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だって夏だから

奥州暗躍編土佐休暇編甲斐勝負編







奥州暗躍編

「はろーえぶりばでー。お久し振りです、皆の衆。」
 そう言っていきなり が現れた。何でこいつは都合の悪い時に限って俺を訪ねて来るんだ。今ははっきり言って物凄く都合が悪い。
 しかしそうは言っても、俺の城の人間で を咎める奴は先ず居ない。
 以前、姉の を黒脛巾組に襲わせた奴がいたが、そいつでさえ に楯突こうとは思っていないだろう。思っていたとしても、無理だと諦めている。
 気がつくと はちゃっかり景綱に出された円座に座り、延元が用意したのか白湯を啜っていた。
 何故こいつ等は俺の意向を無視するのか。いや、別に歓迎するのは悪くない。普段なら。だがつい今し方まで行っていた会議の内容を考えれば、もう少し後ろめたく思っても良いんじゃないかと思うのだが。
「…アンタ、何処行ってたんだ。」
「いきなりそれか。まぁ良いけど。平ちゃんに会いに三河まで。その他諸々ありましたが、そっちこそ何企んでたのかな〜?」
 この言葉に、ぎくりと部屋の中の人間全員が身構える。まさか、ばれたのか。
「奥州によからぬ企みあり、って猿ちゃんが教えてくれたんですよー。ふふふ。ダメですよ、変な事考えちゃ。」
 あのクソ猿ッ!! 余計な事言いやがって!
「どんな企みだよ。初耳だな。」
 一応空惚けて訊いて見る。と、ばれているからか は呆れたような顔をした。いや、面白がっているのか?
「惚けるならそれも良いけど。言っておくけど天下統一は必定。流れは止められないからね。一旦流れたら誰にも止められないよ。 にも、独眼竜にも。」
 …本当に全部ばれている。猿め。同じ穴のムジナの癖に。
「猿ちゃんに当るのはお門違いってもんですよ。武田は伊達ほど ちゃんの方が上じゃない? それに拘っているのは虎さんとわんこと猿ちゃんくらいで、他の方々は居ても居なくても関係無いと思ってるんじゃないかなぁ。せいぜい同盟が覆されると困るだけで。」
 ……何で考えてる事まで判るんだ。侮れねぇ。


 話は二週間ほど前に遡る。
  がいきなり「ちょっと出かけて来る。」と言って件の屋敷から姿を消した。慌てたのは目付けとして滞在している真田のバカと左月くらいで、肝心の の方は落ち着いたものだった。自分が居る場所に戻ってくるのは判っているから、と言う事らしい。それにどうも後で確認した所、佐助が後をつけて行ったらしい。
 それでも一応消息が知りたくて訪ねたとき、一緒にいた成実が突然言い出した。
様ってさ、『誰かが天下統一したら元の世界に帰る』んだよね?」
「…まぁそうですね。その『誰か』は誰でも問わないらしいですけど。」
 怪訝そうに答える に、成実は頷くとこれ以上は無いと言う位に嬉しそうに言った。
「それって逆に言うと、誰も天下統一しなければ、元の世界に帰らないって事?」
 この言葉に、その場に居た全員が固まった。固まらなかったのは言った当の成実くらいで、この俺ですら一瞬固まった。
 武将なら誰しもが天下統一を夢見ているこの時代に、それをしない等、考えた事も無い。天下統一をしない、と言うのは。
  も成実の言葉に驚いたようで、ぽかんとしている。
 しかし成実は自分の言った言葉の重大さに気付いているのか居ないのか、手を振って に言った。
「ま、冗談だけどね〜。幾らなんでも、誰も天下統一しないなんて有り得ないからさ。ははは。」
「そ、そうですよね。…誰が動かなくても先ず織田軍が動くでしょうからね。」
 わざとらしい成実の笑いに、 も不審に思う事があるものの追求出来ず茶を濁し、そのまま世間話へ傾れ込む。
 俺はと言えば話半分でずっと成実の言葉を考えていた。
 その後館を辞して馬を走らせていると、佐助の姿が視界の端に見えた。館に戻ろうとしている様なので、呼びとめると吃驚した顔で此方を見て、それから直ぐに目の前に現れた。
「佐助。アンタ を追っていたんじゃねぇのか? それとも が近くにいるのか?」
 そう言う風には見えないが、と訊くと大袈裟に溜息をつかれた。
「…参った。俺様これでも自分の腕に自信はあったんだけど。まかれた。何であの子あんなに気配消すの上手いかね?」
 どうやら を見失ったらしい。役立たずめ、とこっそり呟くと「あ、酷い。」と返された。聞こえた様だ。
「旦那たちは何?  サンが居なくなったって聞いて(心配で)様子を見に来たの?」
「……Yes。」
 言外の意味に気付いて短く答えると、成実が笑いを堪えていたので蹴る。全くこいつは先刻からどうもおかしい。
「そうだ、佐助殿も一口かまない?」
「かむ? 何を?」
 突然の成実の言葉に佐助が訊き返す。前後の脈絡無く突然言われても何の事か見当が付かないのだろう。俺も一瞬判らなかったが、直ぐに先程の話だと気付く。
「天下統一の阻止。」
「はあっ?!」
「…成実いい加減にしとけ。誰も乗らねぇぞ、そんな話。」
 素っ頓狂な声で訊き返す佐助に若干同情する。いきなりそんな話を持ちかけられても、訳が判らないだろう。だが意外な事に佐助は興味を示した。
「もしかして サンたちを元の世界に戻さないようにする話?」
 はっきりと言い切った辺り、佐助も似たような事を考えた事があるようだ。
 成実に言わせれば、 が元の世界に戻る条件は にも確認したが、『誰かが天下統一を成す事』だ。それはまぁ、俺でも信玄公でも魔王のオッサンでも問わないようで、何時どうやってかは知らないが、天下統一が果たされたらあの二人は元の自分たちの世界に帰るらしい。
 佐助が直ぐに言いたい事を理解した事に成実は気を良くした様で、続けて話す。
様たちには気の毒かもしれないけどさ。オレ、はっきり言って 様にはずっとこの世界に居て欲しいんだよ。出来れば殿の右側にでも居てもらってさー。」
「はぁぁ。そりゃまた……旦那、認める気になったの?」
Shut up。」
 佐助を黙らせたものの、自分でも赤くなっているのが判る。以前佐助に に対しての気持ちを当てられかけた事があったが、その時は俺は認めないで居た。認めないというか、信じたくなかったと言うのが正直な所かも知れない。
 今は認めるも何も、周囲がそれが当然、といった風なので俺が主張した訳ではないが、まぁ……俺が に惚れている、と言うのは周知の事実らしい。
 何故あんなろくでもない女に惚れたのか自分でも判らないが、痘痕も靨と言う諺も有る事だし、今更否定するのも馬鹿馬鹿しいので周りには言わせるままにしている。ただ、どう言う訳か当の本人がちっとも気付いていないと言うか、気付いていても知らないふりをしていると言うか、俺が本気だと思っていない節がある。
 どうも良い雰囲気になりかけると、するりと逃げられている気がするのは、気のせいではないと思う。女を口説くのは得意な方だが、 だけは口説き方が判らない。
 やたら背が高くて男前で、口八丁手八丁、訳の判らない能力を持っている人間をどうやって口説けば良いのか。おまけに向こうは俺が女好きで当然と思っているらしく、見目麗しい腰元の傍に寄ろうものなら、好奇心一杯の顔でそっと陰から見守っている。何を見守るんだ、一体。そして誰を応援してるんだ。訳が判らねぇ。
 はぁ、と大きく溜息をつくと俺は佐助に訊いてみた。
「佐助。随分と物分りが良い様だが、アンタも同じ穴のムジナって奴か? アァ?」
「止めてよ、人聞きの悪い。ムジナはどっちかって言うとウチの大将。」
「信玄公?」
 意外な名前に目を瞬かせる。驚いている俺と成実を佐助は道の脇に手招きして呼び、小さくしゃがんで説明する。
「正確には、信繁様とか勘助殿ね。 ちゃんなら武田側に取り込めるかなー、なんて考えているらしくてね。大将も ちゃんを気に入ってるでしょ? ウチの旦那の嫁さんにでも迎えたら良いんじゃない? なんて言ってるんだよね。」
「そんな情報教えて良いのか、忍びの癖に。」
「平気、平気。どうせ考えたところで サンに見破られるのがオチだもん。その辺り、武田軍は サンと付き合いが浅いせいか判ってないんだよね〜。」
I see。…だがアイツ色恋沙汰は全く以って鈍いみてぇだな。」
「それは判る。と言うか、自分には関係ないと思ってない? それ以外の事は物凄く聡くてさー、時々困る。」
 それは俺も思う事なので頷く。一を聞いて十を知ると言うか何時も二手、三手先を読んでいると言うか、こっちが気づかない内に何かしら手を打たれて、 が優位に立つ事が儘ある。軍師として見習う事があるのか、景綱は が城に居る時はよく付いて回って意見を交換している。
「天下統一の阻止、ねぇ……。面白い話だけど、お館様がなんて言うかな?」
「どうとでも言わしとけ。成実だって本気で言ってる訳じゃ無ェだろ……。」
「え? 本気だよ〜。殿だって 様が居た方が良いでしょ〜?」
 ぐっと言葉に詰まる。それは確かにそうなんだが、だからと言って天下統一の阻止なんてどうやるのか。
 迷う俺を余所に、成実は城に戻ってから主だった面々を集めて話を進めていき、気づけば城中その気になっていた。 が居ないのなら、いっそその間に話を煮詰めてしまおうと各地に書状やら密偵やらを派遣して、話はどんどん周りを巻き込み今に至る、と言う訳だ。


