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コトバ

 遠くの方からバタバタと騒々しい足音が聞こえて来た。
「何でしょう?」
 景綱が不審そうに眉を顰めたが、俺はどうせまた が特に用事も無いのに訪ねて来たんだろう、と思い気にする事も無く目の前の仕事を片付ける事に専念していた。
 用事も無いのに訪ねて来るのは一向に構わない。と言うより出来ればそのまま城に居ついて欲しいと思ったりもしている。その事で景綱たちと作戦を練ったりもするのだが、良い案も浮かばずアイツのやりたいようにさせている。甘いと言われればそれまでだが、 を捕まえておく良い案があれば教えて欲しい。
「景綱。甘い物でも出しとけ。」
 筆を走らせつつそう伝えると、景綱も足音の主が誰か見当がついたらしい。即座に立ち上がり、既に俺の部屋に常備している茶菓子をいそいそと用意しだす。その間も足音はどんどん近付き、部屋の前でそれは止まり、勢い良く障子が開けられた。

「政宗さんっ!! お願いがあるんですけどっ!!」

「………………………………It is rare that you come。
 入ってくるなりいきなりそう切り出したのは だった。
 珍しい事もあるもんだ。 はそうそう出歩かないし、こんなに騒々しくも無い筈なんだが。
 俺が目を丸くして は目の前まで来て真剣な顔で言った。
「すみません、私異国語は得意じゃないんで。で、お願いが。」
「何だ? アンタが頼みごとなんて珍しいじゃねぇか。言ってみろよ。」
 初めの内こそ控えめで慇懃な振る舞いの だったが、最近は丁寧な物腰は変わらないもののうっかり者で粗忽者、一言余計、と言う地が出てきている。だが此処まで騒々しいのは珍しい。
 俺が訊くと は来た時の勢いとは裏腹に、躊躇う素振りを見せた。どうも言いにくい事らしい。
「言えねぇのか? 景綱が気になるんだったら席を外させようか。」
「いえ、良いです。ちょっと……。」
  は言いながら深呼吸し始めた。何か、勢いが無いと言えない事らしいが、一体どんな頼みごとなのか。どうもこの姉妹の頼みごとは碌な事が無い様な気がするのは気のせいだろうか。
 暫く悩んだ後、 は言い難そうに言った。
に一泡吹かせたいんで協力してくれませんか。」
「………………Ah?
 思わず間抜けな声を出した俺を責められる奴は居ないと思う。


 やや暫くしてから今度は ちゃん知らない?」と訊いて来た。
 知ってはいたがそれには答えず、 に逆に尋ねる。
「…アンタ、あいつに何したんだ? えらく怒っていたぞ。」
 俺がそう言うと は肩を竦めた。
  の話を総合すると、どうやら にとって腹に据えかねる事をやったらしい。それがどんな事かは教えてくれなかったが、怒った は俺のところにわざわざ来て、 に逆襲しようと目論んだ様だ。
 何をされたか気になるが、何をさせたいのか。そっちの方が問題だ。
  の頼み事は保留にしてある。理由も判らず が教えてくれた方法自体、あまりやりたくはないからだ。 には一応、気が向いたら、とは言ってある。
「取り敢えずお互い頭冷やせ。で? アンタはそれだけで来たんじゃねぇんだろ? 何だ?」
 俺がそう言うと はポンと手を打ち俺に言った。
「そうそう、実は独眼竜にお願いが。」
「……またか。」
 姉妹揃って願い事か、と思わず呟いた俺に は「また?」と不思議そうな顔をしたが誤魔化す。
「コッチの話だ。で? アンタのお願いは断れないんだ。言ってみろ。」
「断っても良いですよ。強制的なお願いじゃないから。ちょっと手紙を書いて欲しいだけで。」
「手紙?」
 思いがけない願い事に訊き返すと、 は頷いて懐から何やら取り出した。覚書のようだ。
が書いても良いんですけどね。 の字と言うか、文章はあんまりこの世界の人向きじゃ無いんで。だったら代わりに書いて貰おうかと。」
「代書か。それなら俺より延元や景綱の方が適任だ。何だったら呼ぶぞ。」
「え〜? 独眼竜、手紙書くの好きでしょ。良いじゃないですかさ、代わりに書いてくれたって。」
「生憎と俺は生来の筆不精だ。何処からそんな情報が出たんだ。」
「ありゃり。微妙に設定が違うなー。 の世界に実在してた独眼竜は物凄い筆まめだったらしいけど。違うのか。まぁ別に良いですが。」
 意外そうに言う だが、それはコッチも同じだ。
 時折 が自分たちの世界の事を話してくれるが、あいつ等にとって俺達が過去の時代の人間だと言う事がどうもピンと来ない。それは恐らく過去の話にしては余りにも詳しいし(それは色々研究されているからだ、と言う事だが。)、微妙に歴史がずれているせいか似通っている所や全く違う所、其々が色々絡み合って複雑だからだと思う。
 それはともかく、そんなに大した願い事で無い事にホッとして、俺は の願い事をきく事にした。
「誰に何を書くんだ。あんまりPrivateな事は書く気ねぇぞ。」
「どっちかって言えばオフィシャルかな。えーとね。ちょっと待って。書いてくれるんならその前に準備が。」
  はそう言うと今度は「机、借りるね。」と文机の前に座り何やら紙を折りだした。何をしているのか、さっぱり判らない。
 ちまちまと紙を折っていたかと思うと、今度はそれをまた広げ直して俺に手渡す。
「この紙に書いてくださいな。まぁ見ての通りの大きさなんで、そんなに長文じゃないですからさ。」
  の言うとおり、折れ筋の入った紙は正方形で然程大きくも無い。これに長文を書けと言う方が無理だろう。大体にして折れ筋の入った紙に文字を書くという事自体大変だ。
 筆を持って準備を整えた俺に大まかな字の大きさを指定すると、 は先程懐から出した覚書の様なものを読み上げた。

