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神様の贈り物

 やっぱりお侍は嫌いだ。
 そう言ったら、何だかとっても悲しそうな顔をした。
 おらの頭をポンポン、と軽く叩いて何か言いたそうにしていたけど、結局何も言わねかった。
 言いたくても、声が出なかったから仕方無ぇんだども、でも何を言いたかったのか、ちょっとだけ知りたかった。


 お侍なんて勝手だべ。勝手に戦を始めて何もかも壊して行く。
 何も出来ない、無力だと、そう思っていた所へ女神様から贈られて来たもの。大きな槌サルタヒコ。
 柄を握った途端判った。おらは、これで村を平和にしなきゃなんねぇって。そうしなきゃいけねぇって、判ったんだ。
 外は吹雪で何も出来ないし、話す時間はたっぷりあった。夕方から皆で集まって、これからの事を相談した。反対するのもいたし、もっと早く決めれば良かった、と言うのもいたけど、とにかくおらたちはもう決めた。後戻りは出来ねぇ。
 一揆を起こす。
 もう他に手段はねぇ。このままだと何れ村には誰も居なくなっちまう。
 ただ問題は誰も首謀者になりたがらねぇって事だ。一揆が成功しても首謀者は罪を問われて処罰されちまう。そうすると、村を建て直す為に絶対に必要な長老どんや若い働き手は駄目だ。残ったもんも、色々言い訳をしてなろうとしないから、だからおらがなるって言った。その時、皆反対してくれたけど、でもそれと同じくホッとした顔をしたのは……仕方ねぇと思う。
 身寄りの無くなったおらが責任を取るのが一番村にとって良いんだと思う。神様から不思議な力も貰った事だし、覚悟は出来ただ。


 話し合いが終わる頃、吹雪の音に混じって戸を叩く音に気がついた。
「旅の者でーす。一夜の宿をお借りしたい。」
 話し合っていた内容が内容なだけに、恐る恐る戸を開けると、全身雪で真っ白になった人が凍える声でそう言った。
「生憎、見ての通りあばら家で何も出来ねぇだ。余所をあたってくんろ。」
 吾平どんがそう言って戸を閉めようとする。冷たいようだけど余所者には気をつけないといけねぇって、今話し合ったばかりだし。これからやろうとしている事を考えたら、巻き込んじゃいけねぇと思う。
「いやいや、雪を凌げるだけで結構ですんで。何だったら馬小屋でも牛小屋でも。駄目ですか?」
 尚も食い下がる旅の人は、確かに寒そうでこの吹雪の中これ以上歩かせるのは可哀相だし、時々クシャミをしているのは具合が悪いんじゃないだろうか。そんな事を考えておらはつい言っちまった。
「だったらおらの所さ来ると良いだ。おめえさ一人くれぇ泊める場所くらいあるぞ。」
「いつきちゃん!」
「こったら怪しい……!」
 止める声が口々に出る中、旅の人はおらに気がついて目を丸くしたみたいだ。やっぱり、大人に交じって子供がいるのが珍しいんだべか。だどもそんな事はいっこも言わねぇで、「有難う。」とだけ言った。
 泊める事にしたなら仕方無い、と言う事で旅の人には村に余裕が無い事を伝えて、明日には村を出る様にお願いした。もしも明日も吹雪なら明後日。早ければ早いほど良いと言うと、判ってくれたみてぇだ。
「仕方無いですねぇ。どこもかしこも苦しそうだし。…本分を違えなければ良いんですよ? お間違えなく。」
 おらが家に案内しようとしたら、皆に向かってそんな事を言っていた。
 何を、言おうとしたんだろう? おらにはさっぱり判らなかった。皆も判らなかったみたいで、長老だけがはっとした表情をした。
「おめぇさ、名前は?」
 おらはいつき、と言うと旅の人はおらの頭を撫でて言った。
。」
  、と口の中で繰り返すと初めてサルタヒコを手にした時と同じ、不思議な感じがした。


