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また逢う日まで

 と初めて会ったのは、元就と同盟を組んだ時。

 正確に言うならば、ザビー教とか言う怪しげな宗教団体が九州北部を制圧し、何れ此方に侵攻してくるかも知れない、という事で予防策として長曾我部・毛利二軍で同盟を組む事にした訳だが。同盟調印の時、今までの確執やら腐れ縁やら、様々な思惑が行き来する中、突然現れた大きな男。
 老いても尚筋骨隆々としたその男は薩摩の鬼と呼ばれる島津義弘で、いきなり現れた大物に俺と元就はかなり焦っていた。(いや、元就は表面上は平静を取り繕っていた様だが。)
 何せ『鬼』島津と言えば智勇に長けた猛将で、俺や元就など彼にとってはひよっこでしかないだろう。奇襲かと思ったが、それにしては一人で乗り込んでくるのはおかしい。そう思った矢先、彼の後ろに誰かが居るのに気がついた。
 言葉も無くただ見詰める俺達を無視して、そいつは島津公と話し始めた。
「おいさん、この二人紹介してよ。」
「おまん、何言っちょう? 自分で言うが良かとよ。それとも良か男っぷりで恥ずかしか?」
「いや、それは無いから。人見知りなだけですよ。失礼な。」
 笑いながらかなり失礼な事を言う、それがだったと言う訳だ。


 何と言うか変な奴で、やめろと言うのに俺の事を「姫親(ヒメチカ)」とか呼ぶし、元就など「もーりん」だ。島津公は「おいさん」等と呼ばれていても気にならないらしい。どう言う関係か訊いたが教えては貰えなかった。
 何故突然俺達の所へ来たのか、と訊くと目的はどうやら同じらしい。ザビーを倒す。
「いや、それ違うから。」
「うわあっ!! きゅ、急に出てくるな! …ってか、人の考えに返事するなよ。」
 いきなり現れたに、思わず叫ぶ。…気配、しなかったぞ。忍びか? こいつは。
「姫親さんの考えてる事なんて判りやすいもん。それはさて置き、がしたいのは教祖様の天下統一の阻止だから。倒したい訳じゃないですよー。」
「…同じ事じゃねぇのか。」
「全然違う。としては、三国同盟組んでもらって教祖様に睨みを利かせてくれればそれでいいの。」
 そう言っては目の前に聳えるザビー城を見上げた。
 そう。今現在、俺達はザビー城の前に陣取っている。俺と元就、それに島津公で同盟を組み、ではザビー強襲と行くか、と思ったらから待ったがかかった。何処の馬の骨かも知らない奴に水を差されてむかついたものの、本当にどう言う訳だか島津公が素直にその意見に従うものだから仕方無い。
 先ずは偵察、という事で何故だか兵を一切置いて、大将ばかり雁首並べてザビー城の前に居ると言う訳だ。
「それで、これからどげんすっとぅ?」
「偵察〜。教祖様の所まで行くですよ。話し合いも出来ると良いねぇ。」
「そなたは阿呆か。これだけの人数で攻め入るつもりか。」
「誰が攻めるって言ったさ。偵察って言ったよ。行きたくないなら置いてくよ。おいさんは行くよね?」
「おお、おまん一人は心細かろ。」
 島津公はそう言っての頭をぐりぐりと撫でた。まんざらでも無さそうな顔で、俺と元就を見るので仕方無いとばかりに頷く。
「誰も行かぬとは言っておらぬ。」
 元就も不承不承同意する。
「だけど確かにこの少数でどうすんだ。城内は敵ばかりだろう。幾ら俺達が強くても多勢に無勢じゃ危ねぇぞ。」
 城内には信徒と称すザビーに洗脳された人間がうようよ居る。宗教に傾倒しきった奴は何をしでかすか判らない。かと言ってその殆どは罪の無い普通の農民なので、無下に斬り倒すのも憚れる。