「あのですね、好む・好まざるに関わらず流れはもう起きているんだから。 たちに出来る事はそれに乗ることだけなんですよ? … は、天下が統一されたら帰ります。それは決定事項。誰にも止められません。OK?
「…判らねぇな。誰も動かなきゃ流れは止まる。そうじゃ無ェのか。」
 唸るように俺が言うと、 は驚いたようだ。珍しく俺が反論したからだろうか。この際だから驚いている隙にもう少し攻めてみる事にした。
「確かにそうだけどね。……どうでも良いけど何ですか? この体勢。」
  の真後ろに座り直して、庭を眺めさせる様に向きを代え、抱え込むように身体を引き寄せる。丁度俺の顎の下に にしてみれば直ぐに起き上がるには難しい体勢だ。
「良いじゃねぇか。アンタ寄りかかって座るの好きだろ? 俺が寄り掛からせてやるって言ってるんだ。素直に寄り掛かって来い。」
「寄り掛かるって、そりゃ壁とかでしょうが……まぁ良いか、面倒くさい。」
 ぶつぶつと言いながら が体重を預けてきた。目の端で成実と延元が親指を立てているのが見える。それと同時にそっと席を立って退室するのも。
「人間座椅子だ……冬なら良いけど、暑いね。」
「……そうか?」
 確かに暑いがうっかりそう言って逃げられては拙い。庭を眺めるふりをして の頭に顎を乗せてふと気付く。
「アンタ、潮の香りがするな。」
 どう言う訳か潮の香りがする。 と潮の香りと言うのは俺にとって余り良い組み合わせではない。これに夕焼けが加わったら最悪だ。子供の頃を否応無しに思い出させる。
 俺の言葉に が答える。別に質問ではなくて単に感想を言っただけなんだが、説明してくれるのはありがたい。
「ちょいと海でVacancesを楽しんだもので。」
Ah? 何だって?」
 聞き慣れぬ異国語に訊き返すと、今度はVacationと言ってきた。…海で、休暇だぁ?
「何処の海だ、松島か石巻か。」
「最初はそのつもりだったけど、水が冷たかったから土佐。」
「土……元親の所か?」
Ye〜s。」
 事も無げに肯定する にぶち切れる。
「アンタなっ! 幾ら行動が自由だからってそりゃ自由すぎるだろうがっ!! 大体、水が冷たいって何だ、泳ぎでもしたのかっ!?」
「耳元で叫ばないで下さいってば。泳ぎましたよ、勿論。でなければ何でわざわざ土佐まで行くんですかさ。」
 余り大きく怒鳴ったからか、 が耳を押さえながら俺の腕から逃げ出した。しまった、もっと腕に力を入れておくんだった。
 俺から逃げた は、それでも気を遣ってるのか直ぐ傍に座り直して説明した。かなり、面倒くさそうではあったが。
「今丁度やる事も無くて暇じゃないですか。あの屋敷、涼しくて良いんだけど折角だから海水浴でもしとこうと思いまして。平ちゃんに用事もあったし、三河まで行くなら土佐まで行っちゃえー! と思って。本当は何処の海でも構わないんですけど、程よく生温そうな海の近くで の知ってる人だと姫親さんになっちゃうんですよねー。」
「島津公はどうした。」
 俺が訊くと、薩摩は日差しが強過ぎる、と答えた。だからと言って元親の所に行くのは気に入らないが、と言って全く知らない場所に行かれるのも困る。
「泳ぐってまさか裸じゃ無ぇだろうな?」
「一応 も恥じらいってものを持ってるんで裸では無いですよ。夜鍋で水着作ってそれ着てました。」
「水着? 入浴のとき使う浴衣の事か?」
「アレは水に入ると透ける上に身体に纏わり付いて着てないも同然でしょう。寧ろ裸より拙いよ。透けないような厚い布地で作った専用の服の事です。」
「成る程?」
 どんなものかはサッパリ判らないが、一応相槌を打つ。と同時に浴衣を着て水に浸かる の姿を想像してみる。確かに褒められた姿では無いが、生憎実物を見た事が無いので想像力にも限界がある。実際の とは程遠い艶かしい肢体に白い布地が濡れて張り付くのはそそられるが、それに の顔をつけると萎えるのはどう言う訳か。本当に俺はコイツに惚れてるんだろうか。
 俺が黙ると は先程までの話の続きを思い出したのか、「海の話は置いといて。」と話を戻す。
「天下統一の阻止って具体的にはどうするつもりでした?」
「…まぁ今は結構同盟を組んでる国が多くなったからな。それの強化と同盟国以外との和平の調整とか、とにかく戦を起さないで行く方針で……。」
 俺がそう言うと、 は呆れたように指摘した。
「それはさ、天下人の居ない天下統一と変わらないんじゃない? 平和で戦の無い世界。独眼竜や虎さんが求めてたのはそういう世界でしょう。」
 その言葉にうっと詰まる。た、確かに他にも色々理由はあるが、民の為に平和な世界にしたいと思っていたのも事実だ。
「その場合、天下人は武将じゃなくて主上かな。ちょっと条件が変わってるけど、天下統一には変わり無いよね〜?」
 面白そうにニヤニヤ笑う 。いや、完全に面白がっている。
「縦んば各国がずっと戦いを続けて誰も天下を取れなかったとしても、ずっと戦い続けるなんて無理だよね。国は疲弊して荒れるし民も困るし。国そのものが無くなる可能性もあるかもしれませんよ?」
 その指摘にますます言葉に詰まる。その事は考えもしなかった。多分発案者の成実もそうだろう。俺たちが考えていたのは単に国同士、争わないで居れば誰も天下は取れないだろうと言うことで、その結果が主上による天下統一とは考えもしなかった。
 確かに宣旨が行われない以上誰も天下人たり得ないが、即ち主上が天下人と言う事にもなる。元々武家の力が此処まで強くならなければ、貴族による支配が続けられていた訳で、そうなるとその最高位にある主上が天下人となる。屁理屈だと言えばそれまでだが、間違いでもない。
 根本的に作戦を見直さなければならないと考える俺に、 は笑いながら別れを告げた。
「だから、流れは止められないって言ったでしょう。悩んじゃえ。じゃあ ちゃんの所に戻るから。まったね〜。」
 さっさと部屋を出て帰ろうとする を慌てて呼び止める。
「ちょっと待て。未だ訊きたい事がある。」
「何?  ちゃんを置いて行ったって事なら、そうした方が独眼竜たちが安心するからだと思ったんだけど。」
Thanks so extremely。だけどそうじゃねぇ。…三河の平ちゃんとか言うのは何者だ?」
「あ、そっち? 徳川に過ぎたる者、戦国最強って言えば判る?」
  が部屋に来てからずっと気になって居た事を訊いたのだが、その答えに呆然とする。戦国最強、本多忠勝。何でアイツに会いに行ったのか。
 呆然と目まぐるしく考えているその間に はさっさと部屋を出て行き、慌てて追えばとっくに廊下の端を曲がるところだった。振り返って叫ぶ。
「海水浴が羨ましいなら、今度 ちゃんも一緒に皆で泳ぎに行きましょうねー。川でも良いし。だから拗ねないで下さいね。」
「誰が拗ねてるかっ!!」
 叫ぶ俺に、ひらひらと手を振って去る
 全く、本当に、敵わねぇなぁ。


