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さぁ逢いに行こう!

「おまはん、そこで何しちょる?」
 いきなり声を掛けられて、 は思わず転げ落ちそうになった。何処から、と言えばハンモック。
 声のした方に顔を向ければ、逆光で顔の判別は付け辛いが誰であるかは直ぐに判った。
 成る程、道理でハンモックなんて有る筈だ。いや、大体想像はついていたんだけどね。
 梵天丸くん――幼い頃の政宗氏に別れを告げて、次に足を踏み入れたのは如何にも南国、青い空に青い海、白い雲白い砂浜。さーてここは何処かしら、と一通り頭を巡らして最南端だな、と見当を付けた。同じ『南国』と冠されても土佐であればもう少し松林が多い筈。この地に見える樹木は、芭蕉に棕櫚に椰子。その根元には羊歯が生い茂る。思わずここはハワイですか、と突っ込みを入れたくなるような植栽。
 暫く砂浜で波と戯れて、ふとそれに気付いた。
 椰子の幹に渡されたハンモック。
 ついフラフラと近寄って、そう言えばハンモックで寝た事は無かったなぁと思い、好奇心で転がって。余りの気持ち良さに眠りに引きこまれたのが最後の記憶。それから気付いたら声を掛けられた。
 さて、何と返事をしようかと眠い目を擦りつつ考えて、思いついたまま答える。
「寝てました。気持ち良さそうだったんで。」
 言ってる最中も再度睡魔に襲われて、がくりと頭を落とすと一瞬の間の後、豪快な笑い声が聞こえて来た。
「がっはっは。そうじゃろう! オイの見つけた特等席じゃ、それを見つけるとは、おまはん中々見所があっとね。」
「それはどうも。おいさんの場所なら空けましょうか? そろそろ起きないといけないし。」
 そう言ってハンモックから下りようとしたが、揺れる網に足を取られて上手く動けない。ちょっと四苦八苦しかけた所でいきなり体が持ち上げられた。
「…ありがとうございます。」
「………女子(おなご)か。男(おのこ)かと思っちょう。」
「まぁ良く間違えられますので、それは別にどっちでも。」
  を持ち上げた時に、どうやら性別が判ったらしく若干戸惑い気味だが、それは本当に良くある事なので別にどうでも良いか、と思う。それよりも幾ら初対面とは言え、おいさんと言ったのは拙かったかも知れない。初対面でいきなり名前を呼ぶのは不自然かと思っていたのだけれど、そう言えばこの人はこの辺りでは有名人だった。知らない方がおかしい、と言うのはあるだろう。
「どっちでも、か。それにしてもおまはん、オイの事を知らんとね? オイは島津義弘。島津軍総大将ばい。」
  の心配は当たったようで、物凄く興味津々の顔でいきなり自己紹介されてしまった。この流れだとこっちも名乗らないといけないよね?
 砂浜に下ろされた は、ちょっと伸びをしてから相手に向き合って名乗った。
。まぁ所謂迷子の旅人です。」


 島津公は昼下がりの昼寝に来たようで、いつもの場所に見慣れない人間が居て驚いたらしい。 があまり気持ち良さそうに眠っていたので、怒るのを忘れたと言った。
 名乗ってそれじゃさようなら、と立ち去ろうとしたら呼び止められる。
「待ちんしゃい。迷子と言うのに何処に行きよるね。当てがあっと?」
「……無いですね。」
とか言うたか。じゃったらなしてこげな所に迷いこんだね。此処はオイの領地じゃ、簡単に入れる訳なかね。」
「迷子ですから、何となく来ちゃったんじゃないですか。」
 まるで禅問答の様だがこう言う言い方しか出来ないのだから仕方無い。そう言えば奥州でも判ったような判らないような会話が多かったけど、虎哉禅師は元気だろうか。
 余計な事を考えていると、島津公が思いがけない事を言った。
「まぁおまはんも色々事情がありもそうが、こげん危なか場所はうろつかん方が良か。おいの屋敷に泊めてやるけん、何処かに行くなら明日にしたら良かね。」
「泊めてくれるのは有り難いですが、危ない場所ってどう言う事です?」