「少数精鋭って言うでしょう。まぁ若し襲われても、貴方達ならそうそうやられないと思うし。も別に行き当たりばったりで言ってる訳じゃないですよ。」
 行き当たりばったりは得意だけど、と呟きつつはごそごそと手持ちの袋の中を探る。そして出したのは筆と紙。
「…………文でも書くのか。『貴方にお会いしたいです、ザビー様。』ってなぁ。」
「惜しい。」
 言いながらは何やら書き始めた。何を書いてるのか覗くと、かなり変わった癖の有る文字で『通行証・通行自由・御自由に御通り下さい』と書いてあった。それを4枚書くと俺達に1枚づつ配る。
「お前……こんなもんで簡単に通して貰えると思って……むぐぅっ!」
 思わず呆れて言うと、島津公に口を塞がれた。
 は気にせず城に向かうと息を吐き、言葉を続けた。

「我が愛する世界に告げる。我等四人、この城の主に用が有る。主の元へ行くまでは誰も気にせず、咎めず、何事も無く辿りつく。主の元までは我等を阻む者無し。手に持つ通行証がその証。全ての扉は開け放たれて我等を招く。我名は。」

 一気にそれだけ言うともう一度息を吐き、振り向いて笑った。
「さ、行こうか。」
 スタスタと歩き出すを慌てて追いかけ、引き止める。
「お前、莫迦か! そんな事言って無事に済むわけ無いだろう!!」
「あー、うん。だから行きたくなければ別に付き合わなくても良いよ。多分何事も無いと思うけど。」
「多分って何だー!」
 俺の叫びには笑った。それが何故か淋しそうで、その先の文句が続けられず、ふと気付けば城内に入っていた。


 城内には『信徒』がうようよ居た。そればかりか、けったいな設備が幾つもあり、巻き込まれたら大怪我は必須だったろう。
「…どう言う事だ。」
 周り中人が居るにも関わらず、誰も俺達を気にしちゃ居ない。一心に祈る者、談笑する者様々だが誰一人として俺達が堂々と場内を歩いているのを気にも止めない。
「そなた、呪術士だったのか。先程のは呪であろう。」
 元就が不審そうに尋ねると、は首を振った。
「世界にお願いしただけですよ。正式な方法に則れば、大概のお願いは聞いてくれるのでーす。あれが正式かどうかは不明だけど。」
 細かい事を気にすると禿げるよ、と笑ったのでそれ以上訊くのは躊躇われた。ただ不思議な力な事は事実。
 この力があれば、合戦中に大将首を狙うのも容易いのでは、と考えていると同じ事を思っていたのか元就が目配せする。利用するのも悪くない、と考えていると突然肩に思いきり手が置かれて、島津公に二人とも抱き寄せられた。
「妙な事を考えるんじゃなかとよ。はおまん等が考えちょる程容易うなか。返り討ちにあうのが関の山たい。」
「なっ、何の事だか俺にはサッパリ……。」
 そうだった。には島津公がついているのだった。利用しようと思うなら先ず島津公を相手にしなくてはいけないのだ。焦って答えると島津公は豪快に笑った。
「おまん、おいが相手になると思っちょうか? ばってんそうじゃなか。が相手でんおまん等は勝てんきに。」
 ぎょっとしてまじまじと島津公を見上げる。
 鬼島津に勝つのは至難の技だろうが、俺より身長の低い、更に言うなら非力そうなにも勝てないとはどう言う事か。
 理由を問おうとしたが、あっさりと放され先を歩くの方に行ってしまった。ぼそぼそと話しているが内容は判らない。ただが振り返って面白そうに笑った所を見ると、今の俺達の事を教えていたんだろう。
 何もかも疑問なまま、俺達は誰にも邪魔される事なく城の奥地へと辿り付いた。


「愛ユエニー!」
 目の前にいるのは見たこともない物体だった。
 俺は絶対アレを人間と認めたくねぇ!