「お元気ですか、 です。以前お願いしていた件ですが無事姉も見つかりましたので、合戦を始めるようでしたらどうぞ御随意に。いつか何処かで対峙する事になると思いますが、その時はよしなに。それと答え合わせをしたいとお思いでしたら甲斐か奥州をお訪ねください。皆様によろしくお伝えください。では。」

 ……はっきり言ってこれを真っ当に読める文章にするのは大変だ。
 仕方なくほぼ の言った通りの内容を紙に書きとめ、終わってから に渡す。
「宛名と署名くらい自分で書けよ。……誰に出す気だ?」
「ヒ・ミ・ツ〜。…っと、これで良し。早く乾かないかなー。」
 紙に息を吹きかけて墨を乾かす。乾いた所で再び は折角書いた手紙をまたちまちまと折りだした。折れ筋がついていた分折り易かったのか、あっという間にソレは完成して は何やらぶつぶつと呟きながら廊下へと向かう。
 どうなるのかと見物していると、 は何かの形に仕立てた手紙を空へと投げ上げた。弧を描いてゆっくりと落下して行く、と思った途端、ソレはいきなり姿を変えて天空へと舞い上がり、そして遠くの空へ消えて行った。
「何だ? 鴉……じゃねぇよな?」
「一応鶴のつもりだったんですけど……紙の殆どが字で埋め尽くされてたから黒い鶴になっちゃったなー。」
 頭を書きながら部屋に戻った は、目敏く俺の傍に置いてあった菓子を見付けて食べても良いか俺に目で訴えて来た。元々そのつもりだったので、入れ物ごと差し出す。
「なぁ、アンタが何でも有りな人間だって言うのはいい加減承知していたつもりだがな、先刻のは一体なんだったんだ?」
 先程の飛んでいった黒い鶴が気になって訊いてみる。と、 は事も無げに答える。
「式神…みたいなもの。ちょっと縁あって陰陽師と知り合った事があってね。その人が教えてくれたんですよ。何かあったら式を飛ばして連絡出来る様にしろって。」
「また随分とRareな奴と知り合うな。だけどそれなら最初から を探すのに式神を使えば良かったんじゃ無いのか?」
「その通りなんですけど、生憎 の力だと、判っている場所で無いと飛ばせないんで。 ちゃんの居場所が判らない内は使えなかったんですよ。」
 そういう理由なら仕方ないか。確かに が何処にいるか判らずフラフラ彷徨っていた間に、使えるものならとっくに使っていたんだろう。
 菓子を美味そうに食べる が言っていた事を思い返す。