  の質問に島津公は渋い顔をした。知らない方が良いって事だろうか。でもそんな意味深に言われたら気になるのは道理でしょう。
 じっと島津公を見つめ、教えてくれるまで動かないぞ、と言う感じの態度でいたら島津公は困った顔になった。そして何か言おうとしたのだが、いきなり厳しい顔つきになった。そして もその理由が判った事に自分で驚く。
「じっと動かんでいんしゃい。直ぐに片付けっと。」
OK。」
「桶?」
 戸惑いつつも島津公は武器を構えた。 はどうしようかと考えて、ふと思いつく。
 過去の奥州に滞在していた時に気がついたが、どうもこの世界、何時もにまして にとって居心地の良い世界になっている。体は軽くて動き易いし、 に与えられた力もかなり効きやすくなっている。何よりこんなに簡単にゲームキャラと会えるなんて都合が良すぎる。
 今だって『敵の気配』を直ぐに察した。こんな事は今までも何度かあったけれど此処までハッキリとは判らなかった。何か に課せられた事があるのか、それは今のところ判らないけれど。
 力が増してる事は事実。
 そう言えば虎哉禅師から貰った筆。あれって武器にならないかな。 が奥州で建物やら景色やら風俗なんぞを熱心にメモしていたら、虎哉禅師が筆をくれた。シャープペンやサインペンは持っていたけどいつか書けなくなる時がくるかも知れないと思って有り難く頂戴したんだけど、未だ使った事は無い。
 そんな事を思って鞄を弄り筆を手に取る。少し太めだが一般的な長さの筆軸は武器としては期待できないな、と思ったものの一応念の為に何時ものお決まりの言葉を呟いてみる。
「我が愛する世界に告げる、我が名は 。」
 続けて と島津公を護る為の力を貸して、と願うといきなり手に持った筆が大きくなった。これで武器になるって事ですか?
「まぁ らしいか。ペンは剣よりも強し、だからね。…おいさんっ! 自分の事は自分でやりますから、思いきり戦って下さい!  の事はDon't worry!
 筆を握り締めて叫び、目の前に現れた『敵』を筆軸で薙ぎ払う。思い切り良く吹っ飛んだ所を見ると、やっぱり桁違いに力が増している。これは心してかからないと世界のバランスを崩すかも。それとも先に の方が倒れるかな。
  を心配していたのか、島津公は動きがぎこちなかったが二人三人と撃退する を見て、またまた豪快に笑った。
「はははっ、おまはん良うやる! それじゃオイも遠慮はせんと! オイが鬼島津じゃ、島津の示現流喰らいたい奴ばかかって来んさい!!」
 島津公が叫ぶと、その名前に聞き覚えがあるのだろう。敵がみるまに怯んで及び腰になっている。中には果敢に戦いを挑む人もいるみたいだけど、簡単にのされてしまった。う〜ん、やっぱり実際に戦ってる所を見ると凄いなと思う。
 結局あれよあれよと言う間に敵がのされて、勝負はあっけなくついた。 達の勝ち。幸いな事に、 の力もパワーアップしてるけれど倒れるには至っていない。ただ猛烈にお腹が空き始めてるけど。
 敵を蹴散らした島津公が に近付き、何か言おうとしたがその前に のお腹がぐうと鳴り、一瞬目を丸くした後また豪快に笑った。


 目の前に出された料理をペロリと平らげた に、島津公が呆れた様に言った。
「良か食べっぷりたいね。女子にしては珍しか。」
「それは偏見と言うものですよ、殿方だって食の細い方がいらっしゃるでしょう?」
 食後の白湯を啜りつつ答えると、島津公は楽しそうに笑った。どうやら の言動がお気に召したらしい。あんまり島津公に対して畏まるでもなく敵対するでもなく、普通のオジさんに対する態度みたいに接する人間がいないからかもしれない。 の態度に眉を顰める人もいるみたいだけれど、まぁ島津公がよしとするならこっちもそれで構わないと思う。
 お腹も気持ちも落ち着いた所で、島津公に先程――と言ってももう2時間も前の事になるけど、その時の事を訊いて見る。2時間て一刻だっけ?
