ホーリー
夜中、異様な気配に目が覚めた。
曲者かと思いそっと刀に手を伸ばすが、ふとその気配に覚えがあるのに気がついた。
一体何をしに夜中に閨まで忍び込んできたのか興味が湧き、寝たふりをして相手が近付くのを待つ。そろそろと近付く相手が手の届く距離まで来たがもう少し待ち、枕元まで来た所で布団を跳ね除け起き上がる。
「うわぁっ!!」
いきなりの事でかなり驚いたのだろう、叫び声を上げる相手をそのまま引き倒し動けないようにする。
「何しに来やがった、真田幸村ぁ! 夜這いか、夜襲か……アァ?」
「めめめ、滅相も無い!!」
俺の語尾の変化に気付かず、幸村は焦って答える。俺がまじまじと幸村の顔を見ている間に、騒ぎに気がついたのだろう景綱が慌てて飛び込んできた。
「何事でございますか! 政宗様!! ……何故真田様がこのような夜分に?」
「…曲者だ、ひっとらえて処分しちまえ。」
「ひ、酷いでござる政宗殿!」
何だか萎えた気分で言う俺に、幸村は文句を言うがそう言われても仕方の無い恰好をしている。
何故か顔に白い綿を纏わりつけて、髭の様にしている。
「何なんだよ、その顔は。アァン? 妙ちきりんな恰好しやがって。」
「こ、これは
殿が……。」
「Ah?
? …あいつまたおかしな事を考え付いたのか。」
が妙なことを思いつくのは何時もの事だが、それに他人を巻き込むのは珍しい。何時もなら自分が率先してやる筈なんだが……そこまで考えてふいに気付いた。しまった、
が忍んで来たら問答無用で褥に引き込めたのに。何で今回に限り幸村なんかに頼むんだ。
無性に腹が立って、八つ当たりなのは判っていたが景綱に言う。
「簀巻きにして甲斐に送り返しちまえ。何だったら2〜3発殴っても構わねぇぞ。」
「政宗様、それは……。」
景綱が呆れて言いかけた所へ幸村が割り込む。
「それは余りな仕打ちでござろう、政宗殿。
殿に頼まれてはるばるやってきたと言うのに、その様に言うのであれば折角の贈り物、渡す訳には参らぬ。」
「贈り物?
からか?」
俺が訊くと幸村は機嫌を損ねているらしく、返事をしない。仕方なく「冗談に決まってるだろ、やらねぇよ。」と言って漸く続きを言う気になったようだ。
「これを政宗殿の枕元に置いて来る様に、と託り申した。確かにお渡し致す。」
言いながら大き目の箱を俺に渡す。かなりど派手な紙に厳重に包まれていて、何が入っているのかかなり重い。
「…その恰好で渡すように言われたのか?」
しみじみ見ると、顔に白い綿を付けているだけでなく、頭には白縁の赤い頭巾、身体には赤い羽織袴を着けている。…かなりお目出度い恰好だと判っているのだろうか?
