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思い出の欠片

 記憶の中で人は美化されると言うけれど。
 美化され過ぎた思い出よりも、適当に気の抜けた付き合いの出来る今の方が嬉しかったりするのは、結局の所それが憧れの人だからかな?


 折角 様は城に着くなり3日も寝こむし、その後もほぼ殿が独占してるし、オレはオレで仕事が忙しくて会いに行くのもままならないしで、実はちょっとだけ機嫌が悪い。
 隣で馬を進めている延元は、未だ所々に傷があるものの、ほぼ治った様だ。
 延元は先日殿に必殺技をかけられて酷い有様だったのだが、伊達の人間は慣れているせいかそれとも元々丈夫なのか、傷の治りが早い。
「なぁ、延元ー。 様のこと、どう思う?」
様ですか? …そうですねぇ、非常に面白い方、ですね。」
「この間殿に言ってたじゃない?  様を嫁にくれって。…あれ、本気?」
「まーさーかー? そんな、それこそ殿に殺されるような事、言いませんよ。」
 オレの質問に延元は思いっきり手を振って否定する。…でも、そうか。やっぱり延元も思うのか。

 我等が殿は 様に惚れてるんじゃないだろうか。

 オレがそう思ったのは実はつい先日の事ではない。もっとずっと前、 様と出会って間もなくの事だ。いや、間違い。出会って、別れて、その後だ。
 当時のオレはまだ元服前で時宗丸と名乗っていた。殿は梵天丸。
  様は、オレと殿にとってHEROなんだけど殿にとってはそれ以上の存在だと思う。 様が居なくなってから暫くの間の殿の落ち込み様は半端じゃなく、その後引っ込み思案だった殿が、生まれ変わったかの如く性格が反対になったのと同じくして、 様の事を話さなくなった。言いたくないんじゃなくて忘れてたんだ、と言うのは 殿に会ってから判った。
 どうも 様は殿に自分の事を忘れる様に言ったらしい。でもそれはごく自然な成り行きで、オレだって 殿に会うまではすっかり忘れていた。
 一度だけ、オレ達を知らない 様に会ったことがある。その時はオレ達も 様のことを忘れていた。ただ、何となく見た事がある気がしてそれがずっと引っかかっていて。 様の身内では?』と訊いた時やっと思い出した。思い出したら後は記憶がどっと甦る。