「まぁおまはんも奮闘しちょったきに、教えてん良かね。…あれは海の向こうから来た賊ばい。先刻のは鬼ヶ島から来た奴等じゃが、他に唐土、南蛮からの賊が来ちょる。忙しなか。」
「もろこし……トウモロコシ食べたいなぁ……。」
 名称が似てるだけで関係無い事をつい呟いてしまったが、ここに突っ込み役は居ない様だ。スルーされた。まぁ聞こえなかっただけ、にしとこう。突っ込まれても寧ろ怖いし。
 唐土はまぁ国柄って言うか地域的に判らないでは無い。 の世界で言うなら朝鮮半島か中国本土から九州地方を攻めているって事だろう。目的は知らないけど。でも多分ゲームとは関係無い話だから、本筋に影響は無い筈。まぁゲーム中で時々ある、正体不明の軍が攻めて来たって言う国境防衛戦みたいなものじゃないかな。
 それより問題は他の二つ。鬼ヶ島と南蛮と言うと長曾我部軍とザビー教の事だろうか。まさか本当に鬼が棲む島が有るとは思えないし、16世紀の日本にキリスト教を布教しに来たイエズス会やらフランシスコ会やらが戦を仕掛けるとも思えない。まさか既にゲームが始まっていると言う事はないだろうなぁ。もし始まっていたら、 を探すのが難しくなる。
 半分自業自得とは言え巻き込まれて異世界と言うか、ゲームの世界に連れこまれた が何処にいるのかは皆目見当がつかない。平和な所にいるなら良いけど、システム的に言うならそれはゲームの世界に関係無い場所って事で、つまりは探すのが難しい場所という事になる。合戦場やゲームに関係のあるキャラクターのいる場所だと、今度は戦に巻きこまれる事になる訳で。どっちに転んでも余り良い話ではない。出来ればゲームが始まる前に を見つけたいんだけど。
 空中で離れ離れになった時、一応『お願い』をしておいたので、然程酷い目には遭っていないと思う。 が出会う人間が、親切にしてくれますように、ってただソレだけのお願いなんだけど。お願い事はシンプルなほど良いからね。あまり強制力は無いし何時まで有効かは判らないけど、多分初めに逢った人がそのまま世話をしてくれるなら、問題は無いと思う。人間、付き合いが長くなればなるほど絆され易くなる。
 だからと言って合戦に巻き込まれても無事だなんて保証出来ない以上、やっぱりゲームが始まる前に を見つけるべきだろう。ゲームの始まり、つまり各キャラクターが天下統一に向けて隣国へ攻め入る事。島津軍の今の状況はまさにそれだ。
「その賊って土佐の鬼と宣教師?」
 ズバリ尋ねると島津公は驚いた顔になった。て事はやっぱりそうなのか。
「おまはん、何を知っちょう? いや、何を探りに来よっと?」
「別に何も。 なりの理由があって動いていて、もし戦を始めると言うならそれを回避したいだけ。島津公、貴方が戦をしかける気なら は止めるし、喧嘩を買うだけと言うならもう少し待て、と言います。」
「…それはどげんして?」
 難しい顔で問う島津公に、 は姉を探している事を打ち明けた。 さえ見つかれば、ゲームの進行を妨げる気は毛頭ない。と言うより、妨げたりしたら元の世界に戻るのが遅くなる。 だけならそれも良いけど、 がいる以上なるべく早く帰りたい。…まぁゲーム進行の都合で遅くなる分には仕方無いし、構わないけど。
 苗字とは言え に名前を呼ばれた事で、島津公はどうも何かおかしい事に気づいたらしい。やっぱり力が強いなぁ。普通、苗字くらいなら然程影響は無い筈なんだけど。やっぱり呼び方を工夫した方が良いな、うん。
 島津公は暫く黙って考え事をしていた様だけど、やがて何か決心したのか の方に向き直る。…お酒は先程から全く手をつけていない。かなり真剣だな。
、おまはんの言う事はよう判った。ばってん、仕掛けられた戦ば回避するのはオイ一人で出来る事じゃなかよ。何か考えが有るなら言ってみんしゃい。」