 でかくて太くて黒くて、両腕に怪しげな物を持っていると思ったら、いきなりそれが火を噴いて俺達を襲う。
「な、何だありゃあ!?」
 炎から逃げる俺と偶々同じ方向に逃げたが返事をした。
「バズーカかな? 銃器には詳しく無いから良く知らないけど。端折って言うなら馬鹿でかい鉄砲って事ですな。」
「鉄砲? そんな女子供の使う様な武器なんかじゃねぇだろう、アレは。」
「殺傷能力物凄くあるよ、アレ。さて、では教祖様が暴れるならお相手しましょうかね。」
「は?」
 自分でも間抜けた声だとは思ったが、はそう言うとくるりと踵を返してザビーに向き合う。そして。
Stop! Xabie!!
 言うなり、持っていた筆を目の前にかざす。気付けば最初に見たときより筆が巨大化していて、まるで棍のようだ。
「ペンは剣よりも強し、でーす!」
 意味の判らない事を宣言するだが、ザビーはどういう訳だか動こうとしない。しかしそれでもゆっくりと腕が動き、ばずうか、なるものを構えようとしていた。
 危ない、と思った時には既にザビーの手元から炎が放たれ、が空中に円を描く様に筆を大きく動かして叫んだ。
「防壁。全ての攻撃を防ぐ。」
 その言葉どおり、の前には見えない壁が有るかのように、炎がそこで止まった。あっけに取られた俺達を尻目に、は尚も叫ぶ。
「結界、何人たりとも侵す事は出来ず。ザビー、聞け!」
 今度は地面に向かって円を描く。丁度俺達を囲むように。の言葉が終わらないうちに突進してきたザビーが、突然止まる。まさに今、が筆で描いた円の境界辺りで。そしてはっとした様にを見つめた。
「ザビー教はこの地だけで十分。これ以上信徒を増やす必要なし。増やすことより幸せにする事。それが教祖の為すべき事。Are you OK?
しゅあー!
 …何故か、の言葉に従うザビー。一体どういうことだこれは。
「開祖ザビー、もしこの地より他に布教をするなら、周りを囲む三国が黙ってはいない。大人しく城の中で祈りに努めよ。」
「判リましたネー。ワタシの愛はーコノ地だけで十分なのデスネー。」
That's all right。
 にこりと笑う
 呆れるほど簡単に、勝負が決まってしまった。は何も攻撃していない。ただ、話していただけだ。それなのにあれ程俺と元就が危惧していたザビーの野望を止めてしまった。
 恐らく大層な間抜け面だったのだろう、島津公が大笑いしながら俺の背中を叩いて言った。
「見ちゃろ、ば力。血一滴流す事無く降伏させちゅう。」
「あ、あれはどう言う……。」
「詳しい事ば本人に訊けば良かと。」
 見るとはザビーと未だ話している。何の話か興味が涌いて、近寄った途端、が叫んだ。
「一人でやりなさーいっ! MotherにもSisterにも興味は無いし、宗教家になる気も無いっ!」
 がくり、と項垂れるザビーを無視しては「じゃあ帰ろう?」と言って、そのまま倒れた。
「お、おいっ?」
 ザビーとの遣り取りの間に何処か怪我でもしたのかと思い駆け寄ると、脇から手が伸びてひょいとの身体が持ち上げられた。島津公が片腕でを抱き直し、心配するなと苦笑する。見ると、は安らかに気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「寝てやがる……。」
「疲れたんじゃろ。無理もなか。とっととこぎゃん所ば出て、ば休ませるたい。」
 言ってさっさと歩き出す島津公を慌てて俺と元就が追いかける。
 こうしてザビー城の攻略が終わった。


 ザビー城を後にして向かった先は近場と言う事もあって、島津公の屋敷になった。各地に有る拠点の一つの様で、簡素な造りに見えながら中々の屋敷だ。流石島津公、と言った所か。
 急に現れた主の姿にも驚かず、ましてや敵同然の俺や元就も歓迎されて、気付けば目の前には美味そうな料理と酒。酒まで酌み交わしたとあっては、もう島津公を裏切るような真似も出来ない。注いで呑んで注いで呑んでと、かなり気分の良くなった俺は一人黙々と箸を進めるに気付いた。休息を充分取った後は食欲か。
「何だお前飲んで無いじゃないか。食ってばかりいないで飲んだらどうだ。」
「いや結構。酒は飲めないんでお構いなく。」
 むぐむぐと魚を頬張りながら言うに尚も絡んでみる。
「飲めないだぁ? 何だ良く見りゃ腸残してあるじゃねぇか。美味いのに。」
「苦いから嫌いなんですよ。」
「あぁ? 贅沢な奴だな。苦くて食えねぇなんて子供じゃあるまいし。」
「子供で結構。じゃあ姫親さん腸好きならどうぞ。」
 そう言って皿を渡された。別にそれが欲しくて絡んでいた訳じゃ無いんだが……まぁ良いか。
 俺との遣り取りが終わったのを見計らって、島津公が口を開いた。
「それで。これからおまん、どぎゃんすっと?」
 質問の意味が掴めない。は島津公の手の者なんだから、島津公が決めるもんじゃないのか?