 家に案内すると ちゃんは珍しそうに見まわした。
 呼び方は、おらがあんまり言いにくそうに『 で良いよ。」と言ってくれたからなんだども。『 さん』色々言ってみたけど、どれもしっくり来なくて『 ちゃん』と言ったら何だかピッタリな気がした。年上の人に『ちゃん』なんて失礼かと思ったけど、 ちゃんは気にしていないようだった。
「いっちゃんは一人暮し?」
「そうだ。おとうは戦に取られておっかあは流行り病で……。」
 唇を噛み締めて言うと、 ちゃんはポンポンとおらの頭を叩くように撫でた。
「いっちゃんはお侍は嫌い?」
「嫌いだ。お侍は何もかもぶち壊しにするでな。…まさか、 ちゃんはお侍か?」
 とてもそうとは見えないが、万が一と言う事も有る。おらが恐る恐る尋ねると、 ちゃんは「まさか。」と言って笑った。そしてクシャミ。続けて何度も。
 あわわ、やっぱり具合が悪いんだべ。慌てておらが寝床を拵えて ちゃんを無理矢理寝かす。ありったけの着物をかけて、白湯を飲ませたらようやっと落ち着いた。
「いっちゃんも寒いでしょう。一緒に寝よう?」
「い、いいいいや、おらは……。」
 一緒に寝ようと誘われても、おらもやっぱり年頃だし困るだ。
 でも、確かに寒いし、どうしよう。今生の思い出に行きずりの旅の人とって言うのも良いかもしれない。ええい、この際だ覚悟を決めるべ!
 そう思って、 ちゃんが上掛けを捲っている所に潜り込んで気がついた。
「…… ちゃん、アンさだったんだな。おらてっきりアンさだと思ってたべ。」
「? ……ああ! 兄さか姉さか判らなかったのか。大丈夫、襲いませんよ。」
 クスクスと ちゃんが笑って言った。あうぅ、おら恥ずかしい……。怒ってないみたいだども、人様に失礼だべな。
 思わず ちゃんも抱き返してくれた。久しぶりの温もり。とくん、と胸の音がして何となく安心する。
「なぁ、アンさ……先刻、みんなに言ってたの。あれ、どういう意味だ?」
「あれ?」
「ほんぶんをどうのって奴だ。おら良く判んねぇ。」
 おらがそう言うと、 ちゃんも思い出したのか、おらを抱く手に力がこもる。
「いっちゃんは、自分の本分は何だと思う?」
「ほんぶんが判らねぇ。」
「う〜ん、自分のやるべき事、かな? 人には色々やるべき事がある。それの一番基本的な事。」
 やるべき事、と言われてドキリとした。これからおらがやるべき事を思い出したから。
 おらが黙っていると、 ちゃんは頭を撫でながら言った。
「いっちゃんの本分は、健やかに育つ事。それだけだよ。」
「…ずいぶん簡単なんだな。」
「難しいよ? 病気も怪我もなく、成長するって事は。だけど子供の一番の本分はそう言うこと。賢くとか立派な人にって言うのはそのついでだから。」
 やっぱり簡単だと思う。そう言ったら、一番簡単な事が一番難しいんだよ、って笑った。


