国立オペラカンパニー青いサカナ団「あさくさ天使」

 「あさくさ天使」というネーミングからは予測がつかないほどヘビーなオペラであった。昨年も同じく東京文化会館の主催で神田慶一の新作を観ている経験から、そう長くはないだろう、6時半開演だから多分9時頃には終わるだろう、と勝手に考えて、途中の腹ごなしは軽いサンドイッチだけを持っていたのだが、入口で終演予定時刻9時55分という表示を目にして、ほんの少し腰を抜かし、これではサンドイッチぐらいでは腹が減るぞと思い、あわてて食料を買い足しに出たのである。実際には終演は10時をまわり、3時間半を超える公演であった。終わった時には、ぐったり疲れてしまった。

 どんな雰囲気の作品かというと、「マイスタージンガー」と「道化師」と「ホフマン物語」を混ぜ合わせたような感じであって、物語自体は決して深くもないし複雑でもないのだが、妙に重たい感じの作品に仕上がっている。それでいて同時に、各地方でよく見かける、その地方を題材に採った地方オペラの性質をかなり強く持っていて、そういう意味では全国区の作品となるような普遍性に満ちたものでもなくなっている。逆に地方の地方オペラを東京で上演することはあっても、東京(しかも上野浅草近辺限定)の地方オペラを地方で上演という方が可能性は低いであろう。地方オペラにしては舞台も合唱も大規模で、一種の祝祭性もあり、再演は東京文化会館以外では難しいのではないだろうか。

 作品の構成は、「プロローグ」「第1幕」「幕間劇」「第2幕」「幕間劇」「第3幕」「エピローグ」となっている。3つの本幕が1954年の浅草の芝居小屋を舞台に、物語としては芝居小屋の取り壊しという平凡な騒動を軸に、芸人たちが舞台を守っていく話なのだが、派手なハッピーエンドとは裏腹に、将来への不安が見えざる重しのようにのっかかってくる。そして、プロローグ、幕間劇、エピローグを2004年の設定として、50年後の重苦しい現実を見せつける。それが、捉えようによっては、次の50年への社会や個人の在り方を考えさせらるようになってくる。

 正直な感想をいうと、この規模のままではもう一度観ようとは思わないし、そもそも再演不可能な規模である。神田さんの音楽自体は耳になじみやすいものばかりだし、作品の意図も共感できるのだが、長さがネックである。また、東京文化会館のような大きなホールでは、祝祭性は出せても、現代的メッセージが凝縮されにくい。昨年小ホールの方で初演された神田さんの「僕は夢を見た、こんな満開の桜の樹の下で」の方が、適当な規模の作品で、何度でも観たいと思えてくる。

 10時を過ぎての終演であるのに、なぜか誰ひとりとして最終電車を気にしてすぐに席を立つような人が見られない。カーテンコールも長い。それほど全員を感動させたとも思えないし。しかしすぐに私は気付いた。これは地方オペラである。合唱や児童合唱には地元の人たちで占められているだろうし、客席だってほとんど地元の人たちなのである。みんな地元であれば歩いて帰ればいいのだ。私は、東京文化会館がそこらの市民会館のように思えてきた。

(2004年2月11日 東京文化会館)

戻る