 そう思った俺は間違っていた様で、続くの言葉に驚いた。
「あては無いけど行き先は決めてます。北上しようかと。」
「はぁ? 随分大まかな行き先だな。何だそりゃあ。」
「西国一番の懸案の教祖様は封じたし、同盟も結んでもらって暫くは動きがないでしょう。だったら動きのありそうな北に行かないとねぇ。甲斐か越後か奥州と思ってます。」
「近江は良いのか。」
 眉を寄せて元就が尋ねる。
 近江と言えばあの魔王織田信長が居る。天下を狙うなら最大の敵になるだろう相手だが、それを無視するという事は、島津の狙いは天下では無いと言う事だろうか。
 実を言うなら俺はは島津子飼いの忍びだと思っている。それにしては子供のように可愛がっている様子が解せないが、そう言うのもアリかもな、とも思う。
「近江はね〜。うつけ魔王が目を光らせてるから、そうそう動かないでしょう。元々あの辺一帯はうつけ魔王の同盟国だらけだし。とすればそうでないその先に行った方が良いと思うので。」
 確かに甲斐の武田、越後の上杉は長年睨み合いを続けていていつ戦が起こってもおかしくない状況だと聞いた。奥州の伊達も若いながら天下を狙い、その器も充分と噂されている男らしいので、動きがあるとすれば確かに東国・北だろう。(の織田信長への呼び方はこの際無視する事にする。しかし何なんだうつけ魔王って。)
はね、今は誰にも天下を取って欲しくないのですよ。なるべく動きの無い状態が長く続く様に思ってる。」
「島津の天下取りの為に動いてるんじゃないのか?」
 驚いて訊くと代わりに島津公が答えた。
は人探しをしとっと。」
「人探し?」
 聞けば行方不明の姉を探していると言う。何処に居るかは判らないが、戦が起きて巻き込まれたりしたら大変だから、という事でわざわざこうして俺達に同盟を組ませたらしい。
「何処に居るのか全然判らねぇのか?」
「皆目。だから皆様にもお願いがあるのですが。」
「なんだ。」
 驚いた事には居住いを正して、俺達に頭を下げた。
が出て行った後に若しも姉を見掛けることがあったら、暫く保護してやって下さい。いつかまた、此方を訪ねる事も有ると思うので。宜しく。」
「お、おう……。」
「良か良か。幾らでも世話しちょうきに。」
 酒も入って気分が良いのだろう、島津公は二つ返事で引き受けた。逆に眉を寄せたのは元就だ。
「姉と言うが……見かけると言っても容姿が判らずば保護のしようが無いだろう。」
「あ、大丈夫。と同じ顔して髪の毛は短い。すぐ判ります。」
 そう言っては自分の頭の後ろで結んだ髪の毛を掴んで振った。気にもしてなかったが、結構髪の毛は長いようだ。
「同じ顔?」
 俺の問いに、「双子なので。」と答える。こいつと同じ顔の双子の姉、ねぇ……。
「まあ判った。俺の方もちょいと訊きたい事が有るんだが、良いか?」
「良いですよ。隠し事はあまりしない主義なので。訊かれた事には答えます。」
「あまりって何だよ。」
 言外に訊かれない事は教えない、と言ってる気がするんだが……それについては気にしないことにしよう。
「面白い事、楽しい事なら幾らでも秘密主義になりますよ。」
「なんだそりゃあ。」
 呆れて俺がそう言うと、はそれこそ笑って「ヒミツ。」と言った。


 俺からの質問は、島津公との関係と、ザビーとの遣り取りで出た「まざあ」とか言う言葉、それとやっぱり例の不思議な力について。
「おいさんの身内とか兵とか忍びとか、そういう主従関係かと訊かれたのなら答は否。しいて言うなら迷子になったを拾って世話してくれた人、ですかねぇ。」
「迷子?」
「姉とはぐれて迷子になったんですよ、は。」
