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如月の付け届け

 先日ちょっとしたきっかけで『ばれんたいんでー』と『ほわいとでー』なるものの存在を知ったのだが、その後詳しく説明を受けて正式な日付は其々如月と弥生の十四日と判った。
「と言う訳で、ご助力願いたいのだが。」
「何が『と言う訳』なんだよ、訳が判らねぇ。」
 面と向かって俺が言うと、政宗殿は不機嫌に答えた。
「あのな、幸村。いきなり押しかけてきて開口一番『と言う訳で』じゃ判らねぇだろ。自分一人で判っててどうするんだよ。」
「そ、そうか。説明をしたつもりで省いていた。申し訳ござらぬ。」
 素直に謝罪すると政宗殿は溜息を一つ吐いた後、俺の話を聞く体勢を整えた。政宗殿は短気で直ぐに手も口も出すが、非を認めた相手に何時までも禍根を残さない。その辺りは流石に一国・一軍を率いる将、と感心する。
 取りも直さずこれこれこう、と俺が説明すると政宗殿は初め興味無さそうな素振りであったが、次第に眉間に皺が寄ってきた。…若しかして、拙い事を言ったのかも知れぬ。
 俺が心の準備をして間も無く、政宗殿の怒声が響いた。
「バカ野郎! 何を考えてるんだお前はっ!」
「そんなに怒鳴らなくても聞こえている!」
「じゃあ耳の穴かっぽじってよく聞け、Idiot。アイツ等にValentine's DayPresentをしてぇって気持ちは判らないでは無い。が、それで何で俺達がChocolateを作るって話になるんだ! 大体作り方や材料は?! アァン?」
 政宗殿の指摘に思わずうっと唸る。それは考えていなかった。いや、若しかして政宗殿ならご存知かと思っていたのだがこの様子だと知らぬようだ。抜かった。
 俺の返事がない事で、答えを察したらしい政宗殿は再度溜息を吐いて呆れた様に言った。
「あの二人に感謝の気持ちを表したいって言うなら、White Dayでも良いじゃねぇか。」
「しかし貰っていないのに差し上げて良いものであろうか。この幸村、一度食して以来頂いてはおらぬし、次に頂けるかも判らぬ。どうせなら機会がある時に差し上げたい。」
 我ながら情け無い顔をしているのは重々承知しているが、こう言う事は気持ちが大事なのだ。とにかく俺は 殿、お二方に猪口冷糖を作って差し上げたい。
 じっと見つめて政宗殿の反応を見る。意外に政宗殿は情に篤いのでこうして訴えると絆されてくれる事があるのが最近判って来た。期待を込めて見つめていると、やがて大袈裟に溜息をついて政宗殿は肩を竦めた。
「仕方無ェなぁ。どうしてもって言うんなら、俺も乗ってやる。だが良いか、一つ貸しだからな。」
「忝い! それでどうすれば……。」
「まぁ材料が判らなきゃ作りようが無いからな。先ずソレだろ。」
殿は教えてくれるだろうか? 出来れば内密に用意して驚かせたいのだが。」
Surpriseにするんだったら訊けねぇな。…調べるしか無い、か。」
 どうやって、と訊こうとしたら佐助が現れた。手には何やら持っている。
「おっ、猿! 気が利くじゃねぇか。」
 政宗殿が嬉しそうに佐助が持っていた物を受け取る。見ると、どうやら 殿が何時も携帯している猪口冷糖の袋のようだった。そう言えば以前聞いた事がある。原料となるものの名前が書かれているとか。
「おお、佐助。よく気が付いた。」
「そりゃ旦那が考えてる事なんてお見通しだからね。それに幾ら竜の旦那だって異世界の食べ物の作り方なんて判らないでしょうが。」
 俺が政宗殿に相談する前に、彼是悩んでいたのに気が付いて、 殿の鞄から拝借したらしい。直ぐに返さないとばれると言われて慌てて袋を確認する。
「…何と書いてあるのでござるか?」
 簡単に読めると思ったのだが、見かけない文字が羅列されていて俺には良く判らない。辛うじて政宗殿は読める様で、やはり相談して正解だった。
「アイツ等の世界の文字は読み辛ェんだよ……。異国語と同じで左から右に読まなきゃならねぇし漢字仮名交じりだし。異国語なら異国語のままにしときゃ良いのにわざわざ書き換えてやがる。何だァ? …カカ……。」
