東京室内歌劇場「ヴェニスに死す」

 いきなり卑近なアプローチで申し訳ないが、この10月は「ヴェニスもの」の舞台を2つも観た。J.シュトラウスのオペレッタ「ヴェニスの一夜」とブリテンのオペラ「ヴェニスに死す」。同じヴェニスが舞台でも、明るいヴェニスと陰鬱なヴェニス。比較にならない。もちろん、J.シュトラウスとブリテンを並べて比較するなんて、おバカな発想とはわかってはいても、たまたま続けて観たものだから、つい「今月はヴェニスものが2つ」などとつまらないことを考えてしまう。

 「ヴェニスに死す」はブリテン最後のオペラで1973年初演。25年も経って、今回が日本初演。LDも出ているが、私は観たことがなかったので、今回の舞台が全くの初体験。過去にブリテンのオペラは楽しかった「アルバート・へリング」と眠たかった「ルクリーシアの凌辱」を舞台で観たことがあったが、「ヴェニス」は「ルクリーシア」の系統だろうから、眠くなる覚悟で十分な睡眠をとってからのぞんだ。ところがいざ聴いてみると、とっつくまでにちょっと苦労するが、入り込んでしまえば眠気なんか吹っ飛ぶくらい緊迫していて、少し年数が経っているとはいえ現代オペラらしく内面的なおもしろさが出てくるオペラだった。

 この緊迫さは上演の内容が良かったからであろう。アッシェッンバッハ役の蔵田雅之と一人七役の勝部太の主人公二人が歌も演技もすばらしかった。ほとんど芝居を観ているような演技の巧さであった。単なる老人の少年愛ではなく、ボイトの「メフィストフェレ」や、先日のクプファー演出の「ホフマン物語」を観ているような、人生観そのもの問われている感じだった。今回の演出もそういう観点だろうし、廻り舞台のみのシンプルな装置もそれを助長していた。(美術は妹尾河童だった。)

 指揮は若杉弘で、こういったオペラを日本に紹介したいという意気込みが伝わってくる、しっかりした演奏だった。若杉弘は小さな公演もよく指揮するが、どれもこれもオペラ好きの食指が動くようなものばかり取り上げていて、嬉しくなってくる。(この秋も「アラベラ」と「リエンツィ」を演奏してくれる。)

 ところで、美少年タッジオ役は、本当の美少年を起用していた。バレエダンサーだろうけど、年齢その他いっさいの情報はプログラムに載っていなかった。歌う役ではないが、舞台で観るうえではこの役が美少年かどうかで上演の印象がガラリと違ってくると思う。

(10月24日新国立劇場中劇場)

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