 色々な、記憶。


 梵天丸が自室から出て来なくなって3日。何が原因かと言うと、まぁ 様が突然居なくなった事も然ることながら、実は延元の発言にも原因がある。
様、でしたっけ。勿体無いですねぇ。あれだけ凛々しいお顔立ちでしたら、確かにあの姿も似合うでしょうけれど、一度くらい小袖でも袿でもお着せになられれば良かったのに。」
「小袖? 袿? …なんでだ?」
「煌びやかな姿はお気に召しませんか。ですがやはり女子らしい姿も良いと思うのですがねぇ。」
 勝手に頷く延元を余所に、オレと梵天丸は延元の言った言葉に衝撃を受けた。
  様が、女子、という事にオレも梵天丸も全く気が付かなかった。何故延元が気付いたかと言えば、それは 様がオレ達を助けてくれた時、寺まで運んだのが延元だからだ。背負った時に気付いたらしい。小十郎はと言えば最初は男と思っていたが、後で女と判った様だ。 様は女にしては背が高いし口調も女らしくないのだが、凛々しい顔立ちの中の男にしては線の細い所が気になったらしい。
 ともかく 様の性別を知って以来、梵天丸は部屋に篭ってしまっい、部屋の前で声をかける小十郎は心労からか何だかやつれ始めた。今日も部屋の前で梵天丸を呼び続ける。
 いい加減に出てくれば良いのに、と思うと段々腹が立ってきてオレは小十郎に声をかけた。
「出てこないんだったら、引き摺り出せば良いんだよ! オレが行く!」
「時宗丸様!?」
 狼狽する小十郎を脇に追いやって、オレは梵天丸の部屋に景気良く押し入った。
 そして驚く。
 すっかり意気消沈して項垂れてるもんだとばかり思っていたのに、目の前にいるのは見た事も無い梵天丸の姿だった。部屋の中で暴れたのか、何時もならきちんと片付いている部屋が見事に荒れている。そして中央に立ってギラギラした目で此方を睨んでいるのは本当に梵天丸だろうか? 鷹のような目だ。
「梵天……。」
「時宗っ! 俺は、俺はっ……。」
 昂ぶり過ぎて言葉が続かないらしい。急いで梵天丸に近寄って抱き締める。
「落ち着け梵天丸! 何を怒ってるんだ一体。」
  様に怒ってる訳が無い。案の定、梵天丸は自分に対して憤っていた様だった。オレが抱き締めて背中を擦っている間に少し落ち着いたのか、梵天丸は話し始めた。
「俺は自分が情け無い。 は女の身で熊に怯む事無く立ち向かい俺達を助けたと言うのに、俺は何も出来なかった。もっと、何か出来たかも知れないのに。」
 梵天丸の言うことは尤もだ。実はオレも助けられた後暫く、何もできなかった自分が情けなくてもっと修行しよう、と決心したが、 様は何だか特別な気もしたのであれはあれで仕方なかったとも思えるようになった。だが梵天丸は折り合いがつけられないようだ。
「何か出来たかも知れないけど、逆に足手まといになったかも知れないじゃないか。あれは仕方なかったと思えよ。」
「だがっ……!」
 納得のいかない梵天丸にオレはもう一度言う。
様だって言ったろ? 自分の出来る事をしろって。あの時オレたちに出来たのは、 様の言った通り枝を拾い集める事だけだった。余計なことをしたら 様の邪魔になった。そうだろ?」
「…………。」
  様の名前は覿面に効くらしい。大人しくなった梵天丸は、オレに抱えられたまま暫く色々考えていたようで、やがてオレの胸を手で押しやって離れて言った。
「すまない、時宗。もう大丈夫だ。」
「オレより小十郎に言いなよ。心配してぶっ倒れそうだ。」
 その言葉に慌てて梵天丸が久しぶりに部屋を出ると、待っていたのは当の小十郎の説教だった。
「梵天丸様! お嘆きになるのは尤もでございますが、周りの人間の事もお考え下さい! 私だけではなく、皆さん心配してらっしゃるのですよ!」
「すまん、小十郎……。」
「それに仰ったではありませんか! もっと強くなる、と。 様が驚くほど強くなると誓われたのをよもやお忘れですか?」
「…忘れてない。その通りだ。」
 静かに言う梵天丸に、小十郎も漸く安心したようで、その後は3日も絶食していた梵天丸の為に粥が用意され、食べている間に散らかった部屋は元通り片付けられた。
 後は引っ込み思案で大人しかったのが嘘のように活発で才気あふれる若殿となった梵天丸に、これで伊達家も安泰だと家中一同大いに安心した。
 ただ 様の名を出すだけで赤くなったり青くなったりするのを見た時、名前を出すのは止めようと思った。女と知らなかった時は単に憧れて、 様みたいに強い人間になりたいと思っていたようだが、知ってからはただ憧れるだけでなく多少の劣等感もあったのか微妙な感情が入り乱れ、どうもそれが恋愛感情じゃないかというのに気付いたからだ。
 居なくなってもう二度と会えないかもしれない人間にそんな感情を持つのは物凄く不毛だとは思うが、コレばかりは本人もよく判っていなそうだったし、若しかして初めて会った時からそうだったのかも知れないし。
 そして今に至る、と言う訳だ。