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勝手にバカンス編です。(笑)結構主人公好き勝手ですね。…って、好き勝手女って言われてるから良いのか。



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土佐休暇編

「ごめんください、アニキいますか?」
「何だぁ? てめぇ。」
 門近くをぶらついていると、聞き覚えのある声がした。気のせいだろうと思ったが、一応確認の為に近寄ってみる。近付くにつれ会話が明瞭になり、俺を訪ねて来た人間が門番に足止めを食っているらしいと判る。そして声の主を確信する。
「元親の兄貴に会いたいだぁ? ダメだダメだ。とっとと帰りやがれ!」
「ありゃ。ダメですか。それは残念。じゃあどうしようかな……。」
 追い払われても呑気に佇む姿を見つけ、思わず大声で名前を呼ぶ。
!」
「あ、姫親さん。お久〜。」
 急ぎ足で近寄る俺に、 はひらひらと手を振った。その姿と近寄る俺を交互に見比べ、門番が青くなった。
「ア、アニキ! お知り合いで?!」
「ああ、お前ぇらは知らないか。コイツが だ。よく憶えとけ。」
  の姿を見た事がある者は殆ど居ないから、門番が知らないのも無理は無い。だから気にするな、と言ったのだが の噂は届いているらしく門番はますます慌てて に謝罪した。
姐さんでしたか!! 失礼しやしたっ!!!」
「姐さん? 何じゃそりゃ。」
 突っ込む に苦笑しつつ、此処じゃ話も何だから、とさっさと手を引いて屋敷の中に連れ込む。
 ザビー城に攻め入った時、兵は僅か4人だった。俺と 、元就と島津公。たった4人で巷で噂の南蛮宣教師を下したと言う噂は瞬く間に広がり、 は一躍時の人となった。俺が色々吹聴したせいも有るのだが、俺の軍ではすっかり姐さんと呼ばれ、俺と対のように考えられている。…良いんだか悪いんだか。
「で? 顔だけ見に来たって訳じゃねぇだろ? 独眼竜と袂を分かったか?」
「いや、遊びに来ただけなんですけどね。本当に。袂を分かつってどういう意味ですか。」
「アンタが理由も無くわざわざ四国まで来るとは思えないからさ。まぁ遊びに来たって言うならそれでも良いが、別にこの辺に遊べるところなんてありゃしねぇぞ。…富嶽でも見に行くか?」
 自慢の要塞富嶽を見せようと思ったが、 は興味が無いらしい。じゃあ木騎でも、と言うと肩を竦められた。
「国一つ傾くような兵器には興味ないです、今のところ。それより実は 、泳ぎに来たんですよ。一人で泳ぐのも何なので姫親さんも一緒にどうですか?」
「泳ぐ? そりゃ良いが……何処で?」
「目の前に海があるじゃないですかさ。あれ、それとも海で泳ぐ習慣て無いですか?」
 不思議そうに尋ねる にそんな事は無いと答えるが、続けて言う。
「子供や男は泳ぐが、お前位の歳の娘が泳ぐってのは……。」
 良い所の娘でなければ暑さしのぎに泳ぐかも知れないが、それだって恐らく人目を憚ったり女の集団で男を寄せ付けないとか、そういう類だと思う。男と一緒に泳ぐと言うのは、つまりどういう事だ?
「まぁ身分云々は には関係ないし。それにこの世界とか時代はともかく、 の居た場所では泳ぐのは普通ですよ。ちゃんと水着もあるしね。」
  はそう言うと何やら鞄から取り出した。袖無しの上着と、下穿きの様だ。
「水着は流石に持ってなかったんで、わざわざ作ったんですよー。少し厚手で伸縮性があって、って言う布地を探すのが大変でした。」
 笑って言う だが、どうもその探すのが大変と言う布地に見覚えがある。その事を指摘すると、 はニヤリと笑った。
「ばれましたか。実は独眼竜の服をちょろまかしまして。」
「ちょろまかすって、盗んだのか。」
「そうとも言いますね。あ、でも一応要らない物なのは確認しましたよ? 下働きの御姉さん方が殿にはもう着せられないって言ったのを貰ったんですから。…独眼竜には言ってないですけど。」
 悪びれもせず言う だが、俺としては面白くない。つまり、あのクソ生意気な異国かぶれの服を着るって事じゃねぇか。本当に、面白くねぇ。
 俺が不機嫌になったのに気付かないのか、無視してるのか、 は「じゃあ行きましょうか。」と言って立ち上がるので、仕方なく海に連れて行く事にした。


 海辺に着くと直ぐに は「着替えるから。」とその辺の岩場に隠れてしまった。俺は着ているものを脱げば良いだけの話なので、褌一枚になるともうする事が無い。眼帯はどうしようかと考えて、そのまま着けておく事にした。
 なかなか現われない を待つだけなのも手持ち無沙汰なので、思いついてその辺に転がっている手頃な枝をかき集め、砂浜に立ててみる。 に言われて持ってきた布をそれに付けると簡単だが天幕が出来上がる。自分でも結構良い出来だと思っていると背後から拍手。
「姫親さん、グッジョブ! 日除けをどうしようかなーと思ってたんですけど、それで充分ですね。」
 振り返ると が嬉しそうに手を叩いていた。水着とやらに着替え終わったらしく、何時もと違う髪形と服装に一瞬戸惑う。そんな俺を もやはりしげしげと見詰めて言った。
「それにしてもやっぱり姫親さん良い身体してますねぇ。腹筋六つに割れてるよ。大殿筋も締まってるし。」
「そう言うお前は、えー、その。…色気ねぇなぁ。」
「放っといて下さい。 に色気を求める方が無駄です。」
 作った天幕の下に荷物を置きながら が言う。袖無しの上着は臍の上辺りまでで、下穿きも膝から上、太腿を三分の一程しか隠していない。珍しく髪を纏めて結い上げているので項が丸見えだ。
 胸も無いし腰も無いしで全く色気の無い の身体だが、それにどぎまぎする俺もどうかしていると思う。だがそれも無理の無い話だと思う。 が肌を見せるような恰好をしたのは見た事が無かったし、そのせいか腕や脚は殆ど日焼けしていないので夏の日差しの中でその白さは却って眩しい。惚れた欲目と言えばそれまでだが、俺にしてみれば充分刺激的な恰好だ。
 天幕を直すふりをしながら気持ちを落ち着かせている間に、 は身体をほぐしたらしく勢い良く水際へ駆け出した。ザバザバと水に入った音が聞こえたと思ったら、あっという間に腰まで水に浸かる。
「おい、あんまり沖へ行くなよ。」
「行きませーん。それより姫親さんも泳ぎましょうよ。」
 楽しげな様子に水を差すのも馬鹿馬鹿しいので、俺も海へ入る。楽しむためだけに泳ぐなんて、久しぶりな気がする。