「考えが無い訳では無いですが、一つ二つ質問が。」
「何ね?」
「唐土、鬼ヶ島、南蛮。この中で問題なのはどれです?」
  の質問に島津公はあっさり南蛮、と答えた。唐土はやはり然程問題でも無いらしい。
「唐土はちーと痛い目に遭わせれば暫くは来んけん、たいした問題じゃなか。鬼ヶ島も鬼の配下が粋がってちょっかい出して来てるだけたい。四国を統一したばかりで此方にまでは本来手が回らない筈じゃから、此方も総大将が来ない限りは問題なか。長曾我部の坊主は、昔はどうあれ今は中々ようやっちょる。一度手合わせしたかよ。」
「昔は……ああ、確か姫扱いされてたんでしたっけ。」
「良う知っちょるの。」
 ゲーム中ではそんな話は出ていなかったと思うが、微妙に史実とリンクしている様だ。なかなか楽しい。
 長曾我部元親と言う人は、確か21歳の初陣まで家臣に『姫若子』と呼ばれて莫迦にされていた筈。色白で読書好きな物静かな人間だったのが、初陣で華々しい勝利を飾って以来『鬼若子』と呼ばれるようになったとか言う話だけど、ゲーム中の長曾我部元親を見る限りでは全くそういう雰囲気は無い。
 まぁ姫若子と呼ばれてたと言うのなら、若し会う事があって名前を呼ばなきゃいけないようだったら、姫親とでも呼んでおこう。多分嫌がるだろうけど、本名を呼ぶよりマシだ。それとも通称が確か弥三郎だった気がするから、やさプーの方が良いかなぁ。…会わない内からそんな事で悩むことも無いか。
 南蛮、つまりザビーが何故他の勢力よりも問題なのかは、詳しく説明されるまでも無く判った。
 要するに信者獲得の為に形振り構わない勧誘をするのがザビーのやり方だが、島津公の領地でもそれをするのだろう。訊くとやはりそうだと答えられ、憶測が正しい事が判る。
「まぁ宗教は難しいですからね。普段なら関わりあいたく無いんですけど……そうも言っていられないようですから、どうにかしましょう。」
「簡単に言うが何かあっと?」
 膝を進めて の話を聞く態勢を整えようとした島津公に、脇から待ったがかかる。
「島津殿、そげん怪しか子供の言う事ば聞く気か? 当の南蛮人の間者だったらどうすっと。第一、戦う事も出来んように見えっと。」
 厳しい顔でそう言うのは、誰だか判らないけど多分名前付武将の一人だと思う。苗字を呼んでるって事は身内では無いらしい。島津を名乗る武将は三人だか四人だか居る筈だから、それ以外となると結構絞れるけど流石に攻略本も無いしそれ程戦国武将に詳しい訳でも無いから、名前までは判らない。まぁ好きになったキャラクターについてはかなり熱心に調べて余計な情報も仕入れてるから、それ以上 の記憶力に容量が無いとも言える。
 しかし島津公に協力してもらって戦を回避しない事には本当にゲームが始まってしまう。それは拙いので は奥の手を出す事にした。あんまり使いたくは無いんだけど。
を信じないのは勝手ですけど、戦えないと決め付けるのはどうでしょう? おいさん、どう思います?」
「おまはんの戦いっぷりは中々じゃった。だが確かにあれ位なら幾らでも出来る奴はおると。何か驚くような事ば出来っと?」
 言い方は を疑うような感じだけど、顔を見ると単に面白がっているだけだと判る。多分 の出来る事を見せ付けろ、と言ってるんだろう。それじゃ見せてあげましょう。
 徐に先程の戦いの時に使った筆を取り上げて、廊下に向かう。
 筆なんかで何をするのか、と胡散臭げな目で見られていたが、その筆が の手の内で大きな長物に変化した事で背後から息を飲む気配が伝わる。
 こう言う事は最初が肝心。ハッタリと度胸で渡り合わないとね。

「我が愛する世界に告げる。我が名は 。」