 それ以上の意味が有る気がするがこの質問はここで打ち切りらしい。まざあ、についての説明は異国の言葉で、要はザビーに坊主になれと言われたから断った、と言う事だ。まあ確かにあんなみょうちきりんな宗教を広める為の坊主になれと言われたら、俺も断る。
「大体は宗教家は嫌いなんです。特に自称教祖とかは。信仰心に篤い人は嫌いじゃないですよ? 縋れる物に縋って、幸せになれるならそれで良いと思います。でも人に押し付けるな。そう言うことで。」
 だからザビーには冷たいのか。あの大勢居た信徒には目もくれず、ザビーだけを相手にしていた。その理由に何となく納得した。ただ、異国の言葉を知っている事は「勉強したことがあるので。」で済まされた。
 不思議な力については、直ぐに判った。
「説明するより実践した方が判るでしょう。姫親さん、喉乾いたんでお茶下さい。」
「何で俺が。」
 わざわざ一番急須から遠い俺に頼むので、断る。一番近くの島津公が急須を手に持つと、はそれを手で制して言いつのる。
は長曾我部元親さんに、頼んでるんです。お茶注いで下さい。」
「ちっ、仕方無ぇな……。」
 島津公から急須を受け取り、の湯呑に注いでやる。
「元親さん、ついでに何か甘い物も貰ってきて下さい。お願いします。」
「判った、待ってろ。」
 立ち上がって部屋を出て、途中で掴まえた女中に甘味を貰って部屋に戻る。…何か、変だな?
 首を捻りつつに甘味を渡して、気がついた。何で俺はこんなに素直にこいつの言う事に従ってるんだよ。断れば良いのに。
「判りました?」
 お茶を啜りながらが訊ねるが、判ったと言うより、もやもやすると言った方が正しい。元就の方は今の遣り取りで理解した様だ。それとも俺がいない間に何かあったのか。
「今のお願いは、名前を呼ぶ事で強制力を上げてるんですけど、正式な呼びかけじゃないんで、拒否しようと思えば出来たんですよ? 姫親さんて基本的に良い人なんですねぇ……。心底厭だと思ってないから、素直に言う事聞いてくれて。」
 何故か感心されたが、莫迦にされている気もする。
「…つまりお前は、名前を呼んだ相手を意のままに出来るって事か?」
「あくまでもお願いするだけですよ。本人がしたくない事は拒否できるし。」
 拘束力は然程長くないと言う。ただ、俺や元就、島津公の様に人の上に立つ者――なにがしかの力を持つ者に対しては特に効き易い、と言う事だ。
「力ある人の名前には拘束力があります。真名を呼ぶ事でそれを決定的にします。だから、普段は名前を呼ばないんですよ、は。それにこれ、疲れるし。」
 はぁ、と溜息をつく。どうも話を良く聞けば、この『名前を呼んで人に願い事をする』と言う手段は、にとっては結構疲れる事らしい。体力・気力を消耗するので直ぐ眠くなったり、何か食べたりしないといけないそうだ。成る程、だから帰る段になってぶっ倒れたのか。
「物にも名前と役割があります。手順を踏めば同じことが出来ます。特に自己防衛に関してなら。」
 ザビーの攻撃を防いだ時の事を言っているのだろう。確かにあの時は身を守る事だけに集中していた気がする。
 世界が好きだから存在している、とは言った。だから世界も自分に協力的なのだと。言っていることがちっとも理解出来ないが、何となくそれ以上質問するのは憚られた。
「いい加減お世話になり過ぎて、出かける気が失せそうなので、明日にでも北へ向かいます。おいさん、お世話になりました。もーりんと姫親さんも、ご協力感謝します。」
 ぺこり、と頭を下げる。そこへ水を差すのが元就。
「我が同盟を破棄して対立するとは思わぬのか。」