  は自分から誘っておいて、泳ぐのは得意では無い様だ。俺が何往復か泳いでいる間にしていた事と言えば、波間に漂ってゆらゆら浮かんだり時々思い出した様に潜ったり移動したりしていた。何だか土左衛門の様だと言ったら笑っていた。
 その内潮が満ちてきて頃合と思ったのか は陸に戻り始めた。良い判断だ。
「はーっ、気持ち良く疲れたー。」
 天幕まで戻るなり はそう言ってごろりと転がった。
「何だ、そりゃあ。」
「いえね、最近ただ単に疲れるばっかりで、適度に体を動かして疲れるって事が無かったもんで。動いた後って何だかこう、気怠い中にも爽快感が有ると言うか。無いですか?」
「んー……判らないでは無い、か。」
「でしょう? さて、お昼。」
 転がったまま は自分の鞄を弄って中から小さな包みを取り出した。何が出るかと思ったら、握り飯だ。続けて竹筒。水でも入っているのだろう。
「お前が作ったのか?」
 しげしげと握り飯を見ながら、既にそれを頬張っている に尋ねる。
「まひゃか? …朝、茶屋のお姉さんに頼んで作ってもらったんですよ。」
 この炎天下の中傷んでいないか考えないのか、コイツは。
 頬張ったまま答えようとして無理と判断したのか、飲み下してから説明する。何でも、ここに来る前の晩野犬に襲われそうになっていた所を助けて、宿を借りたそうだ。多分、その茶屋のお姉さんとやらは が男と思ったんだろう。いそいそと作る姿が目に浮かぶ。
 食べて眠くなったのか、 は気付くと気持ち良さそうに眠っていた。…コイツには警戒心と言うものが無いのだろうか。それとも俺を男と思っていないのか。どちらにしても余り良い事ではない。
 不貞腐れた気分で残りの握り飯を頬張りながら、折角なので を観察する事にした。
 初めて会った時、男と思ったのは の顔立ちと背の高さと、余りにも凹凸の少ない体つきのせいなのだが、こうして肌を露出させた恰好をしていると、男では無いんだな、と言うのが判る。
 男にしちゃ華奢だし、筋肉のつき方も違うし、少ない凹凸では有るが確かに女だなと思わせる丸みが有る。背が高いせいか脚が長く、日焼けしていない肌が太陽に照らされて少し赤みを帯び始め、それが妙に……いや、これ以上見てると俺が拙い。
 名残惜しくは有ったが、俺の理性と の肌を救う為、俺の脱いだ服を天幕からはみ出している部分にかける。暑いだろうが、このまま放っておいたら酷い日焼けをするだろう。
「…服、濡れますよ……。」
 寝ていたと思っていた が、呟いて慌てる。
「お、起きてたのか?」
「微睡んで……寝てたかな? でも有難う、日焼けしすぎると拙いなーと思ってたんです。」
「そうか。服は気にするな、この陽気なら直ぐ乾く。」
 俺がそういうと は安心したのか、また目を閉じた。…ちょっと、焦った。
 どうも、 に対して行動を起こせないのはこの無防備さが逆に制止をかけるのか、それとも手を出させない雰囲気でもあるのか。どちらとも言える様な言えない様な。
 ふと北の地にいる男の顔を思い出す。あの男もどうやら色々あるらしく、俺よりずっと有利な状況に居るにも関わらず、 に手を出していない様だ。まぁその方が俺としては有り難いが、油断はならねぇ。いつ何時プッツン来て に手を出さないとも限らない。そうなる前に、 を説得して土佐に来させようか、それとも俺の方がもっと頻繁に を訪ねるべきか。
 色々考えては見たものの、結論は出ないので気分転換にその辺を歩いてみるかと立ち上がると、遠くに家人の姿が見えた。見渡す限りそれ以外人の気配も無いので、 を置いて行っても大丈夫だろうと思い、家人に近付く。と、手に甘瓜を持っていた。
「気が利くじゃねぇか。んっ、食べ頃だな。貰っていくぜ。」
「ごゆっくり。」
 一切れ口にすると、井戸水で冷やしたのか丁度良い具合に冷えて美味い。急いで元の場所に戻り、どうやって起こそうかと思案する。むくむくと悪戯ッ気が沸き起こり、思いついて の首筋に冷えた瓜の皮を当てる。
「うひゃっ!?」
 飛び起きた が俺を睨むが、手にした甘瓜を見るなり一変に表情が緩む。
「真桑瓜だぁ! わーい、食べていいんですか? 食べましょう!」
「凄ェ喜びようだな。全部食っても良いぞ。…好きなのか?」
 俺が勧めると嬉しそうに一切れ頬張りながら頷く。
「夏はね、やっぱり冷えた真桑瓜を一回は食べないと! 後は素麺、冷麦、冷やし中華。夏の定番ですね。」
 何か色々拘りがあるようだ。全部食べ物のようだが、素麺以外は判らない。似たような物か?
 甘瓜はあっと言う間に無くなり、 は名残惜しそうに指についた汁を舐め取っていた。…かなり、そそ……いや、そうじゃなくて。ダメだ、頭の中が妄想に走りがちだ。
「な、なぁ。もう一回泳ぐか? どうする?」
 誤魔化すように は頷きつつ少し考えていた。
「あと一回は泳ぎたいけど……そう言えば 、姫親さんに試してもらいたい事が有ったんですよね。試してみませんか?」
「何を? まさか変な事じゃねぇだろうな。」
「変って程変でもないと思いますよ。多分姫親さんは気に入るんじゃないかなーと思うんですけど。」
  はそう言うと、小枝で砂浜に線を引き始めた。何か絵を描いているようだ。
「大きさはこの位で、形は確かこんな感じ……。横からだと、此処に何かついてて……。」
 ぶつぶつと言いながら が描いたのは、小型の船のような形をしたものだった。
「何だ? 船か?」
「いえ、ちょっと絵が悪かったですね。船とは違って船体は無いです。判りやすく言うと、船底しか無いと言うか。」
「で? それでどうしようって言うんだ。船底しか無ぇなら転覆どころか最初から沈んでるだろう。」
「まぁこの絵のことは置いといて。こういう形のが本当は基本てだけで、聞いた話だと戸板で試した人もいるそうなんで、戸板でやってみましょうよ。」
「だから、何を。」
「波乗り。」


