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立待月

 いざ酔えと盃重ね見上げれば躊躇いのぼる有明の月。

「何だ、そりゃあ。」
 呆れたような声に振り返ると、最近すっかり見慣れた顔。美人は3日で飽きると言うが、それは間違いだ。飽きるのでは無くて、慣れる、だ。多分逆もまた然りで不美人も3日で飽きるんだろう。慣れるのでは無くて。
 それはともかく、彼の問いに答えようかどうしようか悩んでいると、勧めてもいないのに勝手に隣に座って話を続けられた。まぁ此処は彼の家(と言って良いのかは悩む。何せ家には広すぎるし人も多すぎる。)だし、 は居候みたいなもので彼がどうしようとどうでも良いんだけど。
 それにしても美人だ。特に右に座られると、彼の端正な顔がより際立つ。因みに の右側に彼が座るのは癖と言うか単に刀を置いておく場所が欲しいと言うか、彼なりの事情があるらしい。 もどちらかと言うと人の右側で話していたい口なので、彼に右に座られると非常に居心地が悪い。まぁそんな事は言いませんが。
「何じっと見てんだよ、気味悪ィ。」
「おや、それはSory、Sorry。I'm sorry。邪魔なら消えますよ。」
 そう言って立ち上がる素振りをすると、右袖を掴まれ無理矢理元の位置に座らされる。
「で? 何なんだ先刻のは。」
「んー……和歌…もどき?」
 月が綺麗だったので、以前ちょっと戯れに詠んでみた歌を思い出して呟いたら、それを聞かれただけ。それだけなんだけど、余りに気にするのでもう少し説明する事にした。
「奥州に来る前に世話になった人と歌を詠み合った時の私の歌。お題は『十六夜』で。」
 あの時も月が綺麗だった。向こうは戯れに話を持ちかけて、 は何時もの如く適当に流すつもりでこんな歌を詠んだのだけど、それが却って受けてしまった。
「…道理で。だからって3度もお題を詠み込むか?」
「和歌の手法知らないからね。でも結構受けましたよ?」
「…………相手は。」
 何か物凄く厭そうに訊いてくるので、それが却って可笑しくて、つい意地悪。
「ヒミツ。」
 案の定、益々不機嫌になる。
 どうも彼は に対しては子供の様だ。本人気付いているのだろうか。多分、気付いてはいない。
 今だって、面白い玩具を取り上げられた子供みたいに拗ねている。普段は天上天下唯我独尊の癖にねぇ。可哀相だから少しだけ種明かししておこう。
「白い髭と髷の似合う豪快なオジ様ですよ。」
「……フン。」
 鼻を鳴らして盃を口にする竜の口元に十六夜の月。


 月明かりに誘われて、縁側で月見酒でも洒落込むか、と出て見れば既に先客が居た。
 静寂の中、呟きがはっきり聞き取れその内容に思わず突っ込んでみた。
 アイツの右に座って返事を待つが、中々答えない。答える気が無いのか、俺の顔をじっと見ているかと思えば、直ぐに腰を上げて立ち去ろうとする。つい袖をつかんで引き止めたが、それが良いのか悪いのか。俺にも判断つきかねる。
 和歌を嗜むとは思わなかったが、その余りに『らしい』内容に心の中で拍手する。ただ、歌を詠み合った、と言うのが気に入らない。いや、気になる。相手が誰か訊いても何時も通りの調子で「ヒミツ。」と来る。
 時々思うのだが、こいつは俺の事を何だと思っているんだ。友人か、弟か、玩具か。
 年齢で言えば俺の方が上だし、中身も間違い無く上だと思う。だが、どう言う訳か時々無性に俺が子供のような気になるのは……昔の事が原因だろうか。
 どうやってもこいつには勝てない、と思う。それが原因じゃないだろうか。
 不機嫌な思いで盃を口にするとゆらりと月が浮かび上がる。それと同時に、相手が爺さんだと明かされて何となくだが気分が軽くなったのは……深く考えないでおく。
 こっそり左を見れば、蒼い翳を帯びた顔。そう言えばこいつは半病人だった。
「起きてて大丈夫なのか。」
「別に。昼間寝過ぎたくらいだから。ほぼ回復してますよー。Don't worry。
「心配はしてねぇけどな。」
 そう言って盃を空けてもう一度注ぎ、一応勧めてみるが首を振られる。まぁ判っていたけどな。
 暫く二人並んで月を眺める。どちらも無言で。
 沈黙が気にならないのは、多分この月のせい。煌々と輝く猶予う月。


「何で覗き見なんてしてるんですか。」
「だって気になるじゃん、殿がどう出るか。」
「ここで押し倒すくらいの気概があれば喝采ものですけどね。」
「普段の殿ならすぐソレだけどねー。」
「止めてください、二人とも。冗談でも後が怖い。」
 こっそり二人の姿を物陰から覗く面々。隠れているつもりだろうけど、生憎静かなだけに小さな声も良く聞こえてしまう。
 バカな事を言ってるなぁと思いつつ、右側を見ると肩が震えてこめかみに青筋。耐えてます、この人。逃げた方が良いな、三傑。だけど面白いから放っておこう。
 でも一応。
「リクエストに応える?」
 言うと一瞬驚いた顔になり、すぐに物凄く厭そうな顔になった。
「……その気も無いくせに良く言うな。」
「うん、まぁ一応。もしそっちがその気になったら言ってね。」
「それで速攻で逃げるんだろう。」
 勿論、と頷くとそうだと思った、と苦笑され。
「今更逃げられたくねぇからな。止めとく。」
 この人、今物凄い事言ったんですけど。気付いてるのかねぇ?
 まぁでも。何もしないと言うのなら、暫く居ても良いかな。ここは結構居心地が良い。
 相変わらず後ろではひそひそバカな会話が繰り広げられていて、隣には酒のせいだけでも無いけど、僅かに顔を赤くした美人がいて、空にはお月様。うん、良いんじゃないかな、たまにはこういうのもさ。

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訳も判らず終わる……
名前を出さないで何処まで書けるか挑戦してみましたが、途中でどうしても入れたくなって「竜」だけは入れた……それが無ければ、人物特定出来……たか、やっぱり。(笑)
立待月は十七夜月です。十六夜月の翌日か。(陰暦8月だけど、まぁその辺はスルーで。夏とは限定しない。)