日生劇場・東京二期会「ルル」

 何度も言うが、私はCDでオペラの予習ということをしない人である。そんな私がオペラを数回しか観ていない時分に、どんな音楽なのか知りたくて3作品だけCDを買ったことがある。「魔笛」と「トゥーランドット」と「ヴォツェック」である。実は、このうち「ヴォツェック」は、本当は「ルル」が欲しかったのであるが、地元のレコード屋では当時さすがに置いていなく、やむなく「ヴォツェック」で我慢したのである。(注、私はスメタナ愛好家でもあるので、スメタナだけは別で、CDを買い揃え続け、今ではオペラの全作品が押入れに揃っている。)

 しかし、なぜ何も知らない状態でありながら「ルル」に惹かれていたのか、いまだにはっきりとした理由は分からない。その一種理解できないのに興味をそそる物語のせいであったろうし、「ルル」というおそろしくすっきりとしたタイトル自体が気になったせいでもあると思う。なんとなくあやしげな雰囲気が漂う、不健全でいけない大人の世界の魅力を、「ルル」に予感していたのであろう。私は、そういう無垢な少年であった。

 その後、CDもビデオも鑑賞することができたし、それ以前に原作も読んで、まだ舞台を観ていないながらも、ある程度の様子はつかめることができるようになった。やっぱり予感していた通りにおもしろいオペラであったが、ただどうも身近には感じられない。登場人物の誰も身近に感じられないし、音楽自体も身近には感じられない。それなのになぜか惹かれる不思議な作品である。もしかしたら私の心はまだ無垢なのかもしれない。

 「ルル」の公演は、ドイツのオペラハウスの演目にはよく見かけるのに、日本では滅多に舞台にかからない。しかも今回は、日本人の団体による初公演ということもあれば、上演する方にだって実験的な要素があるかもしれない。だから「ルル」の本質的な魅力を垣間見ることができるかどうかも不明だが、とにかく舞台で観ないことには感動は始まらない。

 さすが「ルル」。開演早々、多くの観客を深い眠りに陥らせていた。しかも休憩時間には疲労感を告白する声が、あちこちから聞こえてくる。確かに、舞台で観ても、決して楽しい感情も悲しい感情も呼び起こさない。だけどこれが「ルル」なのであろう。舞台の上のルルも楽しそうでもなければ悲しそうでもない。とはいえ、オペラとしてのおもしろさも感じる。何か深遠な本質が見えてきそうで、目も耳も気を緩めることができない。

 何が「ルル」なのか、ひたすら集中していると、あっという間に4時間の公演が終わった。なんだか、期待していたより毒気が少ない。もちろん演出や演奏によるものだと思うが。でも、なんとなく期待していた不健全でいけない雰囲気の魅力ではない。「ルル」の世界とは、そんな世界ではなかったのか。あるいは私が無垢ではなくなったのか。もっと違う演奏・演出の「ルル」も観なければ。

 帰宅すると高熱を出して、仕事を休んだ。毒気か。

(2003年11月23日 日生劇場)

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