俺の質問に、幸村も流石におかしな恰好だと言う自覚があるのだろうか、一瞬自分の身体を見てから若干困った顔で頷いた。
「何でも、『苦しますの三太苦労す』とやららしいのであるが……。」
「苦し……? ああ、ChristmasのSanta Clausか。アイツも次から次へと良く思いつくな。」
聞いた事はあるが、見た事はない。異教の祭に関わる人物だった筈だ。恐らく本当はこんな格好では無いと思うのだが、多分それらしく見えれば良いと適当に着せたのだろう。
渡されたPresentの中身が知りたくなり包みを解きながら幸村に訊ねる。
「で? アンタに夜中に俺の所へ忍んで行くよう頼んでおいて肝心の
は何やってるんだ? まさか屋敷で寝てる訳じゃねぇんだろ?」
「
殿も幸村同様三太とやらになって出かけている次第。何処へかは知らぬが、朝には戻ると言っておられた。」
「出かけたぁ? …だったら自分で来りゃ良いじゃねぇか……。」
幸村の返事に思わず本音を漏らすと、珍しくボソリと幸村が突っ込みを入れた。
「…政宗殿に襲われたら拙いと思ったのではないでござるか。」
「………真田、言うようになったじゃねぇか。Killぞ。」
景綱は俺たちの遣り取りを見て笑いながら退室した。このまま放っておいて問題ないと判断したのだろう。
余計な一言を言った幸村を一発殴って、俺は包みを開けて中身を確認する。
見た途端、思わず感嘆の声を上げてしまった。
「まったこりゃ……随分と立派な……何処で手に入れたんだ、アイツ?」
しげしげと見惚れるそれは、大振りの異国の剣。派手な装飾を施されているがそれ以上に俺が気に入ったのは、既に所有している牙龍よりも大きく放電している雷属性の力。成る程、何もしないでこれだけ放電しているなら包みも厳重になる訳だ。
俺が感心して眺めていると、幸村も同様に惚れ惚れと見入っていた。
「何だ、羨ましいのか。やらねぇぞ。」
「う、羨ましくなど……す、少しはあるかも知れぬ。ううう、やはり
殿は某を嫌っているのだろうか……。」
「またその話か? 何だよまさか何も貰えなかったとか言うんじゃねぇだろうな。」
以前幸村は
に嫌われているかも知れないと落ち込んでいた時期があったが、またその話を蒸し返そうとするので俺は違う方に話を振った。
が俺だけにPresentを用意した筈が無く(実際、他の奴の所に配りに行っているらしいし)、幸村も何か貰った筈。俺の問いに幸村は途端に嬉しそうな顔になる。
「いや、
殿はきちんと某にも用意してくださった! ただ武器で無いと言うだけで、贈り物には変わらぬのだから、嫌われてるわけでは無いのだな。」
「だからそう言ってるじゃねぇか。…武器じゃねぇとなると、何だ? 防具か書物か?」
「食べ物でござった。特別に作ってくれた『けえき』とやらで……格別に美味かった。」
食べた時の感動を思い出したのだろう、幸村はうっとりとして思い出に浸る。何故か
は時々料理を振舞う。味はかなりバラつきがあり、美味い時もあれば表現し難い時もある。幸村がこれだけ浸っていると言う事はかなり美味かったのだろう。
のいる屋敷にはかなり頻繁に行くようになったが、それでも料理を振舞われるのは稀でしかも味が良いとなるとかなり貴重だ。その点、何時も屋敷に滞在している幸村は食べる機会が多いので何となく悔しくなり、思わず後頭部を殴りつける。
「い、痛いでござる!」
「うるせぇ。ちょっとした八つ当たりだ気にするな。」
食べ物の恨みは恐ろしいんだ、と付け加える。
それにしても、
は何処へ行ったんだ。配り歩くと言ってもまさか全国各地に行くわけじゃ無いだろう。そんな事をしていたら身体が幾つあっても足りないし、俺だけ代理と言うのも気に食わない。
無性に腹が立って幸村に更に八つ当たりをしようと思ったところへ、佐助が現われた。
「はいはい〜っと。ウチの旦那苛めるの止めてよね。旦那も、
サンに頼まれてたもの渡して無いでしょ。さっさと渡して、とっとと退散!」