  の説明だけでは判らなかったが、とにかく実践するのが手っ取り早いと戸板を調達すると、俺と は海へ入った。初心者だからと言う理由で沖には出ず、初めは波打ち際で練習する。
「なんだ? これに乗っていりゃ良いのか? 簡単じゃねぇか。」
 簡単どころか乗ってるだけなら船で良いんじゃ無いだろうか。
 戸板に腹這いになって波打ち際で漂う姿はかなり間抜けな気がするが、 は気にせず次にやる事を説明する。今度はこの板の上で立たなきゃならないらしい。
「…あんまり楽しくねぇぞ。」
「波打ち際だからだと思いますよ。うーん、平衡感覚もバッチリですね。これなら沖でも立てるかなぁ。」
「沖? 立つ?」
 俺の疑問は無視し、 は次にもう少し沖に出ようと言った。ただし、戸板に乗ったままで行かなきゃいけないらしい。これはちょっときついかもしれない。
「進まねぇな。」
 戸板の上で文句を言う俺に、 は戸板につかまりつつ苦笑する。
「推進力が無いからでしょうね。でも浮力は充分ありますから、沖でも立てると思いますよ。あ、この辺でもう良いかな?」
「どうするんだ?」
 このまま乗ったままなら、沖に流されるか陸に戻されるかどちらかしか無いと思っていたら、 は波が来たら頃合を見計らって立て、と言った。立ったらそのまま陸を目指せば良いらしい。
「無茶言うな、おい。」
「無茶じゃないです、ホラ、何か良さげな波が。はい立って!」
 言われるまま腹這いだった身体を起き上がらせて慎重に且つ素早く立ち上がる。あっと言う間に波が戸板をうねりに巻き込む。
 数刻後、俺は何回目かの波乗りに挑戦していた。侮っていたがかなり楽しい。
 最初の数回は直ぐに板から落ちて波に飲み込まれていたが、何度か試しているうちにコツを掴み、かなり長い時間板の上に乗っていられるようになり沖から波打ち際近くまで落ちずに来れるようになった。
「結構燃えるな、コレ!」
「でしょう? 多分姫親さんは嵌ると思ってました。」
 楽しげな も笑ってるのか? まぁ良いか。
 既に何回目か判らないが、また沖を目指す俺を は見送ろうとするのでふと思いついて訊いてみた。
「お前はやらないのか?」
「やらないです。何か上手く行かない気がして。」
「人にやらせといてそれは無いだろう。お前も一緒に来い!」
「えっ? えぇぇー?」
 驚く の腕を掴んで無理矢理板に載せる。一人増えた分、感覚が変わって乗り辛い。
「戸板、沈んでますよ。降りますよ 。」
「大丈夫だ。立つのが無理なら前にしがみ付いて座ってろ。」
 言ってる間に波が来た。上手く乗れるか判らねぇが、試さなきゃ始まらねぇ。
「行くぞ!」
「うっわぁぁあっ!」
 合図をする俺と悲鳴なのか喜んでるのか判らない声を出す
 上手い具合に波に乗れたので今度は長く乗っていられるよう平衡を保つ。 はしっかり板に掴まっているが、厭では無いらしい。波を上手く使って陸の方ではなく横に進み、なるべく長く乗っていられるようにすると が感心したように言った。
「凄い、姫親さん。すっかり上達しちゃって。」
「そうか? アンタは大丈夫か?」
「うん、楽しい。」
 言いながら真っ直ぐ前を見る
 この辺で次の波、と思うと横波が来て二人とも落とされた。しまった、油断していた。
 いきなり落とされたからか、 が海の中でもがいている。溺れそうなので慌てて水面に顔を出させると咳き込んで俺にしがみ付いてきた。
「だ、大丈夫か? おい。」
「大丈夫……だけどここ足がつかない……。」
 心許ないのか、俺の首にしがみ付く に「足がつかないところは苦手か?」と訊くとこくんと頷かれた。それは……役得かもしれない。
「じゃあ足のつく所までしがみ付いてろよ。怪我はしてねぇんだろ?」
「大丈夫……ごめん、姫親さん……うー、体たらくだ……。」
 どうも自己嫌悪に陥っているようだが、こっちとしては珍しい の様子に内心でにんまりとする。
「もうちょっと寄れ。動き辛い。」
 背中からしがみつかれて動き辛いのは確かなので、小脇に抱えるようにして横泳ぎする。こうすると、普段と違って不安そうな の顔が良く見える。何時もこうしてしおらしいと可愛いんだが、それだと じゃないか。そんな事を考えつつゆっくり波打ち際を目指す。少しは役得があっても良いだろう。
 その内 も落ち着いたのか、顔つきが普段通りになってきた。しっかりしがみ付いていた腕も緩んで来たので潮時だろう。 の体に回していた腕を外して解放する。
「もう立つだろ。俺は流された戸板をちょいと回収してくるから、そこで遊んでるなり屋敷に戻る準備なりしとけや。」
「ん、判りました。この辺で真水の流れてる所ってありますかねぇ?」
 屋敷に戻る方を選んだ様で、多分水で海水を洗い流そうと思ったんだろう。生憎思いつかないので叫ぶ。
「真水なんかねぇよ! 屋敷に戻ったら風呂を用意してやるから我慢しろ!」
「じゃあ着替えどうしよう?」
 用意万端だった割に着替えの事は考えていなかった様だ。その辺、抜けてるんだなコイツは。目端に俺の脱いだ服が見えたので、どうせ一回濡れた事だしもう一度濡れても構わないだろう。
「…俺の着物でも引っ掛けとけ。」
「そうします。」
 結構沖に流された戸板を回収し、最後の波乗りをして浜に戻ると、 は帰る準備を整えていた。
「姫親さん相当気に入ったんですね。でも凄く上手くなりましたよ、うん。」
「そうか? そうだな、結構面白ェ。今度は俺がうちの野郎どもに教えて見るかな。」
「あはは。みんな面白がりそうですね。でも無理はしないで下さい。」
 海に来てやる事といえば泳ぐか釣り位しか無かったから、この新しい遊びは結構流行るかも知れない。そんな事を思いつつ屋敷への道々、世間話を続ける。
「しかしアンタにも苦手が有ったんだな。怖いもの無しかと思ってたぜ。」
 沖で足が立たない所が苦手と言っていた事を指摘すると、 は澄まして言った。
「そりゃ色々有りますよ。 を何だと思っているんですか、失礼な。」
「色々って何だ?」
「それはヒミツです。」
 そうこうしている内に屋敷に着いて、俺が風呂の手配をして用意が出来ると早速入り、一寝すると帰ると言い出した。
「何だよ、一晩くらい泊まって行け。急ぐ用でも有るのか?」
「いえ別に。ただ ちゃんがそろそろ心配するだろうと思いまして。」
「ああ姉さんな。何で一緒に来なかったんだ?」
ちゃんも立場が特殊ですから。遠出するには甲斐と奥州にお伺いを立てないとね。」
 その答えに納得する。まぁこいつ等姉妹も色々事情がややこしいらしいから仕方無い。だが夕方から旅に出る奴は居ないだろうと説得し、一晩泊まらせる事に成功した。


 その夜、奥州から の消息を尋ねる文が回って来た。それを伝えると は朝一番で戻ると言う。
「急ぐなら船で送ってやろうか。徒歩で戻るよりは早ェぞ。」
「う〜ん……途中までなら。三河辺りで下ろしてくれませんか。あんまり長い船旅は船酔いしそうなんで。」
「船酔い? へぇ。慣れりゃ船旅も乙だぞ?」
 そうは言っても厭な物は厭らしい。これも の苦手の一つか。
 翌朝、 を乗せた船は三河に向かって出航した。生憎俺は外せない用事があって、港で別れを告げる。
「なぁ、三河に何か用事でもあるのか?」
「ん? 用事というか、陸路で早く戻る手段が三河にあるので。」
「何だ? 手段?」
「ヒミツです。」
 少し日焼けした顔で が笑いながら船の上から手を振るのを見送る。
  に秘密が有る様に、俺にも実は秘密が出来た。
 昨日海でしがみ付いて来た を岸に連れて行くまで、実は小脇に抱え直すふりをしながら、 の体を触りまくっていたのだ。多分アイツは俺が泳ぎ辛くて抱え直していると思っているだろうが、単に触りたかっただけで。胸やら腰やらを充分堪能させてもらったのは……本人には秘密だ。
 凸凹の少ない身体でも密着してると結構楽しめるもので、手に残っている胸の感触やら腰の抱き具合なんかは楽しすぎて海から揚がれない程だったのは…………更に内緒だ。


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勝手にバカンス四国編です。四国の鬼とちょっとだけ良い感じ。(なのか?)元親に珍しく良い思いをさせてあげよう!と……。単なる助平親爺に成り下がってます。ゴメン。
あ、土左衛門は享保年間からの言葉らしいので、この時代には無いと思いますが、これ以外に適当な言葉が思いつきませんでした。なんて言ってたんだろう?



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甲斐勝負編

 行方不明だった 殿が驚く手段で――何故か徳川軍の本多忠勝殿に乗って(としか言いようが無い)――戻られて、漸く館にも平穏が戻った……と思った矢先、その 殿が言い出した。
「川遊びしたいんですけど、ダメですか?」
「ダメと言うことはござらぬが……また何処かへと消えると言うなら、この幸村止めねばなりませぬ。」
 いきなり行き先も告げず消えられた時には、余りの驚きに上手く対処出来なかった。不甲斐ない事この上ない。お陰で政宗殿には暫く厭味の言われ放題だった。それは、是非とも避けたい。
「ああ、今回は ちゃんと一緒に行きたいんで、近場のその辺の川で良いんですけど。何だったらわんこちゃんもついてくれば? お目付けにはなるでしょう?」
 そう言われれば厳しい事も言えまい。何せ 殿は本来許可など求めずとも自由に振る舞えるし、 殿も館の周辺であれば自由に出歩くのを許されている。某が目付けでついて行くと言うなら更に文句の有り様も無い。
 奥州方の目付け、左月殿にも確認してそれでは川遊びに行こう、と言う事になった。
 近くとは言えそれなりの距離があるので馬2頭で連れ立って行く。馬に乗れない 殿は一人で乗り、佐助は人知れずついて来ることとなった。