「一泡って、アイツはそう一筋縄じゃいかないだろう。どうする気だ。」
  に一泡吹かせたいから協力して欲しい、と言った に俺は訊いた。はっきり言って俺の知る限り に勝てる奴はそう居ない筈だ。本人が言った通り、俺や幸村よりその辺を歩いている町人の方が勝てる確率は高い。ただし武芸の嗜みがあれば、だ。気配丸わかりで腕が未熟とあれば簡単に反撃されるのは目に見えている。その辺を訊くと、 は少し考えてから言った。
「偶には困らせたいってだけなんで、政宗さんが協力してくれれば割と簡単かな、と思います。」
Hum?
 俺が続きを促すと は咳払いしてから徐にある異国語を口にした。
 それを聞いてずるり、と俺の顎が添えていた手から外れ、脇に控えていた景綱があんぐりと口を開ける。
「この台詞、日本語で に言って貰えませんか?」
 ぽかんとする俺達に気付かないのか、 が続けて言う。
「じょっ、冗談じゃねェっ! 異国語でも言い難いのに何でわざわざ日本語で言わなきゃなんねェんだよっ!!」
「やっぱりダメですか。そしたら異国語でも良いですよ。どっちにしろ は意味判るし、物凄く嫌がるだろうから。…本当は日本語の方がより嫌がるんですけどね。」
「大体な、何でその台詞なんだ。」
 下を向きながら に尋ねる。耳が熱いと言う事は、顔もかなり赤いのだろう。はっきり言ってこんな顔は見せられねぇ。
 俺が下を向いているのを怒っていると勘違いしたのか、 が慌てて言った。
「ごめんなさい、でも政宗さんにこの台詞言われたら、先ず間違いなく は驚くと思うんですよ。」
 そうだろうな。どうせアイツは俺の気持ちなんか気付いちゃ居ないんだから。
「政宗さんに言われたら絶対驚いて嫌がって逃げ出すと思うんですよねー。なまじ好みなだけに。…ダメですか。」
 ダメも何も、と答えようとした時 の言葉に気になる単語が含まれているのに気付いた。
「何だ? なまじ好き、ってのは?」
は政宗さんのことかなり好きですよ。アイツは小学生……えーと、元服前の男の子みたいな好意の示し方しますから。好きだから苛めると言うか、からかい甲斐があるというか。」
 それじゃまるで子供じゃないか、と言おうと思ったが止めた。大体好きと言われて一瞬喜んだが、良く聞けば結局は俺の望む『好き』とは違う気がする。
Favorite dearって奴か。」
「んー? 多分……そうだと思います。」
 自信無さ気に答えるFavoriteよりAffectionの方が良いとは言い辛い。
 そもそもこの姉妹の恋愛に対する鈍さと言うか疎さはどうにかならないものか。何となく腹が立ってきて、思わず に詰め寄る。
「前から訊きたかったんだがな。アンタも も、惚れた腫れたって話にちっとばかり鈍過ぎるんじゃねぇか? 何か理由でもあるのか。」
「惚れたって……えーと、もしかして政宗さんて、そのー……?」
 信じ難いと言わんばかりの目つきで俺を見る に仕方なく頷く。それを見て は大きく口を開けて俺を凝視した。
 仕方ないだろう、俺だって自覚したのはつい最近だ。周りからは色々言われ続けていたが、やっと自分でも認める気になった。俺が を好きだ、と言う事に。
 やや暫くしてから は慌てて謝ってきた。
「す、すみません。それじゃやっぱり本気だったんですか。私、てっきり何かの気の迷いかと思ってました! それじゃ尚更そんな言葉、冗談では言いたく無いですよね……。」
 何かの気の迷いだったらどんなに楽か知れないな、と思う。