 力の有る言葉を唱えてから、一瞬考えて南北の聖獣にお願いしてみる。過去の世界でも力を借りられたから恐らく大丈夫。
 朱雀と玄武に力を借りたら何が起こるか。その答は直ぐに出た。
 一瞬の間の後、地鳴りが響き何が起きたのかとざわめきが起こり、直後に島津公の屋敷からも良く見える火山――多分桜島――が噴煙を上げる。驚く一同を尻目に、二度三度と噴煙を上げて が合図をする様に筆を振ると、ピタリと止まった。ちょっとした指揮者の気分。
 おお、と驚きの声が漏れる中、 が振り返ると島津公は目をきらきらさせていた。何だか新しい玩具を見つけた子供の様だ。
「ざっとこんなもんで? 未だ御不満なら一勝負しましょうか。」
 武道に自信が有る訳ではないが、取敢えず言ってみる。はっきり言って島津公とガチンコ勝負だと多分勝てない。が、他の人だとそこそこいけるんじゃないだろうか。
  の言葉に我こそは、と申し出る人は居なかった。どうも天変地異を起こすような人間とまともにやって勝てる訳が無い、と悟った様だ。
 正直な話、もっと化け物扱いされるかと思ったけどそうでも無い事に拍子抜けする。でも良く考えれば、メインキャラクターの殆どが地を割ったり雷を呼んだり天変地異を起こしまくってるから、慣れているんだろう。
 そして唯一人、立ち上がったのはやっぱりと言うか当然と言うか、島津公その人だった。
「おまはんの力は良う判った。ばってん其れだけでは皆も納得せんね。オイと真剣勝負して勝てたら皆も納得しちょうよ。」
「島津殿! それは無茶な。」
「力の差が有り過ぎましょうぞ。」
 島津公の申し出に、家臣から驚きの声が上がる。彼等の中で軍配は既に島津公に上がっているらしく、 風情に勝った所で何の意味が有るか、と言う事らしい。だったら自分たちがやってみろって言うんだ。此方は此方でそろそろ限界が来てるらしくて、どうも視界が回ってる。勝負するなら一瞬で片をつけなくては。
「おいさんと戦う気は無いですけど。」
 言いながら庭に下りて筆を構えると、島津公も刀を携え庭に下りた。刀を構えるまでに何時もの様に言葉を紡ぎ準備を整える。
「…それではOK、Are you ready? 島津義弘殿、動かないでくださいねっ!」
 言うなり島津公の立ち位置にダッシュする。 の言葉に動けないで居る島津公の手元を思い切り打って刀を払うと、その勢いで島津公が横に吹っ飛ぶ。おお、と声が上がる中、立ち上がろうとした島津公の咽喉元に筆軸を押し当てて体重を掛けて動けなくする。
「汚い手なのは承知の上。島津義弘殿、降参します?」
  に組み敷かれた恰好の島津公は、撥ね退け様と思えば出来る筈なのに、そうする事も無く組み敷かれたまま大きく笑った。
「はっは、負けじゃ負けじゃ。オイの負けじゃ。おまはん等も見ちゃろ、 ば勝ったと。」
  が退くと島津公は起き上がって咽喉を擦って、信じられないものを見るような目つきの家臣たちに言った。
の武器が刀じゃったらオイの首ばとうに無くなっちょる。勝負は一瞬で決まる、 の勝ちじゃ、良かね?!」
 皆が判ったと頭を下げる中、島津公は にそっと囁いた。
「戦に汚いも綺麗も無か。己の信ずるものの為に戦う、それが戦ばい。」
「そう言って貰えると助かります……でも流石に限界……。」
 もう既に力を使い過ぎているらしい。目の前がグルグル回って、 は島津公に倒れ掛かった。
「おっ、 ? どげんしたと?!」
「いやぁぁんっ!  ちゃあぁんっ!」
 薄れる意識の中、慌てる島津公の声の他に何となく聞き覚えのある声が聞こえて は気を失った。…何だか「退けッこのジジイ!」と聞こえた気がするのは……気のせいにしておこう。


