東京二期会「イェヌーファ」

 実際に舞台を観たことがない人からは、相当に暗いイメージを持たれているオペラだと思う。毎回満席近く埋まる東京二期会の公演で、結構空席が目立っていたのは、紛れもなく演目そのもので敬遠した人が多かったからであろう。指揮者もキャストも悪くない。むしろ良いことは分かっているはずだ。ベルリン・コーミッシェ・オーパーとの共同制作だということは、たとえデッカーの仕事を知らなくても、演出についても万全であることは予想できることだ。それらを踏まえても、なおかつ作品自体の先入観でかなりの人が見送ったのであろう。ヤナーチェクのオペラだからというのではないと思う。他の作品なら違ったかもしれない。ひとえに「イェヌーファ」のイメージの賜物である。

 では「イェヌーファ」のイメージとはなんであろうか。まずは嬰児殺し。それから旧弊な家長制度。同様な意味を持つ農村の閉鎖社会。あるいはLDのジャケットのおぞましい写真。こういったところではないだろうか。最後の一点は話は別にして、最初に挙げたイメージが、まだ観ぬ者を暗い先入観に陥れるのだと思う。確かに、嬰児殺しという題材も、神話や古代ではなく、近現代という世界で扱ったオペラは他にあまり見当たらない。ふつう取りあげないと思う。また旧弊な諸制度を問題にしたオペラで、おもしろく楽しめるものはそうそうない。

 しかし「イェヌーファ」の結論は明るい光の差すものである。宗教的な意味合いではなく、現実を直視し、愛を確かめることによる、一条の光である。そこに向かって、どう舞台を作り上げていくか、それが「イェヌーファ」を観るおもしろみである。

 まずは演出が注目されるべき公演だっかもしれないが、それよりも音楽的な充実が印象に残る。阪哲朗指揮のオペラは今まで、「マリツァ伯爵夫人」、「ホフマン物語」、「カヴァレリア」と「道化師」、それに今回の「イェヌーファ」と全く毛色の違うものばかり聴いてきたが、今回はほぼ100%満足できた。前回の「道化師」も良かったが、それは何分キャストによるところも大きかったわけで、そういう意味では今回は阪さんの力が公演の成功を実現したと言える。

 デッカーの演出も作品の本質を的確に表現することでは、充分に満足はできる。ただ以前に観た「オランダ人」の時も思ったが、なんだかクプファーとかフリードリヒあたりの亜流のように感じてならない。クライマックスで壁が迫ってくる効果も、クプファーならもうひとひねりしてくるはずだ。とはいっても、こういった演出は好きであるし、何より日本人でなかなかここまで演出できないとも思う。

 客入りはいつもの二期会に比べいまいちだったが、各幕後の喝采はいつもの二期会より熱気のある公演であった。

(2004年12月5日 東京文化会館)

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