 俺の に対する気持ちを薄々感じてはいたようだが、どうも は信じたくなかったようだ。やっと信じて、気落ちしている に俺は再度理由を問い詰めてみた。
「私も も言っちゃなんですが、余りそういう恋愛事には縁が無いんで……。自分たちには関係ないと思ってるものですから。気がつかなくてごめんなさい。」
「関係ない? お前達の年頃なら関係なく無いだろう。…それともやっぱり二十歳を過ぎないとダメとか言う決まりでも有るのか?」
 以前から自分たちは未だ子供だから、と言い続ける たちの言葉を思い出し、もしかして成人してからでないと惚れた腫れたは御法度か、と思い訊いてみる。もしそうなら自分たちに縁が無いと思っていても不思議ではない。
 だが はそれは無いと答えた。男女の契りを交わす事も大っぴらではないが出来ると言うので益々 の言う事が判らない。関係ないと何故言い切れるのか?
 俺が相当怒っているように見えたのか、 は若干怯えながらぼそりと言った。
「えーと……政宗さんて私と初めて会った時に、何て言ったか覚えてますか?」
First?
 いきなり言われて思い返す。確か と初めて会ったのは、俺が川中島の武田本陣に乱入した時の筈。
「アンタの事を武田のAgentと勘違いした時か?」
「その後ですね。私が の姉かどうか確認する為に景綱さんたち三人と話し合いをしたじゃないですか。」
Ah……。」
 そう言えばそんな事もあったか。だがその時の会話は終始 の事だった気がする。俺は何と言ったのか?
 考え込む俺に は溜息混じりに言った。
「開口一番、アンタHandsomeだな、って言ったんですよ。」
「…そうだったか? で、それがどうかしたのか。」
「ですから、初対面でハンサムだな、と言われるような容姿なんですよ? 私たち。一応説明しておきますが、私たちは元の世界でも身長は高い方で、更に言うなら子供の頃からそれは変わりません。」
「だからそれが…………。Ah〜、I see。
 それがどうかしたのか、と言おうとして気がついた。
 つまり、 たちは男に間違われやすいと言っているのだ。子供の頃から、とわざわざ言う位だから、恐らく長い事女扱いよりも男扱いの方が多かったのでは無いだろうか。その点を確認すると、やはりその通りだったようだ。
「ですからね? 少なくとも私と同年代の異性は恋の相手にはもっと女の子らしい娘を選ぶし、年代が違うと知り合う機会も少ないし。元々性格的にそっちの方は縁遠いし。そんなこんなで私たちには関係ないなー、と思うようになっちゃったんですよね。」
「だがなぁ。一人や二人くらい、お前らみたいな毛色の変わったのが好きだって言う物好きはいなかったのか?」
「生憎とサッパリ。だってね、政宗さんにしてみれば私たちは大人かも知れませんけど、実際は子供ですし。性格もどちらかと言えば異端な方ですし。…あんまり自分より背が高くて変人を好きになるような物好きと言うか出来た考えの持ち主って、同世代には居ませんよ。」
 自分たちを卑下しすぎるんじゃないのか、とも思われる発言だが、今迄の言動からすると事実を述べているんだろう。俺からすれば喩え男みたいだろうが変人だろうが、 という人間が俺に与えた影響は計り知れなく、そして充分好意を寄せるのに値するのだが。
「アンタ達の世界の男は見る目が無いって言うか……未熟だな。」
「子供ですから。」
 俺の失礼な発言に は事も無げに言い切った。