 眉を寄せて異世界の文字――と言っても一つ一つは簡単に読める仮名文字や漢字なのだが――を、解読する政宗殿は、俺には何やら判らぬ言葉を呟いていた。
「バターはbutterだな。カカオマス? 乳脂肪……? %はPercentの略号だから比率って事だろ……。」
 やや暫く袋とにらめっこをしていた政宗殿だったが、「ダメだ!」と叫んで袋を放り投げた。
「何がダメでござるか! 始めもしないうちに諦めるか、政宗殿!」
「あのー。」
「だったらお前やって見ろ! 訳の判らない材料に加えて、作り方すら判らない状況でやれるもんならな!」
 俺の言葉に即座に言い返す政宗殿。確かに全く手探りの状況では難しいやも知れぬ。
 途方に暮れる俺に政宗殿は続けて言った。
Chocolateを作ろうなんて、すっぱり諦めろ。でなければ驚かせようなんて思わず素直に聞いた方が早い。」
「無理です。」
「しかしっ、無理と言わず……。政宗殿はその加工鱒とやらをお持ちでは無いのか? 渡来品がお好みと聞いたが。」
Cacao mass、な。何かの塊ってのは判るが、Cacaoってのが判ら無ェ。聞いた事が有る気もするんだが……。」
「あのさー、旦那たち。先刻から会話が不自然だって気付いてるー?」
 俺と政宗殿が話している所に佐助が割り込んで来た。会話が不自然?と佐助の方を見遣って思わず後退さる。
殿っ?! いつから其処に!?」
「政宗さんがチョコの原料チェックしてた辺りです。」
 呆れた顔で 殿が俺の傍に座る。突然現れ驚いたが、流石 殿の姉。気配を微塵も感じさせなかった。
「いえ、幸村さんたちが会話に熱中し過ぎてただけです。」
「俺様気が付いてたもーん。」
 俺の言葉を否定する 殿と得意げな佐助。ぬうっ、不覚。修行が足りなかった。
「で、チョコレートの原料を調べて何をしたかったんですか?」
  殿は調べている理由までは聞いていなかったらしく、呆れた様に尋ねた。俺と政宗殿は顔を見合せ、小声でどうしようかと相談する。
「ココは正直に言ったらどうだ? どうしても作りたいって言ったのはアンタだからな。」
「しかしそれでは驚かせる事には……。」
「仕方無ェだろ、 を驚かせるのは諦めて 一人に絞れ。」
「政宗殿はそれで良かろうが、それでは 殿が可哀相ではないか。」
「何だよそれで良かろうってのは。」
殿も等しく扱わねばならぬ、と言っておる。」
 段々険悪な会話になってきた所で、 殿が困った様に言った。
「大方、バレンタインのチョコレートを作ってみようと思ったんでしょう? 諦めた方が良いですよ、材料も手に入らないだろうし作るのも面倒ですから。」
「なっ、な、何故それをっ?!」
「幸村さんの考えそうな事くらい判ります。」
 …そんなに俺の考える事は判り易いのだろうか。以前も言われた事があるが。  
 余程俺が情け無い表情をしていたのか、 殿は苦笑していた。


 それはさておき、 殿が突然訪ねて来た理由を尋ねると意外な事を言った。
「佐助さんを探してたんですよ。 に頼まれたもので。」
「俺?」「佐助を?」「 はどうした。」
 口々に問い返す俺達に、 殿が説明した。
「先刻のチョコレートの話になりますけど、実は が突然気が付きまして。佐助さん、未だチョコレート食べた事無いでしょう。はい、これ。一つだけで申し訳無いけど。」
「え? 俺に?」
 目を白黒させながら、佐助が 殿から猪口冷糖を受け取る。
「俺には?」
 政宗殿が憮然として 殿に訊く。
「政宗さんは食べた事あるでしょう? 生憎そんなに数が無いんで食べた事の無い人優先です。」
「俺だけ? いやぁ悪いなぁ……って、旦那たちそんなに睨まないでよ〜。」
 佐助が猪口冷糖をしっかり握り、 殿の後ろに隠れる。そ、そんなに睨んだつもりは無いのだが……ふと政宗殿を見ると、確かに大層不機嫌な顔をしていた。
「数が無いと言うが、それが最後の?」