「そ、そうであったな佐助! 忝い。」
「頼まれてたものぉ?」
いきなり現われた佐助にも驚いたが、まだ渡されるものがある事に驚く。待っていると幸村が懐から何か親書のようなものを差し出す。どうやら
が書いた文らしい。
「これを政宗殿に渡すように、とも託った。返事は良いそうだから某はこれにて失礼させて頂く。夜分失礼仕った。」
「それじゃ、まったね〜。」
余程俺の八つ当たりが厭なのか、幸村と佐助はそそくさと帰ってしまった。あっと言う間の事で、なんだか狐につままれた様な気分だ。だが、それよりも
の文の方が気にかかる。
俺は灯りを増やして字が良く見えるようにしてから文を広げた。
の字は何度か見た事があるが、大体楷書で書かれているので然程読むのに支障は無い。支障があるのは文そのものの方だ。
口語体で書かれたそれは読みやすいと言えば読みやすいが、漢語に慣れてる身としてはやはりどちらかと言えば読みにくい。そんな事を思いつつ広げた紙には数行の文字が躍っていた。
「なんだ、こりゃ?」
思わず口に出してしまったが、どうやら宴への招待らしい。異国語と日本語を織り交ぜた文章は、俺だから読めるようなものの他の人間にはまず読めないだろう。それを見越してこんな文を書いた……訳がないな。単なる気まぐれだろう。アイツはそういう奴だ。
「ま、来いっていうなら行くけどな。」
文箱にしまいながら俺は呟く。何となく厭な予感がするのは、気のせいだろうか。
「独眼竜、これ掻き混ぜて。猿ちゃんはこっち火加減見てて下さいねー。」
指定された日時に
を訪ねて行くと、前掛けを渡されて料理を手伝わされる羽目になった。
「こういうのは普通客にやらせるもんじゃねぇだろ。」
俺が文句を言うと、
は「だって独眼竜料理得意だし。客じゃないし。」とけろりと答えた。客じゃなければ、どうして招待状なんか出すんだと突っ込みを入れようと思ったが止めた。どうせ言い返されるのがおちだ。その代わり別の質問をする。
「
は手伝わねぇのか。」
「
ちゃんにはお部屋のセッティングをして貰ってます。大体、あの人に料理はさせられない。」
「前から訊こうと思ってたんだけど、
ちゃんてそんなに料理下手なの?
サンは結構色々作るじゃない。」
佐助が鍋から目を離さず、
に訊く。それは俺も知りたい。確かに
が料理をした、と言う話は一切聞かない。何しろうっかり
が居る事に気付かないで食事の支度をしないでいたら、そのまま食わずに過ごした事がある位だ。普通腹が減ったら何かつまむ物を見つけようと努力しそうなものだが、それすらしなかったようで
曰く、「あの人は結構ぐうたらですからねぇ。」と言う事だった。
佐助の質問に
は顔を顰めた。
「
ちゃんはねぇ……誰が作っても美味しいものを不味く作れるんですよ……。それこそ天才的に。分量通りにやってそこはかとなく不味いのは多分火加減とか手順とか、その辺が原因だと思うんですけど、それに余計な一手間と一工夫をするもんだから、そりゃもう不味いの何のって。」
「それは……。」
「Dangerousだな。」
意外な
の一面を知った所で、
は幾つか仕上がった料理を佐助に運ばせた。そのままパソコンとか言う機械を操作して自分が作っている料理の手順を再確認していた。
「便利な機械だな。」
「うん、重宝しますよ。…あー、ちょっと失敗したかな? でも食べた事無いしこんなもんで良いと思うんだけどなー。」
言いながら仕上がった料理を少し口に放り込む。食べたことの無いものは確かに味の見当なんかつかないだろう。
「不味くなきゃ良いんだろ。ちょっと食わせろ。」
言って
がもう一口、と思ってつまんだのだろう手に持ったソレをそのまま俺の口に入れる。
「……こんなもんじゃねぇか? 俺も初めて食うもんは判らねぇな。だが嫌いな味ではないな。」
「美食家が言うならオッケーでしょう。じゃ、そろそろ時間だし部屋の支度も終わってると思うから行きましょうか。」