殿!! は、破廉恥でござるーっ!!」
 川に着くと 殿たちはいきなり泳ぐと言い出し、着ていた物を脱ぎ始めた。何か違和感のある姿と思ったら、どうやら水に入る為専用の水着とやらを予め服の下に着ていたらしい。
 動揺して二人の姿をまともに見られない某に、 殿が呆れた様に言った。
「わんこちゃん〜? この位どうって事無いでしょうが。それ言ったら、上杉のくのいちはどうするの。」
「し、ししし、しかしっ! あれは戦装束、これとは……。」
「同じ様なものですって。コレくらいで破廉恥なんて言うんだったら、普段のわんこちゃんの方がよっぽど破廉恥ですよ?」
「某が!? そんな事はござらぬ!」
「いやいや、その胸筋とか腹筋とか。恥ずかしがり屋の女の子なら直視出来ませんて。ねぇ?」
「私に振るな。」
 既に川に入って泳ぎ始めた 殿が切り捨てる様に言う。 殿が冷たく言うということは、内心そう思っているという事で有ろう。
「まぁまぁ、コレくらいで目くじら立ててどうすんのよ、旦那〜。 サンの言う通りこの位可愛いもんだって。俺様、もっと布が少なくても良いよ〜?」
「佐助っ! 無礼であるぞっ!」
「固いんだから、わんこちゃんは。さー、泳ごう。」
  殿はそういうと水に入ったようだ。直ぐに水音とはしゃぐ声が聞こえる。
 余りに嬉しそうな声に、そう言えば彼女達は今の立場がどうであれ、彼女達の世界に行けば子供なのだと思い出す。我等にしてみれば充分に大人と思えるのだが、何でも二十歳になってから大人と称されるらしい。確かに言われて見れば同じ年頃の娘と比べて幾分幼い雰囲気はある。
 ぼんやりと二人が泳ぐ姿を見ていると、佐助が寄ってきた。
「旦那〜、何ボーっと見てるのさ。それじゃ覗きみたいだよ。」
「のっ、覗いてなどおらぬ! か、考え事をしていただけだ。」
「何考えてたのか知らないけどさ、旦那もどうせなら一緒に泳げば? 見張りは俺がやっとくから。」
「しっ、ししし、しかしっ。あのような姿の二人の傍には……。」
「気にしなきゃ良いんだって。ホラホラ脱いで脱いで〜。」
 佐助に身包みはがされ、しかも岩の上から蹴り落とされる。あっと言う間の事で周囲を気にする余裕も無かった。いきなり水の中に突き落とされて、水中深く体が沈みそれから水面に浮いた。
「佐助! 何をするか!!」
 拙者が怒鳴ると佐助は岩の上で笑って言った。
「良いじゃないの旦那。少しは楽しみなさいって。」
「そうそう。わんこちゃんは普段張り切りすぎだから、少し手を抜いた方が良いよ。遊ぼう。」
 佐助の言葉に続いて 殿が言う。
 張り切りすぎとはどういうことだろうか。手を抜くなどもってのほかとも思えるのだが。
「真面目なのは良いんだけどね。適当に力抜かないといざと言う時困るよ? 多分ね。」
  殿はそういうと某にいきなり水をかけた。驚いたものの、 殿も加わりいつしか水の掛け合いとなる。気付くと某も本気で水を二人にかけていた。


 水の掛け合いから始まり、飛び込み競争や潜水など色々やっているうちに昼近くになり、気付くと佐助が昼餉の用意をしていた。
「猿ちゃんありがとう。じゃあ食べようか。」
「いただきまーす。」
  殿が握り飯を頬張る。某も佐助から渡され、一口食べる。水に入っている時は気付かなかったが、動いていたからかかなり空腹だったらしい。貪るように食べ始め、 殿に呆れられた。
「幸村さん……そんなに急いで食べなくても。佐助さん、足りますか?」
「足りると思うよ。…多分。」
「多分て心許ない事言うなぁ。それよりデザート……何か甘いものあります?」
  殿がそう言うと佐助は何処から取り出したのか、桃を取り出した。それを見て 殿が喜ぶ。
「桃っ! 桃、桃〜。冷えた桃〜。桃好きー。」
「本当だ、冷たい。川の水でも結構冷えるんですねぇ。そんなに冷たいと思わなかったけど。」
 冷えた桃に驚く 殿に、佐助が説明する。
「冷やし方にコツがあるんだよ。でも二人って言うか、旦那も川に入り過ぎ。唇紫じゃん。」
「あ、本当だ。」
 指摘されてお互いの唇の色を確認する。
「まぁ良いやさ。少し岩の上で休憩しよう。太陽で温まってるから身体も直ぐ温まるよ。」
「そうだね。じゃあ暫く休んでようか。」
 岩の上は温まっていると言うより熱い位だったが、それも一瞬の事で、暫く座っていると熱も冷め丁度良い温もりが伝わってくる。
 落ち着いてしみじみ二人の姿を見ると、やはり落ち着かない。
「やはりその、何と言うか。お二人の着ている水着とやらは見慣れぬせいか、その……。」
「破廉恥?」
 語尾を濁す某に、 殿が笑って言った。
「わんこちゃん、遊んでいた時は気にもしてなかったのにねぇ。やっぱり水の中と外じゃ違う?」
「あー、水の中だとそんなに見えないからね。逆に今はバッチリ見えてるじゃない? だから旦那も気になるんだと思うよ。」
 俯く某の代わりに佐助が言う。そう、その通り。
 水の中では殆ど体は見えなかったので気にする事も無かったが、こうして全身出されていると何やら目のやりどころに困る。特に脚は普段目にする事が無いだけに、何処に目をやって良いのやら。
「せめてその、もっと丈を長くする事は出来なかったのでござろうか?」
「布が足りないね。何せこの水着、独眼竜の服の流用だからさ。」
「政宗さんの? …どうりで見覚えのある布地だと思った……。」
「どうやって作ったの?」
 佐助が訊く。 殿の説明によると、政宗殿の服を胴回りで裁ち、袖の部分を下に足して長くして下穿きのようにしたらしい。
「結構器用なんだね。」
「結構は余計ですよ、猿ちゃん。まぁこの位ならね。セパレートタイプにしたのは、その方が作りやすかったから。2着手に入ったから二人分作れたけどさ。一着だったら一人分かビキニだね。」
「ビキニはやめて……柄じゃない……。」
 せぱ何とかやびきにと言うものが何であるかは判らぬが、 殿の嫌がりようからすると良くないもののようだ。
「そんなの着たらそれこそわんこちゃんがぶっ倒れますって。やらないやらない。」
「それってどんなもの?」
 笑いながら言う 殿は某を一瞬見てから佐助にこっそり耳打ちをした。それを聞いて佐助が「うわ、それ俺様ちょっと見たいかも。」と言うのを聞いて、どうやら予想通り破廉恥なものらしいと見当がつく。
「佐助。軽々しく言うのでは無い。」
「だって見てみたいじゃん。…って旦那どんなのか判るの?」
「お主の反応を見れば大方の想像はつく。」
「あちゃ〜。旦那に判るなんて、俺様もまだまだだねぇ。」
 某たちの会話がおかしいのか、 殿は岩の上で寝転びながら笑っていた。
 暫く岩の上で休んでいると身体も温まり、また川に入ろうかという話になった。
 ただ泳ぐのもつまらないという事で、何処から調達したのか麻袋を使って川滑りをする事になった。川の上流から麻袋の上に乗って川の流れに乗って下っていく、というものだ。途中小さな滝があるのでそこに飛び込むのが楽しいのでは無いか、と言う事で早速やってみる。
「うおぁあぁぁぁぁああぁっ!!」
「幸村さん、前っ! 危ないですよっ!!」
 思っていたより早い川の流れに乗って、某が叫びながら滝壺に落ちる。手前に岩場があったが 殿が注意してくれたから何とか避けられたものの、そうでなければ岩に体当たりしていたかも知れない。
 滝壺から某が顔を出すと、 殿が心配そうに覗いていた。
「わんこちゃん、大丈夫? こういうの苦手だった?」
「いやっ、この程度大丈夫でござる! ただ、思っていた以上に流れが速くて驚いていただけで……。」
「なら良いけど? 無理して怪我されたら 武田軍の人に殺されるよ。」
 冗談めかして言う 殿は、今度は自分、と麻袋を持って上流に向かった。 殿が滝壺に落ちる前に上がろうと、泳いで岸に向かう途中で 殿の叫び声が聞こえた。
「何事か!? 曲者か、佐助っ!」
「はいよっ、旦那!」
 佐助がすかさず上流へと向かう。しかしその直後、「ごめんってばー!」と言う 殿の声の後に聞き慣れた声と水音が聞こえてきた。
「どわーっ!」
Ya-Haaaaaaa!
 驚く某の目の前に、 殿と政宗殿が一緒に落ちてきた。