「まだ少し残ってましたけど、それは が持って行きました。元親さんにも渡してないんで、来てるなら丁度良いや、と。この辺りを案内するついでに渡すって言って。」
  殿が拠点としている屋敷は、最近出入りが激しい。俺や佐助は元々 殿の護衛として常時滞在しているが、お館様も政宗殿もほぼ入り浸りの状態で、それに最近元親殿も加わった。流石にこれ以上人が増えると世話が大変だと言う理由で、近くに新たに屋敷を構えようかと言う案も出ている。だが 殿の方針で、国主が国を空けてどうするとの理由で滞在日数を決められている。偶々今回は同時期に大人数が滞在する事になっただけである。
「… は元親とDateか。」
「睨まないでください、政宗さん。出遅れる方が悪いんです。」
「アンタも言うよな……。」
 不機嫌に言う政宗殿の様子で、何となく『でぇと』なるものが何であるか、判る気がする。しかし数が少ないと言う事はもう既に無いのだろうか。二度と食す事が適わないのは残念な気がする。
 思わず物欲しげに見たのだろうか、佐助が溜息をつきつつ持っていた猪口冷糖を苦無で二つに割ると、片方を俺に差し出した。
「半分あげるよ、旦那。…これ甘いんでしょ? 俺様甘い物苦手だからさー。 サンが折角くれたのに捨てるのも悪いから、旦那手伝ってよ、ね?」
「う、うむ。そうだな佐助。その……忝い。」
 受け取り、小さくなった欠片を口に入れる。小さくてもやはり変わらぬ不思議な甘さが口の中に広がる。初めて食べる佐助も、その不思議な味に驚いているようだった。
 その後 殿が説明してくれたのだが、猪口冷糖と言うものは作るのが大変難しいそうだ。元々の原料が手に入らない上、俺たちが食したような味にするには幾つもの工程が必要で、流石の物知りの 殿も詳しい作り方は判らないらしい。
「チョコレートは作るの諦めて、他のものにしたら良いじゃないですか。」
「だがValentine's DayChocolateが付き物なんだろ?」
 政宗殿は出来ないとなると却って意地になるらしい。尚も食い下がる。すると 殿が意外な事を言った。
「そんな事は無いですよ。単に私たちが住んでいる地域ではそれが一般的になってるだけで、他の国……異国では男性から女性に、ってのもあるし。家族で贈りあうって言うのもあるらしいですよ。勿論、贈るものはチョコレートに限らず、花だったり本……書物だったり色々みたいだし。」
「そうなのか?」
 思わず訊き返すが返事は変わらない。しかし猪口冷糖で無くても良い、と言われても逆に何を贈れば良いのか、決めかねる。
「書物は嬉しくないだろ、お前らの場合。」
「普段なら嬉しいですけど、流石に此方の書物は……達筆すぎて読めません。」
「とすると花? 今の時期なら梅に水仙、桃に辛夷、片栗、九輪草……にはちょっと早いか。」
 政宗殿と佐助が代わる代わる質問する。律儀に答えてくれる 殿だが、俺の『内密に』と言う計画はすっかり無くなってしまった。仕方が無いので 殿が欲しい物を聞く事にする。
「欲しい物は特に無いです。まぁ美味しい物が食べられればそれで。」
 俺の質問に、 殿は若干困った顔で答えた。何か困る質問をしてしまったのだろうか? 気になるが思い返しても理由が見当たらない。
「花で良いと思いますよ。私も も花は好きですから。」
「因みに、アンタ達の世界で一般的に贈られる花ってのは何だ?」
「一般的に、ならバラですかねぇ。」
「バラ? …ってどんな花?」
「この時代に日本に自生していたのとはちょっと違う筈ですけど、茨とか薔薇(そうび)って呼ばれてると思います。」
「夏の花じゃねぇか。」
 期待外れだとばかりに政宗殿が言う。確かにこの春早い折、花の種類は限られる。だがこれと言って思いつくものも無いので、やはり贈る物は花にしようと言う事になり、種類は贈る時まで秘密となった。


「それはそれは……、ではわたくしからもはなをおくりましょうか。なにがよろしいでしょう。」
 相変わらず上杉殿は麗しく、見ている此方が赤面してしまう。合戦場ではその様な事は思いもしなかったが、いざこうして差し向かいで落ち着いて話していると本当にそう思う。