はそう言うと両手に皿を載せて料理を運び始めた。そこで漸く厨の外で心配そうに見守っていた女中たちが慌てて皿を取り上げて此処から先は任せろとばかりに料理や食器を運び始める。
「あら。運ぶもの無くなっちゃった。」
「やらせとけば良いんだ。人の仕事を取るもんじゃねぇだろ。」
「そうですね、お仕事取っちゃいけませんねぇ。じゃあ手ぶらで参りましょうか。」
往復する女中を労いつつ部屋に向かう
に俺は幾つか質問した。
「誰を呼んだんだ? それに先刻そろそろ時間とか言ってたが、俺は時間通りに来たぞ?」
「独眼竜はお手伝い込みの時間を指定させて頂きました。それ以外の人は、まぁ料理にかかる時間を逆算して終わる頃に来るように、と。」
だからそれは誰なんだ、と聞こうとした所で部屋に着き、他に招かれた奴等が判った。
「
ちゃん! 久しぶりだな、おらちゃんと時間通りに来たぞ?」
「いっちゃん来てくれてありがとう。似合ってますよ、その飾り。沢山食べてね。」
部屋に入るなり、いつきが飛び出してきて
に抱き付く。嬉しそうなガキにこれまた嬉しそうな
に思わずムカつく。何で
はこの小娘に甘いんだ。よく見ればいつきの頭に見慣れない髪飾りが挿してある。多分
が贈った物だろう。確かによく似合ってはいるが気に入らない。
憮然とした俺の表情に気がついたのか、いつきが何となく勝ち誇ったように笑った気がする。
部屋には俺と幸村のほか、何故か家康と蘭丸がいた。
「…何でお前らがいるんだ。」
「招かれたからに決まってるだろ、バーカ。」
「ワシはこやつにこき使われたんじゃ、労われて当然だろう。」
二人とも口が減らない。思わず殴り飛ばそうかと思った所へ、
が気がついた様に声をかける。
「そうそう、豆千代くんはお疲れ様でした。平ちゃん貸してくれて助かりましたよ。五月雨丸くんもそれ似合いますよ。」
に言われて得意げな蘭丸は、どうやらいつき同様何か貰ったらしい。見た目はサッパリ判らないが。まぁ男の、しかもガキの姿など碌に見ちゃいないから何処が変わったかなんて判りはしないが。しかし、と言う事は
がPresentを持って行った先は最北端と尾張か。
「随分距離が離れてるじゃねぇか。まさか一晩で行ったって事はねぇよな?」
「一晩ですよ。その為に豆千代くんに協力してもらって平ちゃん借りたんだもん。」
俺の質問に答える
の後ろで、
が吹き出す。
「おっ、お前。忠勝さんをトナカイ代わりにしたのっ?」
「だってトナカイいなきゃサンタじゃないじゃん。いや〜、楽だったよ寒かったけど。往復が速いこと速い事。」
何だか訳の判らない会話だが、どうやらSanta Clausにトナカイとかいうものは付き物らしい。
にこっそり訊くと鹿のような角を持った獣のようで、それが空を飛んでSanta Clausを乗せた橇を引いて子供たちにPresentを贈るそうだ。ご機嫌な
を背中か肩に乗せて飛ぶ本多忠勝。…何だか状況が目に浮かぶ。
「ちょっと待て、子供って俺もか?」
「んにゃ? 独眼竜はたまたま武器が手に入ったのでついでにあげようと思っただけで。まあこのパーティーの趣旨は20歳以下限定なのでこの人選なんですけど。」
見ると確かに佐助や最近入り浸り気味の信玄公の姿がない。聞けば別室で似たような料理を振舞われているらしい。左月もそちらに居るらしいので後で顔を覘かせた方が良いだろう。どうせあの豪胆な爺さんは武田軍に囲まれた所で屁とも思っていないだろうが、一応顔だけは見せておかないと。
そんな事を考えている間に
は料理を各自に振舞い始めた。一番のMainは先程悩んでいたRoast Chickenらしい。全員食べるのが初めてな為恐る恐る口に運び、入れた瞬間箸の進みが変わる。
「
ちゃん、これ美味いべ! 栗とキノコが入ってるだな。ほんわか甘いな。」
いつきが目を耀かせて
に言う。
も失敗したかも知れないと言っていただけに、反応が良い事にホッとした様子だ。