 取り敢えず、 に一泡云々は保留にしておいてお互い頭を冷やせと言って、 は今景綱に連れられて他の部屋に行っている。どうせ が来るだろうと踏んでいたからだが、まさにその通りだった。
 菓子をパクつく の脇で、俺は紙を試行錯誤しながら折っていた。見ていた時は簡単そうだったが、実際やってみると結構難しい。俺が苦心しているのを見かねたのか、 が食べるのを止めて折り方を教えてくれる。
 出来上がった鶴は俺が投げてもただ落ちるだけで、飛んで行ったりはしない。やはり が特別なのか。
 俺が残念そうな顔をしたのを見て、 が笑って言った。
「独眼竜でも飛ばせる折り方、あるよ。簡単だから教えてあげる。」
 言いながら既に折り始め、直ぐに出来上がる。鶴とは違った変わった形のものを俺に手渡すと、 は持つ場所と投げ方を指示する。半信半疑で言われた通りにやってみると、驚いた事に投げた後ふわりと浮かんで弧を描くように部屋の中を飛んで暫くしてから着地した。
「紙飛行機、ね。工夫さえすればもっと滞空時間を長く出来ますよ。」
「へぇ。コレ、もっと大きく作ったら乗れねぇか?」
「んー……無理、と言いたい所だけどなんとも言えないねぇ。若しかして姫親さんのトコに開発依頼したら出来るかもですよ。」
「……良いんだ、ちょっと思いついただけだからな。」
 空を飛んでみたい、と思って言っただけなので、元親の名前が出て思わずむっとする。確かにアイツの所なら、頑張れば似た様なのを作る事が出来るかも知れない。何せ重騎を作るくらいなんだから。
 紙飛行機を弄びながら、何とはなしに訊いてみる。
「なぁ。アンタ……好きな奴とかいないのか?」
「居ますよ。独眼竜とか、わんこちゃんとか猿ちゃんとか。皆好きかなー。」
「そういう意味じゃなくて……。」
 そのまま言葉を濁す。多分言ったところではぐらかされるのがおちだろう、と思い、もう一つ気になっていた事を訊く事にした。
「先刻知り合いの陰陽師がどうのって言ってたが、どんな奴だ?」
「物凄く有能でお人形みたいな美人で自分がお人形だと悩んでた人ー。結構話すと面白い人だったですよ。」
「美人……女か?」
「いや、男。でも美人。」
  が美人だと言うなら美人なんだろう。それを聞いて、何となくムッとする。恐らくこの世界の人間ではないであろうその陰陽師に、嫉妬するのも莫迦だと思うがしてしまったものは仕方ない。
「そいつとは普段何してたんだ? アンタの事だからどうせ変な事に首突っ込んでたんだろ?」
「変なって失礼な。その通りですけどね。」
 憤慨した素振りで は答えた。
 どうもその陰陽師とその仲間が、とある少女に想いを寄せ合うのを見守っていたらしいが、よく判らない。俺がそう言うと は笑って言った。
はねー、他人の恋路を見守るのが好きなんですよ。特に女の子は応援するねっ! 野郎はどうでも良いんですけどねー。」
「……その野郎どもの中にはアンタを口説こうとかする奴はいなかったのか?」
「ああ、それ。どの世界にも一人はいますよ。本気じゃなくて口先だけで口説こうとする人が。大体聞き流してますけど。」
「ほぅ…………。」
 俺の声が低くなったのに気付いたのか、 が無意識に身構えた。
「中には口先だけじゃなくて本気の奴もいたかも知れないぜ?  チャン?」
「それは無いでしょう。そんな物好きそうそう居ないって。それにもし居たら、速攻で逃げるよ 。」
  の言葉に、俺の米噛がピクリと動く。
 自分で、自分を好きになる奴を物好きと言い切る辺り、どうやら本気でそう思っているようだ。余程自分には縁の無い話だと思い込んでいるようで、此処にその物好きがいる、とちょっと言いたくなる。
 実際のところ、物好きは多かったのでは無いか、と思う。 の世界の男がどうであれ、他の世界の男までそうとは限らないだろう。寧ろ違う世界の人間の方が の魅力に気付いているのではないか。そう思う。
 何だか考えていたらムカムカと腹が立ってきて、 の願い事を思い出し、実行する気になった。