 上杉殿の問いには政宗殿が答えた。
「いや、アンタには他の事で協力して貰いたい。…アンタん所のくのいちと、暫く一緒の部屋で過ごして欲しいんだが。」
「それだけでよろしいのですか、おかしなこと。まあいいでしょう、つるぎいるのでしょうまいりなさい。」
「はい、謙信様。」
 上杉殿が呼ぶと同時にふわりとかすが殿が現れた。顔を伏せて控えているが、此方も相変わらず、その……。思わず目をそらすと政宗殿と目が合い、ニヤリと笑われた。しかし婦女子のあのような姿は俺には正視出来ん。
「これに何の意味があるのだ。」
 かすが殿が僅かに顔を赤らめながら問うて来たが、上杉殿に阻まれる。
「よいではないですか、わたくしのうつくしきつるぎよ。こうしてすごすことにいみがあるというのならばわるくもないでしょう。なによりあのをかしきしまいにむくいるとあらばなおのこと。さあつるぎこちらへ。」
「ああっ、謙信様っ……。」
 顔を赤くしたままかすが殿が上杉殿に……お、俺にはこれ以上直視出来ん。狼狽えて部屋から出ようとした所で政宗殿に腕を掴まれる。
「何処へ行くんだよ、さっさと拾え、ホレ。」
 言いながら政宗殿は何処から現れたのか、上杉殿とかすが殿の周りに多量に落ちている赤い花を拾っていた。
「佐助の言った通りだな……あの二人を近付けると赤い花が咲き乱れるって言ってたが。」
「これが異国の薔薇なのか。確かに茨とは違う様だが……痛っ。」
「棘があるんだ気を付けろ。」
 拾っても拾っても尚落ちてくるバラを両手一杯になるまで拾い集める。
 政宗殿が言っていたが、この話は佐助が教えてくれた。どうやら佐助は時々上杉軍に偵察に行ってこの状況を目の当たりにしたらしい。聞いただけでは信じられぬが、こうして目の前で繰り広げられる世界は何と言うか、恥ずかしい。
 凡そ持ちきれないほど拾った所で政宗殿が二人に声を掛ける。
Thank you、お二人さん。お陰で助かったぜ。アンタ達にも手伝ってもらったって二人には伝えておく。」
「感謝する。」
 礼を述べると、未だ恍惚としているかすが殿を支えながら、上杉殿が会釈する。これ以上この場に留まっていたら俺の気力が持たない。そそくさと退散した。


 花を用意し当日いざ渡そうと 殿たちの部屋に向かった俺達は、部屋に入るなり目を丸くした。
 部屋の中は荷物であふれ返り、身動きも取れないほどの状態であった。
「こ、これは一体……?」
「あー、わんこちゃんいらっしゃい。猿ちゃんも独眼竜も。その辺の空いてる場所見つけて座るなり何なり……それより別の部屋に行った方が良いか。」
  殿が目に涙を溜めて笑いながら、隣の部屋へ移動する。俺達もそれにあわせ移動した。
「何だ、あの荷物の山は?」
 政宗殿が部屋を振り返りつつ 殿に尋ねる。すると 殿はそれが可笑しかったのか笑い出した。
「いやっ、バ、バレンタインの……プッ、プレゼント……あははははっ! 誰だろ、広めたの。」
「何ィッ?!」
 よもや俺達以外にばれんたいんの話を知っていた人間がいたとは思わず慌てる。既にこの様に大量に貰っていたのでは、驚くものも驚かないではないか。
 慌てて荷物の確認をする政宗殿に、 殿が言った。
「広めたって言うか、多分初めは幸村さんと政宗さんですよ。二人が相談してるのを何処からか聞いた人がいたらしくて……。」
  殿に贈り物をしよう、と言う話が何時の間にやら広まったらしい。驚く俺達に、 殿が指差しながら説明を始めた。
「この辺一帯は此方でお世話になっている腰元さんたちとか女中さんたちからね。そっちの角にあるのが伊達軍から。こっちは武田軍。後は色々〜。」
 武田軍からは信繁様や勝頼様からも届いていた。物はどうやら反物やら装飾品らしく、己の用意した花が貧弱に思えて来た。
 情け無い気持ちになりつつあるところで、 殿がバラに気付く。
「わんこちゃん達はお花を用意してくれるって聞いてたけど……バラかぁ! 凄いね、大量だ!!」
「あ、いや、そのこれは……。」