 いい加減にしろよ、と言いたくなるほど文句の多い奴だ。しかしは、気にしていないようだ。
「思わない訳でも無いですが、それをするのは多分姉が見つかった頃だと思うので、ご自由に。…大体、もーりんは基本的に天下統一には興味ないでしょう。」
 最後の台詞に珍しく元就がぎょっとする。勿論、俺も島津公も驚いた。この時代、天下統一に興味の無い武将などいるわけが無い。それなのに、平然と違うと言い切るに、元就は暫く無言の後、苦笑した。
「我の目的を知っているのか。」
「内政平定と家名存続。それを目指すなら天下統一は寧ろしない方が良い。違いますか。」
「そうだ。戦をすると言う事は国が荒れると言うこと。我はそれは望まぬ。天下を狙い、上に立った所で次にまた同じ場所を目指す者は必ず出てくる。さすれば天下人は滅ぼされるのが常。家名は残らぬ。家名を残すに天下人になる必要は無い。」
 元就の言葉に、驚いていないのはだけだ。俺も島津公も驚きのあまり、言葉も無い。まさか、元就がそういう考えだったとは思いもしなかった。しかし次の元就の言葉には、流石のも驚いたようだ。
、そなた姉を見つけた後はどうするつもりだ。あてが無いのであれば、我の元へ来ると良い。参謀として迎えようぞ。」
「それはまぁ……有り難い申し出ですが。行き当たりばったりが身上なのでそればっかりは返事のしようが無いですね。」
「選択肢の一つとして考えてくれれば良い。」
 珍しく微笑みながら言う元就に、は困った顔で「多分無理。」とだけ答えていた。
 その理由を俺が知るのはずっと先で、その時は勝手な事を言う元就に対抗して、俺も島津公もが参謀になるなら幾らでも世話をしてやる、と競って言って更にを困らせていた。


 結局、を可愛がっている島津公があれもこれもと持たせようとしてひと悶着あったり、元就がもう一度を自国に迎え入れようとして俺と険悪になったりと、色々あったし自身も疲れていたのか一日うつらうつらとしていたからだ。
「では御三方。お世話になりました。また会う機会がありましたら、よしなに。」
 ほぼ身一つのようなに、やはり島津公は不満そうだったが、それでも何かしらは持たせたのだろう。の持っている袋は膨れ上がっている。
「一番近い甲斐でも、ここからは遠い。気をつけるのだな。」
 珍しく優しい言葉をかける元就。島津公もそれには頷いて、織田領を通る時は気をつけるように、と伝えた。
「喧嘩を吹っ掛けに行くわけじゃ無いですから、大丈夫ですよ。素通りします。」
 単なる旅人をいちいち詮索するほど向こうも暇じゃないですよ、と笑った。
「一番の懸案は、北に行くまでに戦が起こる事ですけど、まぁ……一番起きそうな西は同盟組んで貰いましたし。関東勢は自分から戦を吹っ掛ける程の力量も無さそうですしねぇ。やっぱり甲斐・越後・奥州を先に回った方が安心です。」
 の言う関東勢、と言うのは恐らく徳川・今川・北条の事だろう。確かに今川と北条は自分からは仕掛けて来ないだろう。虚勢を張るのが得意だが、力量は無いと言う専らの噂だ。そして徳川は今の所織田に従属している。動きの無いところよりも先に動きのある所へ行くと言うの判断は強ち間違っていないだろう。
「元気でやれよ。姉さんが見つかると良いな。四国に来る事があったら必ず寄れよ。歓迎してやらぁ。」
「ありがとう。姫親さんもお元気で。姉が見つかって、行く所が無かったら考えます。そうしたら宜しく。」
「おいの処へも来んしゃい。二人位どうでんなるきに。」
「我も歓迎しよう。…道中、無事で。」
「おいさんももーりんも有難う。それじゃ、元気で! Good bye、so long!
