶応大学の稀覯書サイトで公開されています(発見者はNoahさん)。けっこう重たいサイトなので、1枚が300KB 以上ある標準画像を見るのもそう簡単ではありませんが、大変ありがたい資料が公開されたことに感動と驚きを覚えます(他に小さなサムネイル画像と大きな高精彩画像あり)。 このサイトに入る時にIDが要求される場合は、小文字で guestと入力します。パスワードは不要です。以下に公開された作品名を挙げておきますが、各ファイルの実際はほとんど未確認です。 お弁当三人前、きぬぎぬ川、きん稲、ねむり看手、わか紫、一之巻、二之巻、三之巻、四之巻、五之巻、六之巻、誓之巻、愛火、伊達羽子板、雨ばけ、唄立山心中、怨霊借用、炎さばき、縁結び、縁日商品、艶書、鴛鴦帳、化鳥、仮宅話、歌仙彫、河伯令嬢、怪語、海の使者、海異記、海城発電、海神別荘、絵日傘、絵本の春、開扉、貝の穴に河童の居る事、革鞄の怪、葛飾砂子、貴婦人、起誓文、戯曲日本橋、祇園物語、義血侠血、菊あはせ、吉原新話、吉祥果、笈摺草紙、錦染滝白糸、錦帯記、櫛巻、継三味線、欠番、堅パン、懸香、幻の絵馬、湖のほとり、胡蝶の曲、五大力、紅雲録、紅葛、紅玉、黒壁、彩色人情本、桜心中、傘、山吹、山中哲学、紫手綱、紫障子、雌蝶、時雨の姿、蒔絵もの、式部小路、取舵、手習、朱日記、十三娘、春昼、春昼後刻、女仙前記、勝手口、小春、少年行、沼夫人、鐘声夜半録、色暦、信仰、新通夜物語、森の中、神鷺の巻、神鑿、人魚の祠、星の歌舞伎、清心庵、雪柳、雪霊続記、浅茅生、草迷宮、続銀鼎、続紅雲録、続風流線、袖屏風、多神教、鯛、第二蓖蒻、茸の舞姫、辰巳巷談、池の声、註文帳、町双六、沈鐘、通ひ路、爪の涙、爪びき、定九郎、天守物語、杜若、嶋田髷の人形、湯女の魂、湯女の魂、湯島詣、湯嶋の境内、燈明之巻、萩薄内証話、伯爵の釵、白花の朝顔、白金の絵図、薄紅梅、半島一奇抄、秘妾伝、飛剣幻なり、毘首羯摩、貧民倶楽部、舞の袖、風流蝶花形、峰茶屋心中、頬白鳥、魔法罎、木の子説法、木曽の紅蝶、夜叉ヶ池、夜釣、薬草取、友禅火鉢、由縁の女、遊行車、夕顔、妖剣紀聞後篇、妖剣紀聞前篇、妖術、妖僧記、妖魔の辻占、楊柳歌、陽炎座、卵塔場の天女、留守見舞、龍潭譚、旅僧、両頭蛇、霊象、聾の一心、梟物語、瓔珞品、絲遊、縷紅新草、袙奇譚、ピストルの使ひ方、髯題目、鶚の鮨

『鏡花小説・戯曲選』 ( sensyu.html )
〔改行〕12 戯曲篇二 湯島の境内 錦染瀧白糸 日本橋 天守物語 戦国茶漬 かきぬき 年譜・作品年表 [解説]村松定孝

小村雪岱 「泉鏡花先生のこと」 ( settai.html )
・ 御著書の装幀は、私も相当やらせて頂きました。最初は大正元年ごろでしたが、千章館で『日本橋』を出版される時で、私にとっては最初の装幀でした。その後春陽堂からの物は大抵やらせて頂きましたが、中々に註文の難しい方で、大体濃い色はお嫌いで、茶とか鼠の色は使えませんでした。〔改行〕

・ 中公文庫 『日本橋檜物町』所収 (初出 昭和14年11月)

『鏡花全集』(春陽堂) ( shunyou.html )
巻九 〔改行〕南地心中 月夜 貴婦人 爪びき 夜釣 池の声 糸遊 三人の盲の話 歌仙彫 紅提灯 片しぐれ 浅茅生 印度更紗 霰ふる 陽炎座 五大力 遊行車 艶書 菎蒻本 参宮日記 魔法罎 第二菎蒻本 革鞄の怪 日本橋 紅葛 桜心中 桜貝 新通夜物語

巻十四 深沙大王 墨田の橋姫 愛火 沈鐘 かきぬき 稽古扇 夜叉ヶ池 鳥笛 銀杏の下 紅玉 海神別荘 恋女房 湯島の境内 錦染滝白糸 日本橋 天守物語 山吹

泉鏡花作品年表 ( workhist.html )
〔改行〕1914年 大正3年 〔改行〕魔法罎 第二菎蒻本 革鞄の怪 日本橋 湯島の境内 紅葛

1917年 大正6年 時雨の姿 伊達羽子板 町双六 炎さばき 幻の絵馬 雛がたり 峰茶屋心中 日本橋 二人連れ 卯辰新地 天守物語

anti/ant's INDEX ( x.html )
泉鏡花『日本橋』- 姉の身代わり人形

『鏡花全集』(岩波書店) ( zensyu.html )
巻十五 遊行車 艶書 陽炎座 菎蒻本 参宮日記 二た面 魔法罎 第二菎蒻本 革鞄の怪 日本橋

・[月報15] 泉鏡花と折口信夫=池田弥三郎 鏡花と住まい=泉名月 日本橋について=佐藤春夫 『参宮日記』と『日本橋』のこと=小村雪岱 泉名月蔵新資料(尾崎紅葉の鏡花宛書簡) 鏡花小説校異考(十五)日本橋=村松定孝 〔同時代の批評・紹介〕鏡花氏の『草迷宮』=御風生

・[月報17] 『日本橋』=寺田透 大正期の鏡花文学=笠原伸夫 泉名月蔵新資料(芥川龍之介の鏡花宛書簡) 鏡花小説校異考(十七)友染火鉢=村松定孝 〔同時代の批評・紹介〕鏡花氏の小説〔承前〕=生田長江

巻二十六 [戯曲] 紅玉 海神別荘 恋女房 湯島の境内 錦染瀧白糸 日本橋 天守物語 山吹 戦国茶漬 多神教 お忍び かきぬき(瀧の白糸、通夜物語、湯島詣、日本橋、白鷺)

別巻 [補遺] 琵琶伝 海城発電 妖剣紀聞 定九郎 会津より 本郷座の高野聖に就いて 描写の上より見てる犯罪 抜萃帖から 幼い頃の記憶 なつかしい「蛙」のはなし 三十銭で買へた太平記 熱い茶 新潮合評会 泉鏡花座談会 泉鏡花と梅村蓉子 原作者の見た「日本橋」 書簡 72通 書簡下書 64通


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