 馬に揺られつつ殿が 様に憧れるようになった色々な事を考えていると、延元から声がかかる。
「成実くん、肩に毛虫。」
「うわっ!!」
 慌てて肩を叩いて毛虫を落とす。別に嫌いと言う訳では無いが、急に言われると驚く。
「…そう言えば成実くんは 様に最初の頃は喧嘩ばっかり売ってたって聞きましたけど、本当ですか?」
「本当だよ。だって 様ってあからさまに胡散臭い人だったしさー。早く寺から追い出そうと思って色々やったよ。」
 笑いながら答えるオレに、延元はどんな事をしたのか訊いて来た。
 思い返すと我ながら子供っぽい事ばかりしたなぁと思う。まぁ子供だったから当然だけど。
「箱一杯に蜘蛛を入れてそれを渡したりとか、あとは蛇とか蛙を 様が寝る布団の上に置いたりとか。ミミズを投げつけたりとか、まぁ色々。」
「…良くやりますねぇ。それで怒られなかったんですか?」
 呆れた様に言う延元にオレは苦笑しながら答えた。
「それが全然。大笑いされてその時はそれで終わり。」
「その時と言うと後も有るんですか?」
「それがさー、きっちり報復されるんだよ。」
 箱一杯の蜘蛛は袋一杯の芋虫になって返って来たし、蛇や蛙も翌朝倍の数になって置かれていた。ミミズを投げれば何処から調達したのかウナギを投げられた。因みにそのウナギはその後ちゃんと食べた。
「一番怖かったのは、朝起きたら鼻の頭にセミの抜け殻がついてて慌てて取ってよく見たら、寝てる周り中セミの抜け殻が囲んでた事だなー。…何か物凄く怖かった。」
 俺の言葉に延元が大笑いするが、冗談じゃない。本気であの時は怖かった。目の前に奇怪な生物がいると思ったら、周り中俺の方を向いてセミの抜け殻が並んでいた。夜中にこっそり並べたらしいけど、良くそんな事をするもんだと思う。延元も一頻り笑い終わって思ったらしい。
「よくもまぁ、そんな手間のかかる事を。並べるのも大変ですが、集めるのも大変だったでしょうに。」
「本当だよ。昼間何か集めてるなぁとは思ってたんだ。だけどまさか……オレ、あれで 様に逆らっちゃいけないな、と思ったもん。もう敵にするより味方にした方がいいなって。」
「成る程ねぇ。それで何時の間にか仲良くなってお二人のHEROになった、と。」
Yes。
 投げやりに答えると、延元は笑いながら言った。
「まぁそれが良いですよ。私も当時は直接お話していませんでしたから何とも言いようがありませんでしたけど、先日の一揆鎮圧の折の 様を見る限りでは敵にするよりは味方でしょう。誰の味方にもならないとは言っていましたけど、敵にさえならなければ良いですよ。殿の為にも出来れば味方でいて欲しいですね。…それにしても返す返すも勿体無い。」
「何が?」
 溜息をつきつつ勿体無いと続ける延元に、何が勿体無いのか訊いてみた。
「いえね、実は 様が快復された際に、殿や一門の方々と目通りする際お召しになってもらおうと袿を用意したんですよ。似合いそうなのを選んだつもりだったんですけど、着てもらえなくて。残念でした。」
「……それは、延元が見たかったのか? それとも殿の為?」
「殿の為ですよ、勿論。そしたらねぇ、なんて言われたと思います? 「貴方のそういう所は好きですけど、何か目論むなら相手を選んでください。」ですよ。しっかりばれてました。ははは。」
 まぁ要するに、延元は 様を着飾らせて殿を驚かせたかったらしい。確かにそれはオレも見たいかも知れない。着飾った 様じゃなくて、驚く殿の方。それで殿が自分の気持ちを自覚してくれると良いんだけれど。
 今、殿は 様の思い出と現実の差に戸惑っているようで、自分の気持ちに気付いていない。傍から見てると丸わかりなんだけど。実際、一門の中ではどうせ殿の室がいないなら 様を擁そうかという意見もある。但しそれは 様が自分の世界とやらに帰らなければ、の話。殿が天下統一を目指している以上、そして 様も恐らく誰かが天下統一するのを待っている。とすればいつかは居なくなってしまう訳で。
「…また殿が落ち込むかなぁ。」
「……それは、ね。仕方ないですよ。殿も自分の立場を判っていますから、10年前とは違います。折り合いはつけるでしょう。納得いかなくても。」
「そう、だね。」
 殿も昔とは違う。泣いたり喚いたり、はしないだろう。多少暴れるかもしれないけど。
 出来れば。本当に出来ればだけど。

  様が帰らなければ良いのに。

 そんな事をつい思ってしまう。
「無理かなぁ。」
 オレが呟くと、延元は「無理でしょうね。」と言った。…何が無理なのか、判っているみたいだ。
「延元もさ、侮れないよな。」
「当たり前です。幾つ歳が違うと思っているんですか、ヒヨッコが。」
 笑いながら馬を進める延元を睨みつけると、オレは馬を蹴る。
「じゃあオレは亘理に行くから。延元は城?」
「私も百目木の方に行ってから城に戻ります。ではここでお別れですね。」
「また城でな。」
 馬を駆けさせながら言うと、延元は手を振っていた。


 その後亘理の用事を済ませて城に戻ると、殿の機嫌が悪かった。何があったのか聞くのは後にするとして、とりあえず報告を済ませるとオレは 様に会いに行ってみた。どうせ殿の機嫌が悪いのは 様絡みなんだろうから。実際その通りだったのだが、その理由を聞いてオレは自分の計画が前途多難な事を思い知らされる。
 何でよりにもよって、オレが殿とくっつけたいと思っている本人が、殿に恋人や愛人や妻がいて当然と思ってるんだよ。いや、まぁいて当然と思っていても良いんだけど、自分はその対象に含まれていないと思っているのが問題だ。
 殿も難儀な人に惚れたよなぁ、とオレと延元が愚痴を言い合ったのは言うまでも無い。



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思い出話。何か、この二人は『殿で遊んじゃおう同盟』じゃないかと思います。主人公も勿論会員で。

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久しぶりに短めの話です。めっさ閑話。(笑)成実くんメインの昔話&主人公評。特に何と言うことも無い話ですが、延元氏と「二人をくっつけよう会」を密かに結成したようです。
話的には、本編11の後。袿云々の辺り、延元氏が何をしたかったのか説明不足だったかなー、と思いちょっとだけ説明。でも判りにくかったですね。
どうも鬼庭延元氏は書けば書くほど変な人になっていく……。