 目が覚めて真っ先に見えたのは丸い月だった。満月……にはちょっと欠けてるような気がする。そして枕元には真っ赤な着物に身を包んだ妙齢の美人。輝く月に照らされて、少し肌蹴た胸が白く輝いて何だか妙に妖艶。しっかり の手を握り締めている。
「良かったあぁぁんっ、気がついたのねっ。」
 言うと同時に起き上がった に抱き付いて来た。
「…朱妃お姐さん、何で実体化っつーか人形になってるんですか。」
「えー、だって折角 ちゃんに会いに来たのに気を失っちゃうから〜。少しでも近くに居ようと思って、人形なら大丈夫かなって。でもちゃんと妾の事、判ってくれるのね。嬉しいっ。」
 そう言って更に強く抱き付いて来たのは、 が昼間力を貸してくれるよう頼んだ聖獣の朱雀。名前は が勝手に付けた。良いんだろうか、神様の眷属の癖してこんなに簡単に実体化しちゃって。
「そう言えば玄姫ちゃんは? 確か 、玄武にもお願いした筈だけど。」
「あの子は恥ずかしがり屋だから、人数見て帰っちゃったわ。今度呼んであげてね、喜ぶから〜。それよりもう体調は平気?」
「大丈夫です。朱妃お姐さんが手を繋いでくれてたから。気をくれて有難う。」
「どういたしまして。…本当は口移しの方が手っ取り早いんだけど、 ちゃん厭がるから止めておいたわ〜。」
「それはどうも有難う……。」
 何と言うか、四神の中でも朱雀は対応に困る。何でこんなに好かれてるんだか判らないが、まぁそのお陰で力を借りやすいってのもあるのでよしとしておこう。
「あんまり無理はしないで頂戴? 判ったと思うけどこの世界は ちゃんの願いは効きやすくなってるの。だけど力が強くなったからといって、力の源も強くなっている訳じゃないのよん。」
「使えば使っただけ体力の消耗が激しいって事だね。」
「そうよ、だから名前を呼ぶ時は何時も以上に慎重に、ね?」
「了解。」
 暫く朱雀と話していると、足音が響いてきて島津公が現れた。
「まあ、何たる事。夜分に女子の寝所を訪ねるものではありませんわよ!」
「良いから、お姐さん。おいさん、どうぞ中に。」
 目を剥いて島津公に噛み付かんばかりの朱雀を一応窘めて、中に入るように勧めると島津公は戸惑いながらも床に腰を下ろし、 の顔色と朱雀を見比べて笑った。
「良う好かれたもんじゃ、そげん者ば人じゃ無かね?」
「ええ、まぁ……朱雀と言えばお判りですか。」
「火の鳥じゃな。道理で桜島ば煙を上げっと。」
 説明無しでも判ってくれるのは有り難い。炎の守護者朱雀と、大地の守護者玄武の力を借りたあわせ技で桜島に噴煙を上げさせたのだけど、今は桜島は静かなもので夜目には判らないが、多少煙がたなびく程度だろう。
「一献、どうじゃ。」
 島津公が持って来た盃を に向けるが、流石に酒は勘弁して欲しい。付き合ってあげたいのは山々だけど、飲めないし。
「飲めないんで、 の代わりに朱妃お姐さんどうぞ。」
「あら、良いの? 妾、酒豪の底無しですわよん。」
「ほほう、それは面白か。どれ、一献。」
 徳利から酒が注がれて即座に飲み干す朱雀。ほんのり頬が赤らんで更に色気が増しているが、この場に色香に迷う人間が居ないので問題は無い。
 月を愛でつつ酒を飲む島津公とそれに付き合う朱雀、素面だけど何時も酔ってるような と言う面子は何だか妙な感じだ。興に乗って和歌まで詠んでみるが、そろそろ本題に入った方が良いだろう。まさか本当に酒を飲みに来ただけな訳がない。そう思っていると島津公の方から話を持ちかけてきた。
「おまはんの力は面白かな。人ん名前ば呼んで従わせるっちゅう奴じゃろ。」
 それだけでは無いけど一応頷く。流石に何度か名前を呼ばれたので十分効果は判っている様だ。
「結構大きな力なので、あまりそれに頼り過ぎると今みたいに倒れるんですよ。体力の回復は睡眠か食事で補う感じですかねェ。」
