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真夜中の訪問者

 貴女なんて嫌いよ。

 そう言うと彼女は薄く笑って「もですよ。」と答えた。

「何故そんな意地悪を言うの? 市が……悪いから?」
「さーて。嫌いと言われて嫌いと返して、それで何を言う事が? そもそもお姫様、貴女は何故を嫌いだと?」
「それは……。」
 返す言葉が見つからない。
 だって、理由が無いのだから。
 あの方は誰の事も悪く言わないから、兄様さえも悪く言わないから、だから言ってみたかっただけ。市をもっと見て、もっと知って、と喉元まで出かけた言葉を飲み込んで、嫌いと言ってみた。ただそれだけだから。
 だけどそんな事は判っているみたいで。窓に腰掛け、市を見る眼差しは若しかして憐れんでいるのだろうか。
「そんな目で見ないで……。」
「どんな?」
「市を……憐れんでいる様な……目。」
 おどおどと呟くと、クスリ、と微かに笑いが零れた。何故笑うの? やっぱり……市が悪いから?
「お姫様は憐れまれる理由があるの? 憐れむどころか少しばかり羨ましいと思ってるんですけどねぇ。」
「市が……羨ましい?」
 どうして? 闇に染まった市がどうして羨ましいの?
 戸惑った視線を投げかければ、彼女は仕方無さそうに指折り数えた。
「貴女を愛してやまない家臣が居て、ちょっぴり不器用だけどやっぱり貴女を愛している旦那が居て。自分から好意を示さなくても周りから愛されるなんて、羨ましいじゃないですかさ。」
「それは……そんな事、無い……。愛されてるのは、貴女の、方……。」
 小さく呟くと首を傾げられた。そして時間が来たのだろうか、突然立ち上がって窓に手をかけて振り向き言う。
「まぁ、ね。お姫様は自覚した方が良いですよ。どんなに自分が愛されているかって事とか、幸せかって事を。目を背けてもそれは変わらない事実。だからもう少し胸を張って生きても良いと思いますよ、はね。」
「行ってしまうの?」
「これ以上は居られないから。…またその内。じゃあね、お姫様。」
 そう言って手を振り窓の外に身を投げた彼女を、呼び止めようとしたけれど、其処に既に姿は無く。居たという証さえ、無い。有るのはただひたすらな夜の闇。

「市が……幸せ?」

 小さく呟く。
 本当に、幸せなのかしら?
 でも、そうね。振り返って見れば、長政様は口喧しく色々言うけれどそれは市の為を思ってこそだし。家臣たちは市を慕ってくれている。それは確かにその通り。
 いい面だけをみれば確かに市は……幸せ、なのかも知れない。
 兄様の事さえ無ければ。
 全ての罪はそのせいだから。市の罪は兄様の妹として生まれてきた事……。
 あの方はそれさえも幸せな事と言うのかしら?
 ふらりとやって来て市の心を波立たせる。何もかも見透かしている様な笑顔。

「貴女なんて、嫌いよ。」

 嘘よ。好きだわ。

END

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嫌い嫌いも好きのうち。素直になりきれないお姫様。