「甘いのは多分栗が入ってるからだと思いますよー。沢山食べてね。ケーキもあるよ。」
「けぇき?」
「先日頂いたものでござるか?」
「あれとはまたちょっと違います。クリーム作るの面倒臭かったんで、単なるカステラみたいになってますが……。わんこちゃんにも悪いしね。」
言いながら素朴な見掛けの物体を差し出す。幸村は自分が食べたCakeとは違う事に安心したようだ。同じだと『特別』と言う感覚が無いからだろう。
「あ、クルミが入ってる。カステラって言うよりパウンドケーキじゃない?」
「そうだね。材料全て凡そ1ポンドで作ってるから。わんこちゃん、どう? こないだのとはまたちょっと違うんだけど口に合いますかねぇ?」
が尋ねると幸村は既に口いっぱいに頬張って頷くだけだ。俺も食べてみたが、結構いける。今日は成功の日だった様だ。
部屋の中を見回すと、
が設えたのだろう妙に派手な飾り付けをされた木が1本置いてあった。しげしげと見ているのに気付いたのか、
が言った。
「クリスマスツリー、ですよ。宗教的には若さとか不老を示す緑の木に、生命を示す赤いリンゴと金の星、知恵の杖、清浄たる雪。とは言え
が飾りたかっただけなんで宗教的意味合いはこの際無いですけどね。」
「…正月飾りみたいなものか?」
「まぁそんなもんで。」
の「全然違う。」と言う突っ込みを無視しながら
は俺に包みを手渡す。いつき、家康、蘭丸にも同じ包みが渡された。
「ケーキ大目に作ったんで、ナルちゃんたちにお裾分け。城に戻ったら一緒に食べて下さい。五月雨丸くんも魔王殿と奥方に渡してください。」
幸村は自分だけ渡されなかった事にがっかりしていたようだがまた作るから、と言う言葉に安堵する。結構得な奴だ。先日来た時に、もう少し余分に殴っても良かったかも知れない等と不穏な事を考えていると、
が俺に料理と飲み物を勧めてきた。
「…酒はねぇのか。」
「未成年の集まりにお酒は無いです。欲しかったら虎さんチームに行って下さい……と言う冗談はさておき、ケーキにお酒は合わないでしょ?」
「……これだけ甘いとな。だが飲むものが茶か白湯ってのもどうだかなぁ。」
俺が愚痴ると
は肩を竦めていつきや家康に料理を勧めに行ってしまった。
しかし今回はアイツが何をしたいのか、サッパリ判らない。自分が楽しければ良いと公言して憚らない
だが、今回は他人に施しと言うほどでも無いが似たようなものだろう。料理を振舞ったり贈り物をしたりといつに無く献身的だ。
俺が余程難しい顔をしていたのか、
が苦笑しながら近寄ってきた。
「何が何だか判らない、って顔をしてますね。」
「No wonder。アンタ理由が判るか?」
「少し。私の希望と
の願望……かな?」
短く答える
は一瞬複雑な表情を浮かべ、それが
と似ていてやはり双子だ、と思う。
「希望と願望ってのはどういう意味だ?」
「普通にクリスマスのお祝いをしたいな、って言う希望と皆が仲良くしてると良いな、って言う願望。…多分この世界にもクリスマスの行事ってあると思うんですよ。外国に行けば。ただ、それは私たちの知ってる行事ではない。もっと真摯で敬虔な行事だと思います。私たちにとってのクリスマスは、子供にプレゼントを渡して美味しいものを食べて、飲んで、家族で過ごして、ってそういうもの。後はまぁ……こ……。」
「こ?」
「Lovers day……。」
顔を僅かに赤くして
はそう言うと、キョロキョロと辺りを見回した。どうやら
が近くに居ないか確認したようで、聞こえない位置に居るのを見て俺に耳を貸せと手振りをする。
「Hum? …それは……何でわざわざ俺に?」
「私からのクリスマスプレゼント、って事で。健闘を祈ります。」
が耳打ちした内容をどう実行しようか考えていると、
は俺が不憫で、と余計な事を言う。まさか憐れまれるとは思わなかった。
「誰のせいだと思ってるんだ、全く……。」
「
のせいです、決まってます。」
「Surely。」