「それで昼間もあれだけ食っとったとか。」
 食い意地がはってるのはデフォルトだけど一応そう言う事にしておこう。
「別に力の確認に来た訳では無いでしょう? 本題に入りましょうか。」
 本題、つまりは昼間の話の続き。何か策が有るのかと訊いて来た島津公に、策と言うほどの事でもないけれど、と前置きして の考えを述べる。
「長曾我部と毛利……成る程、確かにあん南蛮人にはあのヒヨッ子達も頭を痛めてるじゃろ。ばってんそう上手くいくと?」
「そこはそれ、口車でどうにでも。」
「過信は禁物ぞ。」
「十分承知。で、どう思います?」
 立場の有る人なんで、直ぐには決められないだろうけれど、等と思っていたら意外な事に直ぐに肯定の返事。
「オイの事は心配無か。家臣たちはオイが一番やりたい事を承知しちょる。少しの間留守にした所で問題無かよ。」
  の提案は、先程名前が挙がったけど長曾我部軍と毛利軍、この2勢力と島津軍が同盟を組めば良いと言う事。いきなり訪ねて行ってもそうそう同盟なんか組んでは貰えないだろうけれど、恐らく今現在ザビー教と隣り合っているこの3国はザビーの布教活動に手を焼いている筈。そこをつけば、意外とすんなり話が進むんじゃないかと思う。
 ザビー教を封じ込める、と言う目的に3国が協力してくれれば戦もそうそう起こらないだろう。そして流石の織田軍も、智将・猛将の揃った3国を相手に迂闊に手を出す事もままならない筈。結果、西日本は膠着状態になってゲームの始まりが遅くなる。 を探す為の移動に時間がかけられる。 にとっては都合の良い話。島津公にとっては……まぁザビー教の信者が増えなくなるのは目っけ物じゃないだろうか。強い武将と勝負したい、って言う欲求には応えられないかも知れないけど。
「良いんですか。同盟を組んだら暫く好敵手に巡り会えないかもしれないですよ。」
 一応言ってみると、ちょっと残念そうな顔をしたもののそれでも自国の利益を優先したらしい。
「なーに、お楽しみは後回しでも良かよ。それに唐土の奴らが幾らでも来るけん、身体を解す相手には困らん。」
 大きく笑って島津公は盃を飲み干すと、その後は と話を煮詰め作戦を練った。作戦と言ってもいつ頃どちらを先に話を振るかって事なんだけど。どっちもほぼ真逆の性格みたいなんで、どちらを先にするかで話が変わりそうな気もする。事は慎重に、という事では有るもののそうそう時間もかけられないのでその辺の調整が難しい。
 結局話は纏まらないままで、時間も遅いしまた明日、と言って話し合いを終わらせた。
ちゃん、あんまり無理しちゃやぁよ? でも困ったら何時でも呼んでね?」
「有難う、朱妃お姐さん。」
 島津公が退室した後、未だ朱雀は一人で盃を傾けていた。…本当に良く飲むな。蟒蛇だろうか。
 そしてふと気付いた事を訊いてみる。
「朱妃お姐さんて神様の眷属だよねぇ。… がお願いしたら、 ちゃんの居場所が判るって事は……。」
「無理ね。教えてあげたいのは山々だけど。妾には判らないのよん。」
 あっさり否定されてガッカリするが、どうして無理なんだろう。
  が余程不思議そうな顔をしていたからか、朱雀は説明してくれた。
ちゃんのお姉さんはね、特殊なのよ。 ちゃんは身内だから多少は大丈夫だけど、妾や他の四神の力が及ばないの。探ってあげたいのは山々だけどねぇ、判らない事には仕方ないでしょ?」
「それはつまり ちゃんが巻き込まれて来た事に関係する?」
「そうよん。取り敢えず主様がこの世界に合わせて、少しだけ体を丈夫にしてくれたみたいだけど万全じゃないわ。 ちゃんが守ってあげないとね。」
 朱雀はそう言って立ち上がった。見ると徳利は空になっている。…飲み終わったから帰ろうと言う事か。