 夜中に気がつくと ちゃんが咳をしていた。やっぱりこの寒さで具合が悪くなっているみたいなので、消えかけた囲炉裏を熾して ちゃんを火の傍に寄らせた。ついでにまた白湯も飲ませて。
「…ありがとう、大分楽になった。」
 お礼を言う ちゃんの声は大分掠れてきていた。自分でそれに気付いたのか、 ちゃんは何度か咽喉を鳴らせて声の調子を整えた。
「咽喉に来たみたいだね。今の内に言っておきたい事があるんだけど。」
「なんだべか。」
 おらが寄り添うと「移るよ。」と言いながら抱いてくれた。
「本分の話の続き。…人には本分が幾つかある。いっちゃんは子供である事の他にこの村の一員である事、農民である事、それらが本分。」
「…村の決まりは守らなきゃなんねぇってのが本分?」
「良く出来ました。それは村の一員として、ね。では農民としては?」
「……米を作る事だべな。」
「所謂作物ね。お米に限らず、野菜でも何でも。作って育てて、田畑を守る。これが農民の本分。違えちゃならないってのはそういう事。」
 判ったような判らないような。それはごくあたり前の事だべな。そんな事みんな判ってる。
「なぁ、それじゃあお侍の本分って何だ?」
 おらにとってお侍は、農民を苦しめて何もかもぶち壊しにする奴等なんだども。
「主と認めた人間に従う事。守る事。主はそれに応える事。国を守って作る事。…今は本分を随分と外れているようだけどね。」
 うん。お侍は……おらたちを守ってはくれねぇ。だから、皆で決心したんだ。
「だけどね、他が外れたからと言って自分の本分を間違えちゃいけませんよ。」
「手をこま、こまねて黙ってなきゃいけねぇのか? おらたち百姓は、何も出来ねぇのか?」
「拱いてなきゃいけない事は無いよ。ただやり方を間違えない事。…いつきちゃん、本質を間違えちゃいけないよ。 が言いたいのはそれだけ。」
  ちゃんはそう言うとそのまま寝てしまった。
 おらは腕の中で ちゃんの言った事をずっと考えていた。
 何もしないで黙っていちゃいけない。だけど一揆はきっと ちゃんの言う『本分』とは外れている。もっと他に、やり方があるんだろうか?
 幾ら考えても判らなくて、結局おらも寝ちまったらしい。気がついたら朝だった。


 朝になったら出て行くと言う約束は延期になった。朝から吹雪が凄かったのもそうだし、 ちゃんはやっぱり声が出なくなっていて、何か飲み込むのも辛そうだった。そんな人間を追い出すのは可哀相だべ、とおらが皆に言ってもう一晩泊める事になった。
 皆は ちゃんの事を怪しいって言う。おらたちの事見張りに来たんじゃねぇかって。確かにおらたちが一揆の相談をしている最中に来るなんて、都合が良すぎるけど、でもおらは ちゃんがどう言う人間でも好きだと思う。
 おらが人恋しい時に来てくれて、黙って抱いててくれて、それが嬉しかったからなんだども、 ちゃんにそう言ったら笑っていた。
 働かざる者食うべからず。と言う訳で、もう一晩おらの家に厄介になる事になった ちゃんは冬場の仕事を手伝ってくれた。ワラをしごいたり、編んだり。初めてらしくおらの手元を一所懸命見て作ったのはかなり不恰好だったけど、元々手先が器用なのか2つ3つ作るうちに大分マシになって、そのうち材料が無くなった。
「今日は終わりだ。あとは小屋にしまってあるで、また今度作るだ。アンさありがとな。」
 おらが礼を言うと ちゃんは首を振った。どう致しまして、って事だと思う。
 気がつくと ちゃんは何か取り出して作り始めた。
「何やってるだ? …わぁ、キレイな糸だな。」
  ちゃんが持っていたのはこの辺じゃ見かけないようなキレイな細い糸だった。
「アンさは何処の人だ? 百姓じゃないべ。そんなキレイな糸はこの辺じゃ見かけねェし、アンさの手もキレイだもんな。百姓の手じゃないべ。」
 おらが言うと ちゃんは頷いたものの、声が出ないから答えは無かった。
 暫く見ていたら ちゃんは糸で変な網のような物を作っていた。…鳥でも捕まえるんだべか? 何となくそう言ったら出ない声で『ヒミツ。』と言った気がする。
 一日そんな事をして過ごしている内に雪も止み始め、表に村のもんが集まって雪の被害を見直しているようだった。あそこの小屋の屋根が潰れただの、薪が足りないから分けてくれだの色々言ってるのが聞こえて、そのうち誰か――英二郎だろうか? 叫びながら走って来た。
「聞いたか? 二つ山向こうの村は全滅だと! 何でも男がいねぇから禄に外にも出られねぇで飢え死んだり雪崩に巻き込まれたりで酷い有様だそうだで。」
「二つ山向こうって言ったら、確か村長が御領主様に直訴に行ったんでねぇか?」
「んだ。だども聞いてもらえねぇで手打ちにあったって言う話だ。」
 表でそんな話をしているのを、おらと ちゃんは黙って聞いていた。
 折角直訴して、手打ちにあって、それなのに何にもならなかったんだ……おらたちの村も、そうなるんだべか? このまま何もしないで、人っ子一人いない村になるんだべか?
「…おら、やっぱりお侍は嫌いだ。」
 ぽつりと呟くと ちゃんは悲しそうな顔をした。いつの間にか涙が零れていたおらの頬を拭って、頭を撫でて。その間中、悲しそうだった。