 言うなり、は歩き出した。少し歩いては振り返って手を振り、また進む。俺達はが見えなくなるまで無言で見送った。
 何と言うか本当に変わった奴だ。掴み所が無いと言うか……そう言えば、苗字も聞いていなかった。そもそも苗字があるのだろうか。農家の出には見えないが、武家の出とも思えない。
「変わった奴だったな……。」
 俺がポツリと呟くと、島津公も同意した。一番付き合いの長い(それもどの位かは判らないが)島津公にまで変わった奴と思われているのか。本当に変わった奴だ。
「ばってん、良い子たい。次に会うた時ばそん気が有ってあん子の行き先が無かったら、姉共々養女に迎えちゃろうか。」
「あー、そりゃ良いんじゃな……………………あ?」
 今、何か重要な単語が出た気がする。
「島津の養女か。ならば血筋は兎も角、家名には何ら遜色は無い。我の縁者の正室に迎え入れても良かろう。さすれば労なくして参謀が手に入る。」
「ダメじゃ。嫁になんぞ出せんわ。婿を出せ、婿を。」
 笑いながら会話する元就と島津公。しかし俺は笑えない。
「おい……嫁だの養女だの、何言ってるんだよ……。」
 恐る恐る言うと、元就が目を剥いた。
「そなた……まさか気付かなかったのか。」
 元就の言葉に、島津公も呆れた様に俺を見た。
は、女子じゃぞ? 気付かなんだか。」
「はぁあっ??」
 思わず声がひっくり返ってしまった俺を、誰が責められるだろう。俺ははずっと男だと信じていたのだ。
 男だと思っていたから、扱いもぞんざいだったし、幾らでも文句を言ったりしてたのだ。女だと判っていたら、どうだったのだろう。もう少し丁寧に対応していただろうか。
 呆然とした俺を、元就と島津公は顔を見合わせてお互いに笑いあっていた。
「やれやれ、四国の鬼も形無しだな。」

 男とか女とかそんなの関係なく、気に入ったのだ。そう信じてる。
 だから、次に会った時。俺はどうと向き合うのだろう。

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長曾我部一人称の主人公についての話。下の方にありますが、長曾我部元親、主人公に惚れてるようです。…変な趣味!(自分で書いて言うな。)
話的には、本編で主人公の姉が武田軍に拾われるちょっと前くらい。姉探しを一応やってるようです。この後、色々彷徨う予定。
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何故か本編より先に番外編のしかもその2がアップされます。(笑)
長曾我部元親、毛利元就、島津義弘、ザビーの出てくる話が書きたくて書いたんですが、途中であらぬ方向に話が進みました。何か元親、千里にLoveっぽいんですが!どうしたんだ、私。そういう要素入れるつもり無かったんだけど……あ、でも逆ハー書きたいとか書いたからそのせいか?
はっきり決めてませんでしたが、遥かの方の記述にあるとおり、千里の身長は高いです。で、顔はどちらかといえばハンサム顔。(笑)だから「同じ顔の姉」と言われて元親がちょっと悩んだ。 千里の性別については島津公は最初誤解してましたが、すぐに気がつきました。というか、しょっちゅう抱っこしてたりすれば気がつくと思う。元就は暫く観察して結論を出しました。元親が気付かなかったのは先入観と細かいことに拘らない、と言う性格のせいだと思います……。
 余談ですが、文中の鉄砲についての元親の意見ですが、あれは鉄砲隊が整備されて部隊として戦力になるまでの戦国時代の共通概念のようです。信長が鉄砲を合戦に取り入れて効率良い戦い方をするまでは、力の無い女・子供にも扱える武器として使われていたらしいです。弾の装填にも時間がかかるし、命中率も悪い、しかも高価な鉄砲は実戦にはまるで向いていなかった模様。それを取り入れた信長って凄いなぁ。本当に革新というか斬新と言うか、柔軟な考えの持ち主だなぁ。
あと、ザビーの綴りですがZavyと表記されているものもありますが、一応ザビエルのもじりと言う考えの下、Xabieとなってます。