「主様、ねぇ……肝心な所で詰めが甘いよね。それとも面白がってるだけ?」
「面白がってるだけだと思うわ。それじゃ、まったね〜ん。」
 バサリ、と翼の広がる音がして朱雀は本来の姿に戻ると南の空に飛んで消えた。
 飛び去った後を見送って、一つ欠伸をしてから部屋に戻る。 も寝よう。
  を探すのは大変そうだけど、成り行きに任せるしかないなら、少しは楽しむ事にしようと思う。そんな事を思いつつ眠りにつくと、何だか妙な夢を見た。BASARAのキャラクターが全員手を繋いで輪になって踊っている図。いや、どちらかと言えば『かごめかごめ』かなぁ。中心にいるのが なのか今ひとつ判らなかったけど、でも何となく皆が仲良く手を取り合ってる世界と言うのも悪くないな、とちょっと思った。


 翌朝、島津公の家臣の態度があからさまに変わっていたのを不思議に思って訊ねると、どうも が気を失っている間に朱雀が色々やらかしたらしい。
 島津公を蹴り飛ばし止めに入る家臣も薙ぎ倒し、そこら中に炎の雨を降らせて暴れ回って、 が休める場所をさっさと作れと命じた様で、其処まであからさまに人間では無い力を見せつけられたら平身低頭になるものらしい。で、その朱雀が を主の様に崇めているからには も普通の人間では無い、と言う事で触らぬ神に祟り無しと言うかまぁそう言う訳。別に良いけどね。
 変化があったのはそれだけでは無い。島津公と一緒に朝食を摂っている時にその報告が届いた。
 毛利軍、長曾我部軍が歩み寄りを始めたらしい、との報告を受け と島津公は慌てて出発する事にした。目的は恐らくザビー教に対抗する為だとは思うけれど、もし力をつけた事に味をしめて他国に侵攻されてはこっちの予定が狂う。何としてでもそれは阻止。若しくは当初の予定通り島津軍も交えて3国同盟を組んでもらう。
「何か、忙しくなりそうだなぁ。」
 本来 はものぐさな不精者なので忙しいのは性に合わない。南国でゆっくりパラダイス気分を味わいたかったんだけどなぁ。
 そんな思いで愚痴る様に呟くと、島津公が豪快に笑って言う。
ば選んだ道じゃ、何を嘆くね! 忙しなか時も己のやる事間違えなければ良かね!」
「ははっ、それは全くその通り。忙しいのを楽しむってのも有りですかねぇ?」
 頷く島津公と一緒に、毛利軍と長曾我部軍が落ち合うであろう場所へ向かう事にする。
 まぁ取り敢えず、ぐうたらは置いておこう。 と会えたら幾らでもぐうたら出来るし。何でも一応楽しまないとね。折角の の愛する世界な訳だし。この先、何人のキャラクターと会えるのか、カウントするのも楽しいかも。そう考えたら何だかとても楽しくなってきた。
 多分、これが のこの世界での冒険の本当の始まり。

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そんな訳で初っ端から飛ばしてます、主人公。
本編で主人公が白虎に「人形になるのは止めて。」と言ってましたが、理由は文中にて。人形じゃなければそこそこ平気らしい……。
本編中、あまり主人公の考える事が判らない事が多いと言うか共感を持てない事もあるので、主人公の人となりが少しでも判れば、と思ったんですけどね……。やっぱり判らない人のままです。

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珍しく主人公一人称で島津公との出会い編です。何故島津公の一人称で無いかと言えば、お解りでしょうが薩摩弁が判らないからです。(笑)
あと、そろそろ色んな意味で謎の多い主人公の秘密を暴露しようと思ったんですが……益々謎が深まるばかり、な気がします。
ちょっとオリキャラ(でもないけど)出し過ぎの感はあります。