「何? 違うの?」
「違わねぇ。ホラ、受け取れ。」
 憮然としながら政宗殿が花束を渡す。慌てて俺も其々に渡すと、二人とも匂いを嗅いで微笑んだ。
「良い匂い……。でも良かった、真っ赤なバラじゃなくて。」
「そうだね、真っ赤だとちょっと……気恥ずかしいよね。」
「赤だと何故気恥ずかしいのでござるか?」
 上杉殿の所から持って来たバラは、真紅より僅かに薄い濃い目の桃色なのだが、それがどうかしたのだろうか。不思議に思い、訊いてみる。
「花言葉って言うのがありましてね。赤いバラって、まぁ『熱烈にあなたを愛する』みたいな意味で主に恋人同士が贈るんですよ。だから真っ赤じゃなくて良かったね、と。」
「…………………。」
 思わず政宗殿と顔を見合わせる。そんな意味があったとは。それではまるで俺が 殿に、けっ、懸想を……。

 していない、と言い切れるか? 幸村。

 自問するが答えは無い。
 だが多分、答えは無くて良いのだと思う。
 花瓶に花を生けると部屋の雰囲気が一変して華やかになった。八重咲きの艶やかな花なのでそれも当然だろう。気がつくと 殿がいつの間に消えたのか、廊下の方から現われた。
「それじゃ からもこれ。残り少ないんで先着5名様まで〜。」
「こっ、これは!」
 条件反射で受け取ったのは、猪口冷糖だった。
「もう無いって聞いたぞ。」
「これ作るくらいは残ってましたよ。いらないなら他の人に……。」
「誰がいらねぇって言った。」
 政宗殿も嬉しそうに受け取る。それが可笑しかったのか 殿が笑っていた。
 どうやら 殿が持っていた猪口冷糖を溶かして再度固めたらしく、以前貰ったものと少々形が違っている。綺麗な立方体だったものが少し歪な丸になっていた。早く食べて、と言わんばかりの視線を送る 殿に応え、一つ口に入れると少々いつもと違う味がする。何となく香ばしいような、何だろうと思っていると小さな塊が舌の上で転がったのが判った。
「胡桃、でござるか?」
「当たり。量が少ないので胡桃をコーティング、覆ってみました。」
 政宗殿も早速一つ口に入れその味を確かめていた。
「それにしても悔しいのは ちゃんの方が貰った数が多い事だよね〜。」
 荷物の山を見ながら 殿が呟く。
「多いったって二つ三つだよ。確かに武田軍から貰ったのは私の方が多いけど、伊達軍は圧倒的に じゃない。」
「そうなんだけどさー、何か、悔しい。」
 笑って言う 殿が「いつの間に勝負になったんだ。」と突っ込んだ。
「ところで先程、先着5名とか言っておられたが、他には何方に?」
 気になって訊いてみる。今現在貰ったのが判っているのは、俺と政宗殿、佐助の3人だ。あと2名分ある筈。
 すると、1名は既に渡したとの事で相手は左月殿だった。
「左月か。爺さんにChocolateはキツイんじゃ無いか?」
「そんな事は無いですよ。…多分。」
 あと一つ残っている分はそうするとお館様に渡るのだろうか。しかし甲斐に戻られたばかりなので、別の方に渡るやも知れぬ。そんな事を考えていると、遠くからバタバタと騒々しい足音が聞こえてきた。その足音を聞いて、政宗殿が思い切り顔を顰めた。
! いるか?」
 息せき切って現われたのは元親殿だった。
 名前を呼ばれた 殿は呆れたように元親殿に話しかける。
「姫親さん、この前来たばかりなのにまた来たんですか? と言うか、随分早いお戻りで。」
「おうよ。何でも十四日にお前に付け届けしなきゃいけないって聞いたからな。船と馬を駆使して飛んで来たぜ。」
 いつの間にか義務になっていたようだ。ぷっと 殿が吹き出し、元親殿が此方に気付く。どうやら 殿しか目に入っていなかったようだ。
「おう、お前らも来てたのか。お前達は何を持ってきたんだ?」
「そこに飾ってあるだろ、バラだ。」
「バラ? へぇ、珍しい花だな。」
 政宗殿が指し示す方向に花があるのに気付き、元親殿がしげしげとバラを見る。その間に 殿が元親殿から渡された包みを開け始めた。何を持ってきたのかと興味津々で見ていると、中身を確認した 殿が突然倒れた。