 どうやら 殿が上流に着いて下に滑る準備をしていると、いきなり政宗殿が現われたようだ。いきなり声を掛けられて驚いて 殿は叫んだらしい。
チャン……アンタまた随分ご機嫌な事してるじゃねぇか。」
「あれ、独眼竜なんで……ってああ、サツキさんから聞いたのか。」
That's right。だったら何で俺が機嫌悪いのかも判るか?」
 それを聞いて 殿は気がついたらしい。
「あ、ごめん。そう言えば今度遊びに行くときは誘うって言ったね、 。」
「やっぱり忘れてやがったか。別に俺が行くにしろ行かないにしろ、誘うと言ったからにはそうするのが礼儀ってもんだろ? アァ?」
「だからごめんって。…独眼竜もやる? 川滑り。」
 誤魔化すように言う 殿と手にした麻袋を交互に見て、政宗殿は言った。
「そうだな、やろう。但しアンタも一緒に、だ。」
「へっ?」
「オラ、川を下るんだろ。俺が後ろになってやるからアンタ前に座れ。」
「ふ、二人乗り? それは無理だよ、危ないよ!」
「いいから、乗れ! 行くぞ。」
「誘わなかったのは悪かったから、謝るから、ごめんってばー!」
 着の身着のまま気にすることなく川に入った政宗殿は、嫌がる 殿を自分の前に座らせて「Go!」と川を下っていきそのまま滝壺に落ちて某たちの前に現われた、という訳だ。
 水からあがった政宗殿は、「Shit……。」と舌打ちしながら濡れた着物を脱ぎだした。そしてそのまま乾いた岩の上に着物を広げる。岩の熱で乾かすようだ。
「政宗殿、余り無茶は……。」
「良いじゃねぇか。コレくらい俺があの好き勝手女にやられた事思えば軽いもんだ。」
「どんな事をされたのでござるか?」
「………色々だ。」
 どう色々なのかは判らぬが、政宗殿は相当怒っていたらしい。だが 殿に一矢報いたせいか既に機嫌は良くなっている。と、滝壺に落ちて上がって来なかった 殿が漸く上がってきた。
「バカ政宗ッ! 嫌い!」
 それだけ言うと 殿は木立に入って行ってしまった。慌てて佐助に合図して後を追わせる。あのような無防備な姿で不案内な場所で迷われたら大変だ。
 ふと気付くと政宗殿が蒼い顔をして胸を押さえていた。
「今のは……効いた……。」
「まぁ今のは、政宗さんも悪いですよ。二人乗りなんて無茶な事するんですから。」
  殿が溜息混じりに言う。某もそう思うが、それにしても政宗殿の顔色が気にかかる。
「アイツ思いっきり言ってくれたな……。名前まで呼ばれて、堪えるぜ。」
 政宗殿の言葉に、漸く気付く。 殿の不思議な力で名前を呼ばれると、程度に差はあれど胸が重苦しくなる。そこへ 殿が『嫌い』と言えば確かに堪えるやも知れぬ。
「…本気じゃないですよ、言葉の綾で。」
 某と顔を見合わせた後、 殿が政宗殿を慰める。その言葉に政宗殿は苦笑して「Thanks。」と異国の言葉を言っていた。多分礼だと思う。
 暫くすると 殿がまだ怒った顔で戻ってきた。が、政宗殿の蒼い顔を見て自分が何を言ったか気がついたらしい。
「独眼竜、ごめん。先刻は言い過ぎた。取り消す。」
「名前呼ばれて嫌いと言われたんだ。Damege半端じゃねぇぜ……。」
 まだ若干蒼い顔をして政宗殿がそう言うと、 殿は正面に座って僅かに困ったような笑顔で言った。
「ごめんね、政宗さん。本当は好きですよ。」
「…………………Fibber。
 先刻とは逆に顔を赤らめる政宗殿。…と言うか、 殿の言葉に目が丸くなる。
「でも怒ってるのは本当なんで。勝負しましょう!」
Ah?
 戸惑う某たちを余所に 殿は言った。
「釣り勝負です! 誰が一番魚を釣れるか、勝負!!」