言った後お互い顔を見合わせて苦笑する。本当に全く、要らぬ心配やら苦労やら、思いがけない驚きとか……ソレを楽しむ俺も結構……莫迦かもな。
食事が終わると、家康と蘭丸は其々自軍に戻る事になった。行き先はほぼ同じ様な場所なので、家康と一緒に来ている忠勝に乗って帰るらしい。いいように使われているな、と思いつつも忠勝に乗るなら俺もちょっと乗ってみたい。
「アンタは帰らないのか?」
「おらは
ちゃんと
ちゃんに一晩泊まってけって言われただ。だからまだ居るだよ。」
得意げに言ういつきを一瞬殴りたくなったが、流石にこんなチビに大人気ない。肩を竦めるだけにとどめておいて、
に尋ねる。
「これでお開きか? …ちょっと物足りねぇな。」
「独眼竜はお酒が飲みたいんでしょう。仕方ないですねぇ。虎さんチームと合流しましょうか? 向こうは成人の集まりなんでお酒ありますよ。」
はそう言うと続き部屋の戸を開けさせた。隣の部屋では既にかなり出来上がっている左月と信玄公がいて、佐助はと言えば普段通りの顔色で呑んでいる。
「おお、政宗様。此方で一献如何ですか?」
「幸村、おぬしも飲め。」
出来上がっている年寄り二人から盃を受け取り、宴会が再度始まる。
意外な事に幸村は結構いける口で、右党かと思ったが両党だった様だ。俺もどちらかと言えば両党なので、不思議ではないが面白くない。幸村を酔わせて悪戯するのも面白いと思っていたんだが。
おれがそんな事を考えつつ
に目をやると、アイツも同じ様な事を考えていたらしい。少し残念そうな顔をして俺の視線に気付くと苦笑していた。
いつきはと言えば子供のクセに結構酒豪のようだ。まぁ雪国では酒でも飲まないとやってられない、と言うのも多少はあるので飲める様になったんだろう。これには
も目を丸くして見ていた。…そう言えば。
「おい。
。」
「は? 何ですか政宗さん。」
いきなり声をかけられて驚く
に俺は以前
に酒を勧めて断られた事を持ち出した。
「あの時、確か延元に邪魔されて結局一口も飲まなかったろう。この際だ、一口くらい飲め。」
「えー……あ、あんまり飲みたくないんですけど……ダメ、ですか?」
悪足掻きをする
に構わず盃を押し付ける。困った顔で固まる
に、不思議に思って訊いてみる。
「何でそんなに厭なんだ? 別に飲んだ事がある訳じゃないんだろ? だったらこの機会に飲めるかどうか試してみれば良いじゃねぇか。」
「あー、私は、飲んだ事が無いですけど……。」
語尾を濁す
だがその言い方にピンと来た。
「
はあるんだな?」
「まぁ……何事も経験だ、と言う事で。試した事がありますね。」
の説明によると、家族全員飲めない体質なので自分も多分飲めないだろう、と言う事だ。そして
が試しに飲んだ後の姿を見て、飲まないと決めたらしい。
「下戸か。そりゃ面白い。どうなったんだ?」
「政宗さん好奇心猫を殺すって諺を知らないんですか。…何をするか判らなくなるんですよ。」
「そりゃいつもの事だろ。」
こそこそと話していると、突然
が割り込んできた。
「なーに話してるんですかー? ダメですよ、
ちゃん取っちゃ。
ちゃんは
のオネーさん。ね?」
が抱き付きながらクスクス笑う。抱きつかれた
は一瞬頭を抱えて、溜息をつきながら信玄公たちに尋ねる。
「
……飲んだの? 誰ですか、
にお酒を勧めたのは?」
「ワシが勧めたが……拙かったか。」
「いえ、この位なら多分……。おーい、
。大丈夫?」
「水持って来ようか?」
に抱きついたまま動かなくなった
が心配になったのか、佐助が訊く。しかしそんな心配を余所に、
はいきなり笑い出した。
「ふふふふふふふふ。優しいですねぇ猿ちゃんは! わんこちゃんは良い部下持って幸せですねぇ。あはははははー。」
不気味なほどに笑いの止まらない
に、一同顔を見合わせる。勧めた信玄公はかなり気まずい様だ。
だが
はあまり気にしていないようで、落ち着いて
に話しかけた。
「ご機嫌だねぇ、
は。眠いでしょ? お部屋で寝る?」