「せっ、 殿? 大丈夫でござるか?」
「おい ? 元親っ、手前何を持ってきたっ?!」
 慌てる俺達同様、元親殿も 殿が倒れた事に慌てていたが良く見ると 殿が俯いて肩を震わせていた。そして、 殿が堰を切ったように笑い始めた。
「ははははははっ、さ、サイコー! も、元……姫親さん、サイコーですよ! あはははっ!」
「そっ、そうだね……よりにもよって……。私、実物初めて見たよ。」
 涙を流して笑う二人を俺たちは戸惑いながら笑いの収まるのを待った。
 やや暫くしてから笑いが収まったのか 殿が起き上がり、それでも時々笑いを堪えて元親殿が持ってきたものを俺達に見せた。何かの種らしいが、見た事も無いほど大きい。
「これが、チョコレートの原料。カカオの実でーっす。…何処で手に入れたの?」
「ん? 何でも付け届けには猪口冷糖が一番だって聞いたからな。渡来の物は渡来人に聞くのが手っ取り早いだろ? ザビーに聞いたら、それを渡された。」
「教祖様か。さっすが伴天連宣教師。金目の物は見逃さないね。」
  殿の口ぶりから、どうやら猪口冷糖の元となる実は高価なのだと見当がつく。
 笑いながら猪口冷糖の実を仕舞うと、元親殿にも 殿が作った胡桃入りの猪口冷糖が渡される。嬉しそうに受け取る元親殿と反対に、政宗殿は不機嫌そのものだったが急に何かに気付いたようだ。
「なぁ、Cacaoの実があるって事はこれからChocolateが作れるって事か?」
「理屈ではそうですけど。お勧めはしませんよ。」
 政宗殿の質問に珍しく 殿が否定的に答えた。普段なら何でも面白がる 殿にしては珍しい。率先して作るかと思ったが違うようだ。
 俺同様、政宗殿も珍しいと思ったのか更に訊く。
「アンタにしては珍しいじゃねぇか。作り方さえ判ればいつでもChocolateが喰えるんだろ? だったら一度試してみてぇから、作り方教えろよ。」
「お勧めしないって言いましたからね。…砕いて、炒って、潰して、牛乳・バター・砂糖を加えて練って練って練りまくったら温度調整して型に流し込んで冷やして固めて寝かせたら恐らく完成。」
 一気に説明されても理解できない。小さな声で 殿が「恐らくって何。」と突っ込んでいた。
 政宗殿は今の説明で多少理解出来たのか、幾つか質問して 殿から件の実を預かった。どうやら本気で猪口冷糖を作ろうとしているらしい。そして俺の方を見る。…何だか厭な予感がする。
「幸村。言いだしっぺはそもそもアンタだからな。当然、手伝ってくれるよな?」
「…………も、勿論でござる……。」
 予感的中だが、政宗殿の言う通りなだけにきっぱり拒否も出来ない。思わず佐助に視線を送ると、佐助はとうに居なくなっていた。彼奴め、主の危機に逃げ出すとは。後できっちり言っておかねばならぬ。
 ずるずると政宗殿に引き摺られる様に厨へと連れて行かれる。ふと振り返ると何だか憐れみの目で見られている様な気がするのは気のせいでは無い……と思う。


 結局、 殿が『お勧めしません。』と言ったのは正しかったようで。四苦八苦して出来上がったものはとても猪口冷糖には見えず、味も最悪だった。

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幸村の一人称、以前は「某」「拙者」を使っていたのですが、今回は「俺」で。

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バレンタインネタ……。何か以前書いたのは何となくチョコレートネタでバレンタインぽいなぁと言うだけだったんで、ちゃんとバレンタインを絡めてみました。
上杉謙信とかすがが色物扱いになってるのが何とも……(笑)

因みに何故今更バレンタインネタかと言うと、先日指摘されたからです。
まだ主人公からチョコレート貰ってない人が居るよね、と。
そう言えば居たなぁと思って……とりあえず今のところ主人公にLoveな長曾我部サンと最初から関係者なのに貰ってなかった佐助にあげてみました。