 次の日、やっぱり ちゃんは相変わらず声は出なかったけど、雪もやんだし約束だから、と村を出て行くことになった。
 本当は前の晩もう一度皆で集まって、その時に一揆を起こす日を決めたから関係の無い ちゃんを出て行かせる事にしたんだどもな。出ていってくろ、と言った皆に ちゃんはもう一度何か言おうとしていた。けど何も言わねぇで村を出ていった。
 多分、本分を違えるな、と言おうとしたんだろう。
 おらは村の途中まで ちゃんを送っていった。それで、誰も居ない事を確認してそっと ちゃんに耳打ちする。
「あのな、もうすぐ戦が始まるだ。だから早くこっから離れた方が良い。」
 秘密の話だども ちゃんなら良いかと思って教える。それに本当に巻きこまれたら大変だべ。
 おらの言葉に ちゃんは驚く事もなく、嬉しそうな顔をしていきなりおらの頭をくしゃくしゃ撫でる。
「うわっ? 何する…ひゃっ?」
 頭をくしゃくしゃにされてビックリしている所に、 ちゃんがおらを抱き上げておらの頬に口付けする。あんまり驚いて、目を白黒させているおらを下ろすと、 ちゃんは出ない声で何か言いながら、村を出ていった。
 あわわ……。おらあんな事されたの初めてだべ。ずっともっと小さい頃、おとうとおっかあがやった事が有るかも知れねぇが……。
 何だかくすぐったい不思議な感じだった。
 家に戻ってサルタヒコを前にして気がついた。
 そうか、 ちゃんはおらの人生の最後に神様がくれた贈り物なんだ。だってその証拠に、おらは今一人なのに、ほっこりと幸せな気持ちになっている。明日にでも死んじまうかも知れねぇのに。それとも人間覚悟が出来ると、皆こんな清々しい気分になるんだべか? 良く判らねぇ。
 覚悟も出来たし、悔いもねぇべ。おらは、おらのやれる事をやるだけだ。
 気合を入れて皆の所へ走った。さぁ、やるだよ!


「なぁ、お別れの時何て言っただ?」
「ん? Good bye、so long。また会おうねって。」
 また会おうね、だって。
 その言葉におらは嬉しくなって、 ちゃんもおらを抱き返してくれて、ますます嬉しくなる。
 ついでに ちゃんの邪魔するお侍は嫌いだ。
「だからガキは嫌いだ。」
 不機嫌に言うけど、おらもお侍は嫌いだもん。お互い様だべ。な?

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暗い話が書けません。人間底が浅いもんで。そんな訳でかなり突っ込みの足りない話になっていますね。
最後に一言だけ喋っているお侍は、口の悪い人です。いつきとこれからもバトります。(笑)

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そんなわけでいつきと主人公、愛のふれあい(笑)子供には甘くないが女の子には甘い、そんな主人公。
一揆衆の事をあんまり深く掘り下げると暗くしかならなくなりそうだったので、なるべく出さない方向で。そしたら会話ばっかりになりましたが。
本編1くらいに書き始めてずっと放っておいた話(笑)佐助の話より先に書いてたんで、保存名称が変わる変わる。まあそれはどうでも良いことですが。
本編7より前の話です。この辺りで主人公暗躍開始。いや、それ以前から色々暗躍してますけど。閑話の中で一番まじめな話だな、これ。
津軽弁は判りません。超適当。それっぽければ良いや、と島津公の時も思ったなあ。