「うー、眠く、無い……。」
そう言う割に目は虚ろだ。ここまで無防備な
も珍しい。
の言う通り
は随分とご機嫌なようで、
に抱き付きながらニコニコとして取りとめもなく話し始めた。
「虎さんにね、お酒を勧められて。まぁ一旦お断りしたんですけどー、美味しくて飲みやすい酒だからって言われてね。其処まで言われたら試してみたくなるじゃないですかさー。飲んだらねー、ふふふふ。」
「はいはい、良かったね。」
「良くないのー。美味しくないのよー。やっぱり飲める身体じゃないんだねぇ。あははははは。」
どうやら
は笑い上戸のようだ。コレくらいなら別に可愛いもんじゃないか、と俺が思っていると突然
が言った。
「ねー、
ちゃん。チューして良い?」
「ダメ。…政宗さんに頼めば?」
「
ちゃんが良いのに……。じゃ、頼んでみる。」
がっかりした
が俺に向き直って同じ事を訊いていた。『チュー』と言う単語が判らなくて戸惑うが、
が断ると言う事は、良くない事のような気がする。だが俺に勧めると言う事は悪くも無いのだろうか。戸惑っている間に、
はがっかりした顔で「独眼竜もダメならいっちゃんに頼もうっと。」といつきに同じ事を言った。即座に頷くいつきを
は嬉しそうに抱かかえて頬に口付けた。
「おい、チューって……。」
「政宗さん、折角振ってあげたのに……。」
慌てる俺に呆れたように
が呟く。だが判らなかったんだから仕方ないだろう。
今更してくれと言うのも変な話で、失敗したと思う。
「笑い上戸じゃないのか?」
「ソレも含まれますが、要するに『何をするか判らない』って言うのは、どういう状態になるか見当もつかないって事です。首絞められた事がありますよ。…多分、箍が外れるんでしょうね。」
普段から箍が外れてるような奴だが、更におかしくなると言うのか。
気がつくと
はいつきから離れて、幸村に近付いていた。ニコニコとやはり同じ事を訊く。
「ちゅ、ちゅちゅちゅ、ちゅう?? いやっ、そ、そそ、それはっ!!」
一部始終を見ていた幸村も流石に『チュー』が何であるか判ったようで、顔を真っ赤にして後退る。このままでは無理矢理幸村に迫るな、と思い俺は舌打ちして立ち上がると、
の襟首を掴んで引き摺るように部屋の隅に連れて行く。
いきなり移動させられて驚く
の頬に口付けを落とすと、
は笑い出した。
「独眼竜がしたかったのか! こう言う時は、メリークリスマスって言わなきゃダメですよ。」
「Merry Christmas。これで良いだろ。…もう一度、良いか?」
「良いですよ、じゃあ反対側にね。」
そう言って反対の頬を俺に向けるので、もう一度口付ける。ついでに唇も、と思い顎を掴んで上を向かせると、
は突然気付いた。
「ヤドリギだ。…うん、まぁヤドリギの下なら仕方ないですね。」
「だろ?」
俺が
を連れて行った場所には、ヤドリギがぶら下がっていた。
公式サイトで丁度クリスマスシーズンのアンケートを行っていまして、サンタ、トナカイ、クリスマスツリーが似合う武将は誰か、と言うものだったんですが。それの発表前に慌てて書き上げました。何せ絶対トナカイは忠勝だろう、と踏んでたんで。そしたら意外や意外、トナカイトップは幸村でした……。(笑)
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クリスマスな話です。ネタ的にはかなり前から出来てたんですが、進みが悪くてねぇ。本編の進みが悪いのと一緒です。
判らない方への解説。ヤドリギの下にいる女性にはキスしても良いという風習が英国にはあるそうです。ケルト由来の風習らしく、本来は敵同士がクリスマスにヤドリギの下でお互いを許しあう、様な事らしいですが。あとは北欧神話か。
因みにこの後、唇にしたかどうかは……。ご想像にお任せします。(多分する前に主人公は昏倒してます。)
公式サイトでトナカイ役を発表される前に書き上げたかった(笑)良かった。