バーデン市立劇場「ヴェニスの一夜」

 J.シュトラウスのオペレッタは「こうもり」しか知らないも同然、という貧弱な知識しか持たないまま「ヴェニスの一夜」の舞台に接したら、J.シュトラウスのイメージが変わってしまった。「こうもり」だけを観て聴いていると、金の時代のコテコテのオペレッタ、というのがJ.シュトラウスのイメージだったが、実際はそれだけでなくて、銀の時代につながる渋くて上品な面も持っている、ということがわかった。

 「こうもり」から「ヴェニスの一夜」までには10年以上の歳月があるからかもしれないが、なかなかしっとりしたシーンもあって楽しい。音楽も時々、「オペラ」的な響きを見せて、もしシュトラウスが本格的な「オペラ」を作曲していたらどうなっていただろう、という興味も出てくる。もちろん、耳に残って思わず自分も歌いたくなるような楽しい曲も次から次へと現れる。それに、ウィーンやハンガリーではなく、ヴェネチアが舞台だということも、この作品の雰囲気を豊かにする要因になっている。

 このように、「ヴェニスの一夜」を通してJ.シュトラウスを再評価できたのも、今回のバーデン市立劇場の来日公演が、予想をはるかに超えて良かったからだろう。チケットを買ったからには期待して行くのだが、その期待度というのは、前評判や自分のカンでそれぞれの公演によって違ってくる。このバーデン市立劇場は、私の心の中での期待度というのは、それほど大きくなかった。もしかしたら二期会のオペレッタを観に行く時よりも期待は小さかったかもしれない。

 ところが、私のカンは見事に外された。なんともすばらしい舞台だった。オケも合唱もソロも小さくまとまっていて、それでいて華やかさは十分にある。ストーリーはわかりにくいが、歌を聴いて演技を観ているだけでとっても楽しくて幸せになってくる。特別歌が上手いとか演技が上手いとかいうわけではないのに、どうがんばっても二期会では太刀打ちできない何かがある。

 舞台装置も全国巡業する割には予想外に立派で、特に第3幕の朝もやに包まれたヴェネチアの広場には、一瞬ハッとさせられる程の美しさがあった。

 ところで、今回は平日(火曜日)の公演で、会社勤めが終わってからオペラに出かけるというのは、新入社員の時に1回あったきりだ。会社員をしているとただでさえ定時で抜け出すのは大変なのに、不況のリストラの波で人が少なくなっている今時は至難の業だ。しかし、前の週も「微笑みの国」が仕事で行けなかったので、今度は意地でもと思い、スッと抜けてきた。多少の罪悪感も舞台を観ているうちにすっかり消えてしまったが、翌朝の同僚の「昨日は突然いなくなったね。」という冷ややかな言葉には、ただ笑うしかなかった。

(10月6日 習志野文化ホール)

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