 実行する気になったものの、いざとなると中々踏ん切りがつかない。あたりさわりの無い話をしつつ の退路を断ち、誰にも邪魔されない事を確認してから漸く言葉が出た。
……。俺はアンタが好きで、必要としている。だからアンタが欲しい。判るか?」
も好きですよー。でも伊達軍の所属にはなれませんよ。他にもそう言ってくれる人がいるんだからさ。我慢、我慢。」
 ……どうもApproachの仕方を間違えたらしい。 には俺の軍へ来いと聞こえたようで、あっさりとかわされる。
 仕方なく、と言うより半ばやけくそで の顔を両手で挟んで俺の方へ無理矢理向かせ、思い切り顔を近づけて囁いてみる。

「愛してる。」

「はぁ?」
 ぽかんと口を開けて固まる に続けて囁く。
「俺にはアンタが必要だ。アンタが欲しくてどうしようもねぇ。…だから俺のモノになれよ。」
  には、「I love you、I need you、I want you。」の三つを言えと言われたから最後の一言は余計だ。だがここまで言わないとこの大鈍女は判らないだろうから付け足してみた。
 ついでとばかりに の口元に俺の唇を近付けようと、更に顔を近付ける。と。

「ぎゃーーーーーっ!! さっ、さっ、さぶイボ! 鳥肌っ! ブツブツ〜〜っ!!」

 耳元で大声で叫ばれ思わず耳を押さえると、 は俺の腕の中から転がるように抜け出て赤いんだか青いんだか判らない顔色で、必死になって腕をさすった。
「なっ、なっ、何の冗談ですかさっ!! 鳥肌たったよっ!!」
 半ば涙目になって訴えて来るが、どうやら冗談で片付けたいらしい。俺もここまで嫌がられると、いっそどうしてくれようかと思う。
 冗談で済まそうか、それとも……。
 首を振って考えを振り払い、 に言う。
Ha! 本気で嫌がるなよ。コッチが萎えるだろ。アンタ本当に自分が絡むとこの手の話は弱ェみたいだな。 の言うとおりだ。」
ちゃん? 非道いなぁ、冗談でも止めてくださいよ。」
 ブツブツ文句を言う だが、警戒しているのか俺を遠巻きにしようと少しづつ後退っている。そんな態度に少しカチンと来る。
「アンタが冗談にしたいって言うなら、冗談なんだろ。決めるのは俺じゃねぇ。アンタだ。Okey-doke?
 未だ腕をさする の手首を捕まえて、もう一度思い切り顔を近づけてそう言った後、思いついて捕まえた手首に軽く口付ける。ついでに手の甲にも。
「っヒィィィッ!! やーめーてーーっ!!」
  は言うなり俺を撥ね退け、再び両腕をさすり出した。珍しく狼狽える の様子が可笑しくて、思わず俺は噴き出した。
「アンタ…なんて顔してるんだ、何時も余裕綽々のクセに。本っ気で苦手なんだな。」
「独眼竜〜っ! 怒るよ、本当に。冗談も休み休み……。」
 真っ赤になって憤る の言葉を遮る。
「言ったろ? 冗談かどうか判断するのはアンタだって。俺が本気で言ったかどうか、アンタが決める事だ。俺は…………愛してるぜ、 チャン?」
「うぎゃーーっ!!」
 脱兎の如く逃げ出す の後姿を、俺は大笑いしながら見送った。多分、アイツはこれは冗談だと済ませるんだろう。それならそれで一向に構わない。決めるのはアイツで俺じゃ無い。
 俺が本気だとアイツが理解するのを待つだけだ。俺はもう決めたんだから。


 その後、 は暫く俺を避け続け、いい加減にしないとまた言うぞ、と俺が脅しをかけて漸く避けるのを止めた。
 俺と と景綱は、片や呆れ此方溜息をついた。
「そんな言い方じゃ絶対本気にされませんよ。」
 と 。景綱も同様に俺を非難する。
「大概になさいませ。 様がお決めになるとは言え、政宗様がそのように冗談めかしては本末転倒でございましょう。本気にされない挙句他の方を選ばれたらどうなさるおつもりですか。」
「どうもしないぜ。俺を選ばないなら他の奴も選ばせないまでだ。」
 言い切る俺を は少しだけ悲しそうに見て、景綱も溜息をついた。
 そんな二人を無視して俺は紙飛行機を飛ばす。
 自由に空を飛んで、何処へ行くか判らない紙飛行機だが、折り方を工夫すると元の場所へ舞い戻る。
  が悲しそうな顔をした理由は判っている。俺の気持ちが に通じようが通じなかろうが、いつか は居なくなる。それは判っているが、せめてその時が来るまでは。
 何処に行くにしろ俺の所へ戻ってくれば良いと思う。
も酷い女だよな……。勝手に来て勝手に過ごして勝手に去ろうとするんだからな。人の気持ちもお構い無しに、自分勝手もいいところだ。」
 苦笑しつつそう呟くと「政宗さんがソレを言いますか。」と が余計な突っ込みを入れた。


「そう言えば一体何をされたんだ?」
 ふと思いついて訊いて見る。万理が何故あんなに怒っていたのか理由を知りたい。だが俺に小突かれて頭をさする万理は、やっぱり の姉らしく「ヒミツです。」と言って理由は教えてくれなかった。



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本文中に出てくる陰陽師はご多分にもれず泰●さんです。明でも継でもどっちでも。
政宗さんはお菓子を常備して餌で釣ろうとしているようです。それは結構正しい。(笑)
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主人公の苦手なものを。
喧嘩の理由は単純なものです。…多分。