 魚釣りなど、久しぶりだ……と言うより、この幸村、魚釣りは苦手だ。落ち着いて糸を垂れている事が出来ない。つい動いてしまうので、釣りに行っても坊主が多い。
 誰が一番釣れるか勝負、と言われても道具が無い、と言ったのは政宗殿だ。しかし 殿は最初から釣りも計画していたらしく、糸と釣り針だけは用意してあった。
「竿は?」
  殿が訊くと、「それは自己調達で。」と答えられた。餌も探さなくてはならないらしい。制限時間は1刻と定め、勝負の初めは竿探しからだった。丁度いい具合の木の枝や竹を探して竿の代わりにすると、今度は餌。ミミズやゴカイを探してある程度捕まえて、いざ本番、となった。
「旦那、釣れた?」
 佐助が釣り糸を垂れながら某に訊く。佐助は既に2匹ほど釣り上げた様で、政宗殿も1匹釣り上げている最中だった。
「なかなか釣れぬ。…此処は場所が悪いと思うか、佐助。」
「さぁ? 俺は釣れてるから、然程悪くも無いと思うけどねぇ。旦那相変わらず下手だねー。」
「うるさい。」
 某たちの会話が耳に入ったのか 殿は釣り針が足りなくて不参加だ。その代わり餌が足りなくなりそうになると、補充してくれる。
「どんな具合ですか?」
「旦那は坊主。俺は今のところ2匹。」
「政宗さんは3匹でしたよ。…じゃ、ミミズ足しましょうか。」
「忝い。しかし 殿はその、ミミズは平気なのでござるか?」
「平気って訳じゃないですけど、別に悲鳴上げて逃げ惑うほどではないです。」
 直接は触っていないし、と笑いながら 殿は小枝を箸のように使いミミズを某たちに割り当てる。
  殿はどんな按配だろう、と首を伸ばして姿を探すと、上流で竿を振っていた。某の視線に気付いたのか、 殿を見る。
「…釣れてるのかな。先刻から全然補充頼まれてないけど。」
「それは釣れていないと言うことでござるな。…引っかかりもしないのであろうか。」
 餌だけ喰われて針しか残っていなかったのが何回かあったので、某ですらミミズを足して貰ったと言うのに。
「でも サン、自分が負けるような勝負は挑まないでしょう。そこそこ腕に自信有り、と見たけど。」
「うーん……まぁ全く経験が無いわけでは無いですからね。でもそんなに上手い訳でも無いと思うんですけど。」
  殿が首を捻りながら言う。ともあれ、話ばかりしていて釣果が無いのも困るので、時間が来るまで糸を垂れ続けた。
「はーい、時間ですよー。」
  殿が終了を告げる。その声にあわせてそれぞれ釣果を持ち寄って結果を比べる。
「大漁ですな、政宗殿!」
 見ると政宗殿は12匹釣っていた。某はやっと3匹。佐助は8匹釣っていて、政宗殿は自分の勝ちを確信したようだ。後は 殿の結果なのだが。
「はい、 28匹〜。Champ?」
「なっ?!」「嘘っ!?」「はぁ?」「凄いでござる!」
 異口同音に 殿の釣果に驚く。文句なしに 殿の勝ちだ。
「おまっ、何か変なお願いしたんじゃねぇだろな!?」
 政宗殿が納得いかないらしく、 殿にかみつく。
「お願いかー、それは気付かなかった。てか疲れるし、やりませんよ。実力、実力〜。」
 人差し指と中指二本立てて嬉しそうな 殿が尋ねる。
「実力って、お前そんなに釣り上手だった? 殆どやった事無いじゃない。大体餌だって……はっ、まさか!」
 そう言うと 殿の使っていた竿を取り出して釣り針を確認した。
 何事かと某たちもその動作を見守る。
「お前、やっぱり!」
「うふふふふ〜。フラーイ・フィッシングー!」
 右手を高々とあげて宣言する 殿の手元を良く見ると、釣り針に奇妙な羽根のようなものがついている。まるで虫のようだ。
「フライ……Fry?
Fly-fishing、ね。いや〜、この辺りの魚、毛鉤に慣れてないのか釣れる釣れる。先生ありがとう、役に立たないかと思ったけど、立ったよ、疑似餌作り講習。」
「やっぱり……。」
  殿。意味が全く判らないので訊いてみると、 殿が使っていた針は鳥の羽毛をつけて虫に見立てた疑似餌と言う物で、 殿たちが自分の世界にいる時に先生と呼ばれる人に教えられたモノらしい。羽根をつけた針を水中で魚が蝿や蛾と間違えて喰いつくのを釣り上げるそうだ。
「別に疑似餌を使っちゃいけないなんてルールは作らなかったし。制限時間内にどれだけ釣れるかの勝負ですからね。 の勝ち! やったね。」
Goddamn!
 悔しがる政宗殿と対照的に嬉しそうな 殿。何だか本当に楽しげだ。
「凄いでござるなぁ、太公望も真っ青でござるよ。」
「あれ? 太公望って釣りの下手な人の事じゃなかったっけ?」
「じゃあ旦那だ。」
「いや、釣りをする人の事を太公望って言うんでしょ。 が言ってるのは、中国での意味。」
 某の失言にすかさず突っ込む 殿が訂正する。忝い。
「それで 。勝負には勝ったけどそれでどうするの?」
 道具を片付けつつ 殿は一瞬動作が止まり、「それは考えてなかった。」と言った。
「折角勝ったんだから、敗者には罰ゲームでもしてもらおうと思ってたけど……どうしようか。」
「そんな事訊かれても困るぞ。考えて無かったなら無効だ、無効。」
「独眼竜は2位だもん、罰ゲームには関係ないですよ。あるのはわんこちゃんだね。」
「せ、拙者でござるか?!」
 政宗殿は負けて悔しかったようだが、罰の対象が某と知ると面白がった。 殿にじっと見詰められて落ち着かないが、何やら思いついたようでポンと手を打つ。
「よし。わんこちゃんには今夜ちょっと付き合ってもらおう。空いてる?」
「こ、ここここ今夜?! な、ななな何、何に付き合うのでござるか!?」
「却下だ、却下! 幸村と夜に何をするってんだ! だったら俺が付き合う!」
  殿の言葉に驚く某と、憤る政宗殿。背後で何故か佐助が噴き出して政宗殿に睨まれていた。
「独眼竜だと面白くないからなー。やっぱりわんこちゃんで。夕餉の後に付き合ってね。じゃあそろそろ帰ろうか。」
 何か言おうとしていたのか、政宗殿が口を開いたが、 殿が欠伸をするのを見て溜息に変わった。
「遊び疲れて眠くなるって、お前は子供か。」
「子供ですから。…あー、でも本当に眠くなってきた。立ったまま眠れそう。」
「そんなんで馬に乗ったら危ねぇだろ。仕方ねぇな……。」
 そういうと政宗殿は自身が乗って来たのだろう、見事な馬を連れて来て 殿を乗せてその後ろに跨った。
「屋敷に着くまで、眠くなったら寝て良いぞ。押さえててやるから。」
「あー、ありがとう。助かる。」
 本気で眠いのか、 殿は生欠伸をしながら既にうつらうつらし始めた。それを見て政宗殿は苦笑しながら馬を走らせ始めた。
 某たちも慌てて追う。 殿が乗って来た馬は佐助が乗った。既に日が落ちるのが早くなってきたので、屋敷に戻る頃には暗くなり始めていた。


 結局、 殿の言った『罰げえむ』なるものに付き合わされる事となり、それが何かと言えば。
殿、疲れたでござる……。」
「本当、じっとしてるの苦手ですねぇ、わんこちゃんは。も少し待ってー。」
 言いながら手を動かす 殿。
 某の髪の毛を弄りたい、と言って櫛で梳き始める事暫く。「出来た。」の声に漸く解放されたと思ったら、今度は左月殿の御子息から頂いたという袿を持ち出し某に着せる。
「お、女物など……!!」
「罰ゲーム、罰ゲーム。着るは一時の恥ですよ。」
「ソレを言うなら聞くは一時の恥でしょう。」
  殿の訂正虚しく、しっかり袿を着せられた上髪に花まで挿される。政宗殿と佐助が大笑いするが、冗談ではない。このような姿男子一生の恥。お館様に何と言っていいやら。
「あースッキリした。似合うよ、わんこちゃん。やっぱり顔が良い人は何着ても似合うねぇ。」
「そのような言葉、聞かされてもこの幸村嬉しくはござらぬっ。悔しいばかりで……。」
「まぁまぁ。何かの時に役に立つかもですよ? ホラそこの二人笑い過ぎ。あんまり笑ってると、袿着せるぞ。」
 その言葉に、二人の顔が引き攣り笑いが止まる。
 それを見て 殿が小さく、「ちっ、惜しい。」と呟いた。どうやら本気だったようだ。それなら某も同感だ。この幸村ばかりが恥をかくなどどう考えても解せぬ。
殿、折角の勝負に勝たれたのだ。いっそ政宗殿と佐助にも『罰げえむ』をやらせたら良いのでは。」
「げっ! 冗談!!」「Ah?
 某の言葉に、二人が拒否反応を示す。が、 殿は「それもそうか。」とにっこり笑った。
「じゃ、独眼竜と猿ちゃんも。着替え宜しく〜。」
  殿の言葉に逆らう筈もなく、斯くして男三人袿姿となって一晩過ごす羽目となった。
 因みに二人は髪の毛が短い為、某のように髪を結われる事なく済んだので、その点については某よりもマシと言えよう。
  殿はどうやら某の髪を弄るのが気に入ったようで、その後も気が向いた時に髪を編むようになった。自分の髪ではやりにくいし、考え事をするのに没頭できて良い、と言われ某も髪だけなら然程害も無いので 殿のされるに任せている。が、時折花を飾るのだけは勘弁して欲しいと思う。


「しかし、本多忠勝殿に送られてきた時は驚いたが、何故?」
 思いついて 殿が忠勝殿に送られてきた時の事を訊いてみる。
 あの時は本当に驚いた。何せ、 殿が何時戻られるか判らずやきもきし始めた所へ何処からか轟音が聞こえ、遥か彼方の黒い点が見る見る大きくなって近付いたと思ったら、徳川軍の戦国最強と呼ばれる本多忠勝殿が 殿を抱きかかえて来たのだから。文字通り、『飛んで』来たらしい。
 某の問いに 殿が答える。
「こっちの屋敷に帰るのに、歩くのよりは早いかなー、と思いまして。実際物凄い速くて驚いたけど。さっすが戦国最強。」
「タクシー代わりに使うんじゃ無いよ……。」
 呆れて言う 殿が、たくしーとやらの説明をしてくれた。荷馬車をうんと速くしたものらしい。
 色々驚くべきことも多いし、次に何をするかサッパリ判らぬが、少なくとも 殿と知り合ってからは戦ばかりではなく他の事にも目が行くようになった。戦乱の世でそれが好い事かどうか判らぬが、悪い気はしない。そう佐助に言うと、佐助は「好い事じゃない?」と笑っていた。


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夏休み最後は川遊びです。
珍しく幸村主人公。途中乱入者ありですが。そう言えば幸村メインで長めの話って無かったなぁと思って。佐助はあるのにね。

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そんな訳で夏休み編3編です。甲斐勝負編は、あんまり甲斐編て感じじゃないですが。そして奥州暗躍編は凡そ夏休みとはかけ離れている(笑)
裏テーマはもしかすると戦国最強本多忠勝かも知れません。